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蟹さん

 馬車はあるのです。でも、ガインさんもパットさんも見当たりません。

 私、お父さんの絵本で読んだことが有ります。

 ……恋人達は大自然の中で催す事があるようなのです。ひょっとすると、彼らはお楽しみ中なのかもしれません。非常に(おぞ)ましいです。勘弁してください。



「メリナさん、私はあなたと違って忙しいので御座います。シャールに戻して頂けませんか」


 あぁ、そうですね。私も用は終わったので帰って頂いて構いません。というか、アデリーナ様が勝手に来ただけです。私の安寧の為にお帰りください。


「ふーみゃんもこんな所にいたら、また怖い怖いになりまちゅよ。ほら、目の前の怪物に、炎の拳で殴られたのを忘れちゃいまちたか?」


 フロンを殴り殺そうとした時ですね。えぇ、ふーみゃんが再びあんなのになったら、私、また殴ってしまいます。その上で、ルッカさんに吸って貰って猫に戻しましょうね。



「ちょっとだけ待ってくださいね。馬を馬車に繋げないといけませんので」


 私はガインさんの魔力を探します。自分では結び方が分からないからです。

 お願いです! パットさんとは別の場所にいらっしゃいますよーに!


 ……あっ。同じ所にいやがりました。最悪です。しかし、馬車の中です。安心しました。

 ノエミさんやミーナちゃんも一緒ですものね。変な事には及んでいないはずです。


 あれ? ミーナちゃんの魔力が変だな。少し揺らいでいるというか、安定していないというか……。違和感があります。

 何はともあれ、馬車の荷台へと向かいますか。


 盗賊対策に荷台の中が見えないように下ろした布の仕切りを持ち上げて、覗きます。良かった、皆さん、服を着ておられました。


 大人三人が寝ているミーナちゃんを見ています。何やら険呑な雰囲気ですね。そこへ私は声を掛けました。


「馬を持ってきましたよ」


「嬢ちゃんか……。ちょっと待ってや」


 ガインさんがこっちを見ずに答えます。パットさんは膝を付いてお祈りの言葉を唱え続けていました。

 皆に囲まれたミーナちゃんは別に死んでるわけでも、弱っているわけでもないです。魔力的には逆に強くなりつつあるような、そんな感じがします。


「どうしました?」


「脱皮や」


 ガインさんの言葉にノエミさんがわーっと泣き出しました。



 脱皮。聞き間違いでなければ、蛇みたいですね。


「何を言ってるんですか?」


 私は荷台に足を掛けて、ひょいっと中へ入ります。

 そして、皆の注目の的であるミーナちゃんを確認します。



 ……わっ。

 肌が白くなって、ゴワゴワしています。

 一部は膨らんでいて、服までも持ち上げています。割れ目っぽいのも出来ていて、そこから中身が出てくるのかもしれません。

 脱皮。うーん、人間が脱皮するとは思えませんが、確かにダンゴムシとかの脱皮の様子に近いです……。



「ガインさん、これ、何ですか?」


 パットさんはお祈り、ノエミさんは嗚咽で、頼りになるのはガインさんしかいません。


「獣人への脱皮や。幼生から少し大人になるんやろな」


 獣人ですか……。獣人が脱皮するなんて始めて知りました。オロ部長もたまにしているのでしょうか。


「ミーナちゃん、獣人だったんですね。それでは、この脱皮が終わるまで、ここで待ちましょうか」


 病気ではないみたいなので、私、安心しました。


「……嬢ちゃん、ここ見てみ」


 ガインさんはミーナちゃんの右手を指しました。私はその指示通りに視線を動かします。


 !?

 蟹のハサミ!? ミーナちゃんの掌が蟹になってしまっています! 半透明の外側の肌を透けて確認できました。

 あぁ、掌だけじゃないです! 腕全体が蟹っぽいです。半透明の外側の肌のせいで、はっきりとは見えませんが、イボイボがたくさん付いた赤と白の立派な蟹の両腕が有ります。

 昨日までは確かに人間の手でしたよ。寝る前も眠れないって言うから、私は握ってあげたのです。柔らかくて、子供らしく体温の高い手でした。

 これは、これでカッコいいですっ!



