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一蹴

 この旅では、私達、女性陣は荷台で寝起きしています。ミーナちゃんはぐっすりなのですが、足を伸ばすには少し不自由で、膝を曲げて横にならないといけません。窮屈ですが、それが本来の旅なのです。あのデュランまでの優雅な船旅は贅沢な物だったと思い知らされますね。


 今日も夜明けの光で起きて、顔を洗います。ミーナちゃんは幼いのでぐっすりですよ。

 馬車の近くで夜営していた男性、御者のガインさんと、中年のパットさんも同じ頃に活動を始めます。


 さて、問題発生です。

 馬にご飯をあげないといけないのですが、馬車から離して縄で木に付けていた馬が居なくなってしまったのです。



「あちゃー、やられたわ」


 ガインさんが年季の入った顔を歪ませて言いました。


「縄が刃物で切られていますね」


 解説者らしくパットさんが切り口を見ながら喋ってくれました。


「誰かの悪戯ですかね?」


 私の質問にガインさんが答えます。


「悪戯? んな、軽いもんちゃうで。森のど真ん中でこんなことされたら、運が良ぉても死ぬやろ」


 そうですか? いざとなれば、私が牽きますよ。嫌ですけど。


 私達の困惑を他所に他の馬車は次々と出発して行きます。何人かは食料をくれました。でも、馬は貸してくれません。二匹牽きの人なら一匹くらい分けてくれても良いのにと思いました。


 ガインさんは先に進む馬車に森を抜けた所の村で馬を手配して貰うように依頼していました。


「こんな時に助けてくれないんですね」


「あぁ。これは人為的なトラブルやからな。出来れば、関わりたくないやろ」


 あぁ、なんと悲しいことなのでしょう。もっと助け合いましょうよ。具体的には哀れな我々女性3人だけでも乗せていって下さい。おっさん以上の2名は自分で何とかしろと思っても良いですよ。



 さて、冗談はさておき、どうしましょうかね。


「パットさん、戦えますか?」


「えっ? はい。魔法で多少の援護は出来ます」


「嬢ちゃん、やるんか?」


「降り掛かる火の粉は払わないといけませんから」


 彼らも分かっていました。今回の件が盗賊の類いの仕業で私達がターゲットになっている事を。

 そして、先に進んだ馬車の方々も言及はしませんでしたが、知っていたのです。その上で私達を置いて去り、自分達の安全を確保したのでしょう。森を抜ければ通報くらいはしてくれるでしょうが、そこまでです。

 と、盗賊達に思わせています。



「……嬢ちゃん、一応、何人かは戻って一緒に対処してくれるで」


 ガインさんが小声で私に告げました。盗賊を返り討ちにするため、敢えて、我らを孤立させたのです。私も魔力感知で知っていました。ちょっと行った所で、何人かが待機していますね。


 そして、盗賊の居場所も既に私は分かっています。道から外れた森の中で散開して息を潜めておられます。獣ではないと魔力の質から、私の直感は言います。

 私が魔力感知できる距離は大体百歩分くらいでしょうか。残念ながら、その中には馬らしき気配は有りませんでした。



「とりあえず、荷台に入っとき」


 ガインさんは私とノエミさんに言います。そして、ノエミさんだけがガインさんに従って、まだミーナちゃんが眠る馬車へと入って行きました。私は帆の後ろに付いている布を下ろして、荷台の中が見えないようにしてあげました。

 そこまでしてから、ガインさんが続けます。


「嬢ちゃんは血が騒ぐんやろか?」


 ニヤッと笑いました。この人は私の強さを知っていますね。パットさんも私を見ます。

 ただ、私、勘違いされています。お淑やかなので血は一切沸き立ちませんよ。



「早く王都に行きたいんです、私。だから、馬を返して貰いに行きますね」


 靴の調子を確かめるために、足首をグネグネと回します。


 よしっ! 行きますっ!



