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王都への旅路

 馬車は順調に進みました。王都まで馬車で半月ほど掛かります。距離と時間を計算して、夜は安全な村に入れるように調整しながら進むのです。

 しかし、王都とデュランの街の間には大きな山に挟まれた森林地帯が有りまして、その中には村は存在しません。これを迂回しようとすると、山地を迂回しないといけませんので、1ヵ月も余計に掛かる事になります。

 なので、皆さん、この森を抜ける選択をされます。


 何故、森を開拓しないのか。それは魔物の襲撃があるという理由だけでは御座いません。鬱蒼とした森の地で感じる通り、不気味な魔力が人間を拒むのです。

 住み続けると精神を侵され、人で無くなってしまうと言われています。


 はい、私はノノン村の大人達の会話からそれを知っていました。森に囲まれたノノン村ですが、人が増えたり、農地を増やしたい時には慎重に場所を探っていました。

 当時は何をしているのか分からなかったのですが、あれは森の魔力が少ない場所を探索していたのでしょう。

 魔力の流れを感じ取れる今なら、分かります。森の魔力は揺れ動いています。今日はここの濃度が高くても、明日はあちらが濃くなるかもしれない。そんな感じの変動があるのです。つまり、長く観察しないと、安住するのに適した土地であるかが判別できません。

 私達が訪れる前にコッテン村が放棄された理由も、もしかしたら魔力の読み違いにあったのかもしれません。


 強い訛りの御者、ガインさんの馬車の操縦は上手でした。アデリーナ様の暴走とは真逆で、安心安全のゆったりした馬車旅です。

 初日の移動距離を短くして、且つ、翌日の出発時間を遅くすることで、デュランを出発した馬車の群れの中に入ることが出来ました。


 そして、デュランを出発して五日にして、森の手前の村にまで来たのです。

 今日から森へ入ります。

 朝露に濡れた短い草を踏みながら、私はまだ眠っている御者さんを呼びに行きました。周りには私達と同じ様に森への向こうの王都を目指す馬車が10台、いえ、20台くらい有ります。



「ガインさん、お食事出来ましたよ」


 私は御者台をフルに使って寝転んでいた彼に声を掛けます。


「おっ、ありがとさんな。今日は誰の料理なんや?」


 良かったです。体を横にしてはいましたが、もう起きておられたのですね。叩き起こさないといかないかと思いましたよ。


「ノエミさんですよ」


 ノエミさんはデュランからご一緒している親子のお母さんの方です。馬車でゆっくりした事により疲れも取れたご様子です。


「そうか。なら良かったわ。嬢ちゃんの料理は料理と呼ぶには微妙やったからなぁ」


「うふふ、私も手伝いましたよ」


「……嬢ちゃん、食べもんで遊んだらあかんねんで。戦いと同じや思うて真剣にせんとあかん。そこは分かってもらわな、かなわんわ」


 あ? 私はいつでも真面目ですっ!

 とは言え、ノエミさんのお料理は大変に美味しいので嬉しいです。パットさんの当番の時は土や枯れ草が混じっていて悲しくなりましたもの。



 食事が終わると、ガインさんは周囲を見渡します。どうも森に一緒に入って行動を共にする人達を見定めているようです。

 デュランと王都という大きな街同士を繋げる街道ですので森の中と謂えど基本は安全なのですが、旅のリスクは避けたいところです。人数が多いと不測の事態にも対処しやすいので、手前の街で同行者を見繕うのです。

 漫然と皆で行動しても良いのですが、事前に話し合って何かが起きたときに協力しようと約束している方が頼りになりますよね。



「あかんなぁ。えーの、おらんわ」


「そうですか? あの方々とか強そうですよ」


 私は腰に剣を吊り下げた一団を指差す。下着姿ですが、女の人も見えます。皆さん、それなりに魔力を持たれていて、この中では一番強そうです。もちろん、私達を除いて。


 ざっと見た感じ、控え目に言っても、この村の中で一番強いのは私。次は意外にもガインさんです。

 ガインさん、只の旅商人を装っていますが、違いますね。でも、本人が何も言わないので私も黙っています。パットさんも私が次代の聖女だと、皆に紹介しないですので。もしかしたら、一時の旅の供には自らの身分を明かさない礼儀があるのかもしれません。聞いたことは有りませんが。


「あいつらは傭兵やわ。自分達で何とか出来るさかい、俺らの誘いに乗って来ーへんと思うな。金をくれちゅーてくるやろうな」


 ふーん。あの人達で十分やっていける程度なら護衛は要りませんね。



「ところで、ガインさんはひどく訛っていますが、どこの出身なんですか?」


「あぁ、王国からずっと遠い国や。もう長く帰ってへんわぁ」


 異国っ!? あのへルマンの純潔を奪った隣の国の人ですか!?

 うわ。こわっ。

 何でも有りの国の人ですよ。もしかして、パットさんとそんな関係を!?


 えー、目撃したらどうしましょ。美青年でも美中年でもなくて、薄汚いおっさんとじいさんの姿ですよ。文字通りに眼に毒です。猛毒です。一生のトラウマです。



「なんや? 急に黙ってもうたんちゃうか? あれか? バンディールで何か嫌な思い出でもあったんか。ちゃうで。俺はもっと遠くの出身や」


「……あの、パットさんとの肉体関係は?」


「あ? 有る訳ないやろ。おかしな事言うやっちゃっなぁ」



 私達が話をしているとパットさんが近寄って来ました。


「ガインさん、このまま進みましょう。ここ一ヶ月は森で強い魔物は出てないそうですよ」


 うん。王都への道でそんな物が出たらすぐに軍隊が出動しますしね。

 盗賊の類いでも一緒です。馬車の故障だとか、急病とか、そういうのに対処したいのです。


「そうか、ほな、行こか。とりあえずは乗り合い馬車に付いて行くで」



 皆が乗り込むと馬車はそろそろと出発しまして、森の奥へと続く道を辿っていきます。

 乗り合い馬車から離れず付かずで両側に木が立つ場所を進みます。

 私はミーナちゃん親子と荷台で座っているだけですので、帆がない荷物の搬出入口である後ろ側しか見えません。


 一日目は特に何もなく進みました。お料理が案外に美味しくて、私、満足です。森の中だから食材は現地調達だと思っていたのですが、パットさんが先の村で追加購入してくれていたみたいです。


 トラブルは二日目の朝に発生しました。

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