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懐かしい部屋

 さて、懐かしいですね。

 お香の匂いでしょうか、それとも香水なのでしょうか、ここに充満するお上品な香りが私の心を癒してくれます。



「アデリーナ様、お久しぶりです」


 私は聖竜様の神殿に戻ってきました。ここはアデリーナ様の執務室みたいな所です。いやー、本当に懐かしい。よく説教を喰らいましたよね。

 お酒様も相変わらずお元気そうに、棚に陳列されています。


「……メリナさん、突然で御座いますね」


 まぁ、アデリーナ様、そんな冷たい声をされて、どうされたのですか? お便秘ですか?

 もっと再会を感激しましょうよ。せめて、目をこちらに、私の方を見てくださいよ。



「アデリーナ様、お土産です」


 私は珍しい形をした大きな葉っぱを彼女の立派な机に置きました。盗賊を倒した序でに採取したものです。喜んでくれると思います。

 適度な幅で柔軟性も有り、お尻を拭くのに最適だと私は考えています。


「……王都にはまだ着いていないでしょう。私に何か用でしょうか?」


 アデリーナ様は私の折角の葉っぱをそのままゴミ箱に捨てられました。

 全く、人の気持ちを踏みにじってばかりですね。しかし、私は果敢に攻めます。

 ご挨拶もそこそこに用件を切り出しました。



「アデリーナ様、馬を二匹下さい」


「本当に、あなたはよく分かりませんね。ちょっと待って頂けますか。見ての通り、私は書類を纏めている所なのです」


 生意気な人ですよ。大した仕事なんか無いでしょうに。精々、新人巫女見習いをどう虐めるか計画を立てているくらいでしょう。


 あっ、私はアデリーナ様を誤解しておりました。彼女は私に菓子を出してくれたのです。先の思いは取消しさせて頂きますね。

 あと、机の引き出しに、そんなものを隠し持っていたとは知りませんでした。ずるいです。私、忘れません。



 私はソファに座ってアデリーナ様の仕事が終わるのを待ちます。

 ふーみゃん、いないかな。ふーみゃん、黒猫ふーみゃん、可愛い猫さん。


 いました。

 アデリーナ様の机の下ですね。見えませんが、魔力感知です。私から逃れられる者など、今は居なくなったのですよ。


「にゃー、にゃー、ふーみゃん、かわいいにゃー」


 私は話し掛けます。


 にゃー。


 まぁ! シャーでなくて、にゃーで御座いましたか!? 遂にふーみゃんも私の魅力に気付かれたのですね。


「ふーみゃん、ダメでちゅよ。そこの女は突然現れて、『一緒に来て、股を開いて中身を見せ付けてください』って言い放つ、ド変態ですよ。脳みそが腐りまちゅよ」


 アデリーナ、貴様っ!

 聖女決定戦の決勝戦に誘っただけじゃないですか!


 アデリーナ様はそう言いながら、机に広げた書類に何やら書き続けています。



 あらまあ、本当に忙しそうです。私、黙って待ちましょうかね。


「アデリーナ様、喉が乾きました。お茶を淹れて下さい」


 ペンが飛んできました。お行儀が悪いです。



 しばらく大人しくしておりますと、アデリーナ様が椅子から離れて、此方へと来られました。足下にいたふーみゃんを抱えておられますね。


「で、今日はどうされたのですか?」


 ふーみゃんを優しく撫でながら、私に尋ねてきます。


「馬が欲しいのです。王都への途中の森で馬を盗まれまして、馬車が立ち往生してしまいました」


「あなたなら馬車など無くても、あの程度の森は抜けられるでしょう?」


「道が分からないんです。それに、今は同行者もいらっしゃいますので」


「まぁ、良いでしょう。手配はしておきます」


 そういうと、アデリーナ様はサラサラと紙に何かを書いてふーみゃんにくわえさせました。そして、ふーみゃんがしなやかに窓からジャンプして、どこかに行きます。

 くぅ、ふーみゃん、とっても賢い。私もそんなのしたいです。

 あんな可愛いのに、魔族フロンだったなんて信じられません。



「他に何か変わったことは御座いませんか?」


「アントンがアントニーナになりました」


 衝撃の事実です。是非とも、アデリーナ様に知っていて貰いたい事、ナンバーワンの事件です。私は正直にアントンが目覚めてしまったことを伝えました。


「……まぁ、アントン卿が……。何か抑圧されていた物が爆発したのでしょうか」


 アデリーナ様は心配そうに言いましたが、聞いた瞬間に唇の端が上がった事を私は見逃しません。笑いやがりましたね。


 えぇ、私も愉快だったのですよ、最初は。今は恐怖です。


 でも、アントン卿なんですね。アントンは個人名であって、家名では無い気がするのですが。



「他には?」


「男の人に体を性的におもちゃにされた事実が発覚しました」


「……えっ? あなたが?」


「ヘルマンさんです」


「物凄い破壊力ですが、どうでも良い事でした。いえ、むしろ、今の情報を記憶から消し去りたいです」


「はい」


 道連れですよ。



「……あなた、聖女になったのでしょう? それを伝えなさい」


 アデリーナ様は呆れた様な目をしていました。


「当然です。聖竜様に愛されている私が聖女程度になれない訳が無いじゃないですか」


 なので、私も呆れた顔をします。


「ひとまずはおめでとうございますで宜しいのですかね。全く狂った人間の相手は疲れますわ」


 まぁ、何て言いようなのでしょう。嫌味にしても程度って物があるでしょうに。


「コリーさんやアントンが言っていましたよ。デュランへの影響力を手にするために、アデリーナ様が仕組んだって」


 少し沈黙になります。


「くくく、遠慮知らずにお喋りですね、そのお二人は。そういう真偽も定かでない噂が流れるだけでも、私は満足で御座います」


 もちろん、悪い笑顔です。美しい金髪が勿体無い笑い顔です。



 ふーみゃんが戻ってきました。にゃおって、一鳴きします。


「用意が出来たようで御座いますね。では、メリナさん、出立なさい。パン屋になるのでしょう?」


「はい! アデリーナ様にも私のパンをご馳走しますね」


「有り難い申し出では御座いますが、口と舌が受け付けないでしょう。ただ、前向きに検討は致します。検討の結果、私の分は犬か豚にでもお与えくださいと言うかもしれませんが、先に謝罪しておきましょう。次代の聖女様がお作りになったパンとはいえ、大変に申し訳ございません」


 ……お前、謝れば何を言っても良いとか思っているだろ……。欲しいと言ってもやらんからな。



 外に出て、二匹の馬の前に立ちました。先程の無礼な会話にも関わらず、私はアデリーナ様にお礼を言いました。とても出来た女性だと、自分でも思います。

 二匹の馬に片手ずつ置いて転移魔法を使おうとした瞬間、アデリーナ様に抱かれていたふーみゃんが私の背中に飛び付きました。


「あっ、ふーみゃん! 危ないでちゅよ!」


 アデリーナ様まで私に取り付きます。言葉よりも速い、その動きは未だ底を見せない彼女の実力を感じさせました。


 転移は完了しまして、アデリーナ様とふーみゃんも共に森に現れたのです。


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