ゾビアス商店
頭上のアシュリンさんは落ち着きがない。初めての通りを行く私に頭上から手を大きく振りながら、大声も交えて方向を示す。
その度に重心が変わるから、足腰をしっかりさせないと倒れそう。
いや、このまま倒れてアシュリンさんを落とした方が幸せなんじゃないかな。
「メリナ、こっちだっ! いや、真っ直ぐで良かった!」
黙ってよ。完全に周りの人が引いているでしょ。若しくは笑っているでしょ。
さっきなんて、知らないおじさんが大道芸と勘違いして、小金を貰いそうになったじゃない。
「どうだっ! メリナ、鍛えられているかっ!?」
「屈辱に耐える忍耐力は上がっていそうです」
「そうか、なら良しっ!」
『良しっ!』じゃない。持久力を求めているんでしょ。勢いに騙されないわよ。
これが巫女の仕事だなんて言われても誰も信じないでしょうね。私は今やっているけど信じられないわ。
「すみません、この道は先ほども歩いた様に思えるのですが」
「私は歩いてないがな。確かに見覚えはあるっ!」
呆けた返事しやがっ、いえ、返事しないでくださいな。
「道を訊きますよ。店の名前は何でしょうか?」
「ちょっと待て」
ガサゴソ音がする。たぶん、メモを探しているな。事前に覚えておいてよ。感覚で指示出してたの?
「ゾビアス商店だ」
マリールの姓、そのままね。分かりやすくて良かったわ。
私は道行く人に声を掛ける。
でも、避けられる。無言で無視される。立ち止まってくれない。
当然よね。
こんな大通りで肩車で歩く女性なんて、不審者以外の何者でもないわ。衛兵さんが来ないのが不思議なくらいよ。
っていうか、衛兵さんが来たら嬉しいくらいよ。店まで案内してくれると期待しているわ。
子供よ、子供をターゲットしましょう。純粋な彼らなら、この奇妙な状態も何とも思わないでしょうから。
「メリナ、早くするんだ。そろそろ人の目に疲れた」
お前が言うなよぉ。
「その服屋さん、あっち行って右だよ」
「ありがとう、ありがとう。本当にありがとう」
私は素直に教えてくれた男の子に心から感謝する。この子に会うまで五人も挑戦したわ。
親子連れの子供はダメだった。親の警戒心が凄かったもの。近づくことさえ躊躇う殺気を感じたわ。
服屋はあった。名前も間違いない。
「おぉ、あれだ。よくやった、メリナ!」
えぇ、心底よくやり遂げたと思っているわよ。感慨深いわ。
「どうだ? だいぶ足や腰が痛くなっただろ?」
「えぇ、アシュリンさんが重いので」
「クハハ、それは戦士にとっては誉め言葉だぞっ!」
そうですか。
なのに、私の首筋を捻るのは止めて下さい。とても痛いです。
振り落としますよ。後頭部から。
アシュリンさんでも、体重は気にされているのね。外面なんてどうでも良いと考えている人だと思っていました。意外です。
私はアシュリンさんを載せたまま店に入る。
「いらっしゃいま……せ」
私たちを見た瞬間に店員さんがそれとなく逃げていくわ。そして、遠くからチラチラと様子を伺っている。
「メリナ、到着だ。下ろして良いぞ」
「いえ、大丈夫です」
私は平淡に答える。あと、店内を見渡す。
大きな商店ね。様々な服がところ狭しと並んでいる。色もカラフルなものが多いなぁ。宝石コーナーみたいなものもあって装飾品も扱っているのね。
マリールのご実家、凄いじゃない。
「ご苦労だった。しかし、私も辛くなってきた」
はあ?
「私に乗っかっているだけでしょう。何をお疲れなのですか?」
「メリナ、私も気恥ずかしい。街中では我慢できたが、室内ではいかんだろ」
そういう事か。通りと違って人が滞留しているから、もの凄く観察されるものね。
アシュリンさんにもそういう感情があったのね。良かったわ。
なら、私の取るべき行動は一つよ。
「大丈夫です。このまま買い物しましょう」
二度とこの悲劇が起きないように。
私はアシュリンさんを肩に担いだまま、店員さんを呼ぶ。呼ばれた人は動揺を隠せてないわね。
それがおかしくて笑みが浮かんだら、更に動揺していたわ。ごめんなさい。不気味よね、私たち。そう、私たち。
「この服、大変良いですね。私に似合うかしら」
私は展示してある服を適当に指して質問する。
「はぁ、まぁ……」
私が話しているのだから、私を見なさい。上の人は気にしないで。ちょっと大きめのカチューシャくらいに思っておいて。その方がアシュリンさんへのダメージが大きい気がするわ。
逃げないようにアシュリンさんの両足はしっかりホールドしてる。
これはお仕置きなんです。この店に知り合いとか居ないかしら。
私に失う物は、たぶん無い。