 私は森を駆け抜ける。狙いがはっきりしているので、一人ずつ一直線に叩き潰しに行ったのです。全部で10人くらいかな。


 一人目は汚い服を着た男でした。片手に手斧を持っていますね。


「すみません、馬はどこに居ますか?」


「ひっ!」


 後ろから声を掛けたので驚かれました。


「馬です。どこですか?」


 私の問いに彼は答えず、斧を振り上げました。少し腕が震えていますね。

 私はがら空きの胸に拳を叩き込んで倒しました。


 で、転移。馬車の所に戻ります。


「なんや!? 転移魔法かいな。びっくりするわ」


 言うほど、びっくりしてないですよね。


「メリナさんの実力は私が保証しますよ。ガインさんも競技場で見ていたでしょ?」


 横からパットさんが言います。チラッと馬車を見て、そちらを意識したようでした。

 ノエミさんに聞こえないように配慮している気がしました。


「次、行ってきます」


 私は近寄りつつある盗賊が数人居ることに気付きまして、そちらへ向かいます。



 藪を駆けつつ、二人目を発見。

 草音を消すこともせず接近しましたので、相手は既に臨戦態勢でこちらに鉈を向けていました。


「馬、どこですか?」


 彼は答えず無言だったので、振り回した鉈を軽く避けて、持つ手と顎を破壊しました。


 続けて、私はその近くの別の盗賊へ。横顔からすると、女性ですね。弦を張った弓を片手に、矢も逆の手に握っています。

 私は聞きます。


「馬は?」


「あん?」


 突然だったので、聞こえませんでしたかね? 私は歩みを止めずに言います。


「馬は?」


「うわっ! 知らねーよ!」


 こっちを向いた顔は目を大きくされていました。でも、ちゃんと答えるなんて律儀です。


 褒美に弓手の肩口を破壊することで留めます。深手ではないので、運が良ければ森を抜けることができるでしょう。

 これで三人目。


 四人目は私の声掛けにそのまま気を失われたので、放置しました。


 ここで、また転移します。



「メリナさん、どんな状況ですか?」


「あと半分ちょいです。でも、馬については分からないですね」


「……何人いたんや?」


「10人くらいです。今は四人、戦闘不能にしています。あっ、他の盗賊も逃げ始めてますね」


 くそ、あの弓使いの女か。あいつが仲間に伝えたっぽいな。彼らは魔力感知の範囲外に行ってしまいました。



「全部、殺した方が良かったですかね?」


「そやな」

 

「ガインさん! そんなのダメですよ。次代の聖女様が人殺しだなんて、絶対にダメです」


 初耳です。


「そうなんですか? もう何人か殺した経験は有るんですが……」


 ほら、最近だと、グレッグさんが絡まれた時に四、五人ほど始末しました。

 私の発言に場が少し静かになります。聖女様は人殺しをしてはダメ、私、一つ賢くなりました。クリスラさんは私を殺そうとしていた気がしますが、私、人間だと思われていなかったのでしょうか。



 沈黙の後にガインさんが話題を変えます。


「しかし、馬がおらんのは辛いわ。歩いてもえーけど、ちっちゃい子もおるしなぁ」


「私が取ってきますよ」


「ん? 嬢ちゃんが? あぁ、転移魔法で街に戻るんかいな。便利やな」


「メリナさん、この距離ですよ? 昨日の村でもかなり離れています。幾らあなたでも大丈夫なのですか?」


「ご心配、ありがとうございます。しかし、私には可能です。立派な馬を用意致しますから」


 ガインさんとパットさんはお互いに目を合わせます。そして、頷いてから私を見ました。

 ……本当にこの人達は大丈夫でしょうかね。恋人同士みたいに以心伝心な感じがします。爛れて穢れきった関係なら、はっきり言って欲しいです。私にも心の準備が必要です。

 精神ダメージ的にはアントニーナ誕生くらいの物を受けてしまいますよ。



「パットがえーちゅうんやから、任せるわ」


「はい、メリナさん、よろしくお願いします」


「では行って参ります」


 私は馬を取りに転移しました。盗賊達が退いている事は確認済みです。それでも、早めに戻って来たいとは思っています。

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