「嬢ちゃんな、外へ行っとき」


「何故ですか?」


「皆まで言わせんといてや。離れて欲しいんやわ」


 ガインさんの声は沈んでいます。嫌な予感がします。私が黙っていると、後ろから声がしました。


「殺すんでしょう?」


 直立しているアデリーナ様です。この薄暗い所に入ってきていたのですね。暗くて顔がよく見えませんでした。


「そんな手では生活も出来ませんし、母親にも負担でしょうからね。街で静穏に暮らせませんもの。だから、殺すのでしょう?」


 ノエミさんの泣き声が大きくなりました。ただ、否定しないということは、アデリーナ様の言う通りなのでしょう。


「誰や?」


「私で御座います」


「あ? あん? あぁ、竜神殿の娘さんか。暗くて分からんかったわ。どうしたんや、こんな所で。ちゃうわ、どうやって来たんや」


 ん? どうやらお知り合いの様ですね。

 しかし、そんな事は脇に置いて、今はミーナちゃんの件です。

 アデリーナ様もガインさんの質問に答えません。


「悲痛で御座いますね。ある種の獣人は脱皮を繰り返して、なるべき体を構築していきます。その()、今回が始めての脱皮で獣人だと気付かれてなかったのでしょう?」


 アデリーナ様、誰に尋ねています? 母親のノエミさんを詰めておられるのですか。


「だから、気付いた今は殺しても良いとお思いなのでしょう?」


「うぐっ、うっ、いいえ……そ、そんな訳は……」


「アデリーナ、あかんで。可哀想やけど、天に返してやらなあかん。死病みたいなもんや。そう思ぉてや」


 ガインさんが床に置いていたナイフを手にしました。鞘から抜きます。


 聖竜様は私に仰いました。『困っている獣人を見たら助けてやれ』

 ミーナちゃんは眠ったままで助けは求めていません。それに、良いじゃないですか、この巨大な蟹の手。何でもチョキチョキ切れて、絶対強いですよ!



「ご覧なさい、メリナさん。これが醜い庶民の姿で御座います。立派な大人に育つかもしれませんのにね。いえ、この様な醜悪な愚民の下では育たないでしょうか。ならば、命を奪うのも幸せだと思わない事も無いで御座いますわ」


 ……どっちでしょう。アデリーナ様は蟹の手のままの方が良いと言っているのか、人間の腕に戻せと言っているのか、それとも、ただ単に他人を責めて遊んでいるだけなのか。

 メリナ、分かりません。


「アデリーナ、何を言っても無駄やで。この子の一生の全てを面倒見れる訳やあらせん。他人なんやから、ガタガタゆわんといてや」


 アデリーナ様は王家の人です。その気になったら、全ての獣人を大切にするようにとの御触れだって出せると思うんです。


 しかし、アデリーナ様は黙って見ています。ガインさんの手が上げられました。ナイフをミーナちゃんの喉元に入れるつもりですね。


 一気に下ろされます。私はじっと動くのを我慢しました。

 途中でガインさんの手が止まりました。ノエミさんが体を投げる様にして、ミーナちゃんに覆い被さったからです。


 良かった……。

 ミーナちゃんを母親が助けなければ、私が助けたとしてもミーナちゃんは不幸になるでしょう。見捨てられた子供ほど哀れなものはいません。自らの身を犠牲にする程の親の愛情が子供には必要なんです。私が代わりになったところで、ミーナちゃんはきっと歪んでしまいます。

 アデリーナ様のお顔をチラリと覗きました。満足そうな顔でした。煽っていたのはこのためだったのかもしれません。今日は白い黒薔薇だったのですね。



「どないすんねん……。そんな腕で暮らしていかれへんで」


 両腕が蟹ですからね。物を持つのも困難でしょう。でも、切れ味が凄そうですよ。気に入らない者は全てチョッキンできそうです。


「メリナさん、何とかやってみなさい」


「はいっ!」


 アデリーナ様、お任せください。この私を頼りにされたこと、後悔させませんよ。


「皆さん、見てください。この立派な腕を。このまま大きくなれば、立派な戦闘力を得られそうです。それに、蟹ですよ! いざとなれば、自分の腕が非常食になる、優れた体です! 喜びましょう!」


 私の力説に皆は感動したのか、沈黙となりました。

 ちょっと間を置いて、アデリーナ様から拳骨を頂きました。

 何故なんですか!?


「蟹では有りません。ロブスターです」


 なるほど、失礼しました。でも、ロブスター? 蟹の一種ですかね。アデリーナ様は博識です。


「からかってるんやったら、外に行ってくれへんか? ノエミを見てみぃ。ひどー悲しんでるやろ」


 ガインさんに注意されノエミさんを見ても顔は下を向いてよく分かりません。肩が大きく震えてはいますね。



「申し訳御座いません。今のメリナさんの発言は忘れて頂けますか。私の真意では御座いません。改めて命令します。メリナさん、その腕を人間の物に戻してみせなさい」


 無茶を仰るわね。

 うーん、出来るのかしら。マリールやアントンの胸を大きくしたように、魔力を注入して体内組織を作るのとは違いますよ。

 浄火の間で聖竜様を作ろうとしたことも有りますが、あそこまでふんだんな魔力はここに存在しませんし。


 とはいえ、断ると、またアデリーナ様の拳骨を頂いてしまいます。

 どうしたら良いのでしょう。困惑です。ふーみゃんを見て落ち着きましょう。


 にゃー、にゃー、ふーみゃん、困っちゃにゃー。蟹の手、カッコいいのににゃー。


 私に向かって、ふーみゃんもニャオーンって答えてくれます。


 かわいいにゃー。ふーみゃん、絶対にフロンになってはいけませんよ。



 ……あっ。そっか。魔族フロンはルッカさんに魔力を取られて、ふーみゃんになりました。それに、ルッカさんは王様の配下の獣人を人間にしたりもしていましたね。

 邪魔な魔力を除いてやれば良いのか。

 上手く行くかは分かりません。しかし、失敗しても、素晴らしい蟹の腕ですからね。この幼さでも腕に宿る魔力は、ガインさんを遥かに超越しています。このまま成長すれば、私さえ越されるかもしれません。


 蟹女ミーナの最強伝説が始まっても良いと私は思います。

アデリーナ様も正確には間違えていて、ミーナちゃんはアメリカザリガニっぽい生き物の獣人です。(茹でる前から赤色?のご指摘、ありがとうございました)

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