王都に向かう馬車を待つ
私は背負い鞄の紐をずっしりと肩に食い込ませながら、門の外で馬車を待っています。乗り合い馬車で王都へと向かうつもりだったのです。
街を出る間に日が昇って、道に迷った事もあってもうお昼に近くなっています。
なので、私の素顔が丸見えです。この様な所に次代の聖女がいるなんて皆を驚かせてしまいますわとか、心配と期待をしたのですが、誰にも気付いてもらえませんでした。
少し寂しいです。もっと私を称えて良いのですよ。ほら、皆さんの大切な腕輪をしているの、見えませんか?
王都への馬車はなかなか来ません。なぜなら、お昼だから。馬車で移動できる距離は決まっていますので、遠い王都へ向かうならば一日の移動距離を稼ぐために早朝に出発するのです。そして、夕方までに宿泊地に入り、翌日の早い時間に、また馬車に揺られるというのを繰り返すのです。
これは安全の為でして、同じ時間に同じ様な速度で複数の馬車が行動することで、魔物や盗賊からの襲撃を予防するのと、仮に襲われた時の頭数を揃える事を狙っていると聞きました。
しかし、困りました。そうなると、次の馬車は明日です。
私は今日の宿を探さないといけません。
野宿でも良いのですが、王都までの道程を間違えないか自信がないのもあります。
そもそも門の外への行き方を酔っ払いに訊いたのが良く無かったのです。彼の大雑把な説明のせいで、私は道に迷ったのでした。
門の外で今日の分の乗り合い馬車が無いことを知った私は切り替えまして、旅商人の馬車に相乗りさせて貰うことにしました。
旅商人達も基本的には集団での旅程を望みます。理由は乗り合い馬車と同じです。でも、商品の調達や売り物の鮮度、商品の市場価値などの観点から、単独や少数での移動をすることがあります。
彼らの荷台に余裕があれば、臨時の用心棒役として冒険者を載せたり、小遣い稼ぎに乗り合い馬車に乗り損ねた旅人を押し込んだりするそうです。
私、王都までの通行手形を買う時に教えてもらいました。相乗りであっても料金が定まっている所からすると、多くの人が利用しているんだろうなと感じました。
なお、この通行手形、とても大事なもので、これがないと王都どころか、途中で寝泊まりする村にも入らせてくれないのです。なので、肌身離さず持っていないといけません。
それにしても、馬車が来ないですねぇ。旅商人の方の都合によるので、時間が不定期なんですって。
「お姉ちゃんはどこまで行くの?」
馬車が来るのをじっと立って待っていますと、下の方から女の子の声が聞こえてきました。
先程から私とともに待っている五歳くらいの少女です。お母さんと一緒ですね。
「王都ですよ。あなたは?」
「一緒~! 同じ馬車になったらいいね」
「うん。そうなったら、よろしくね」
私は鞄を下ろして、がさごそと中を漁り、目的のオレンジを彼女に渡す。皮が固いので、私が剥いでからですよ。
「わっ。くれるの?」
「もちろん」
女の子はお母さんを見て、承諾を得るとすぐにオレンジの袋を一房分け取って口に入れました。幸せそうな良い笑顔です。
アデリーナ様はこの様な万人が幸せを感じる笑みを身に付けるべきだと思いますよ。
私と母親はそれを見ながら簡単な会話をします。
聞くところによりますと、夫が仕事中の事故で亡くなり、実家のある王都へ戻るところらしいです。
今朝の乗り合い馬車を使う予定でしたが、寝坊をしてしまい、また、借家の期限が今日までだった事もあり、旅商人に便乗する事にしたそうです。
よくお顔を拝見しますと、化粧で隠してはいるものの、目に隈が出来ています。夫を亡くした辛さに耐えながら、後の始末に追われた結果でしょう。お寝坊されたのも致し方ないかと思いました。
小さな子を連れて大変です。しかし、ご安心ください。私がちゃんとお二人を王都まで連れていって上げますからね。
「お姉ちゃん、聖女様を見たことある?」
「うん、ありますよ」
「うわぁ、凄いっ! ミーナも見たいなぁ」
うふふ、次代の聖女様が目の前にいるのですよ。
「あの大きな建物にいらっしゃるって、お母さんに聞いたんだよ」
「うん、そうですね」
昨日まで寝ていた場所です。やっぱり更地にしてしまおうとも考えた所です。
「またデュランで会ったら案内できますからね」
「えっ、本当! でも、また来れるかな……」
「大人になって遊びに来たらいいんじゃないかな」
「うん! そうしよう」
ニコニコの女の子、とっても可愛いです。
門の外で私達はまだ馬車を待っています。周りはガヤガヤと街に出入りする人達で騒がしいのですが、王都行きの馬車待ちゾーンにはなかなか旅商人の方は来てくれません。他の村に向かう馬車はそこそこ有るのになぁ。
やはり遠方に向かう馬車は、この時間には少ないのでしょうか。
「お姉ちゃん、女の男って見た事ある?」
うん? 子供の言うことはよく分からないです。
「ううん。何かな、それ?」
「んーとね、男の人なのに女の人の服を着て歩いてるの」
…………アントンかな……。いえ、まさか。
「あとね、細くて綺麗な女の人が追い掛けて『もうお許しください、私が悪かったです』って大声で言っていて、大きなおじさんが『ガハハハ、ふくかいちょー殿は愉快だな』って言ってるの。ミーナね、見たの」
……コリーさん、苦労をお掛けします。こんなにもアントンが変貌するなんて思ってもいませんでした。だから、お許し頂けますでしょうか。
あと、へルマンさんはまだお帰りでないのですね。シャールでのお仕事は宜しいのでしょうか。
それに副会長っていうのは、メリナ公式ファンクラブの事ですよね。本人が忘れているくらいですが、へルマンさん、よく覚えておられて、アデリーナ様もお慶びでしょうよ。
「そういう人も存在しても良いと私は思いますよ……。ほら、ミーナちゃんも可愛い服、好きでしょ?」
「うん! ミーナ、好き。でも、この服も好き!」
ミーナちゃんは茶色い服の胸元を伸ばしながら言います。縫い口とか見ると丹念ですが、少し歪んでいます。お母さんの手作りですかね。フォローも抜群です。アデリーナ様も見習い下さい。
「あっ、来ましたよ」
ミーナちゃんのお母さんが教えてくれました。顔を上げてお母さんが言う方向を見ますと、小型の馬車がこちらへ向かってきます。
私どもの後ろには道がなく、また街道とも離れていますので、きっと私たちを拾ってくれるのでしょう。
期待通り、馬車は私たちの前に止まりました。馬二匹で曳く、丸い幌付きの馬車です。余り大きくは無いですが、荷が少なければ、私達三人も荷台に乗れそうな感じです。
御者台から二人下りてきて、私達に声を掛けます。
「王都へ向かいたい方達ですよね?」
「はい」
「良かった。お待たせしました。仕入れに失敗したと友人が言っていたんですが、ちょうど私が王都に行く急用が出来て、連れていって貰う事にしたんですよ。ほら、彼の損害分の一部を私が賄ってあげるんです。それで、この時間ではあるのですが、王都に一緒に向かう人が居れば友人の懐に多少の足しになるかと思いまして。ここに寄って良かったです」
とっても説明がくどいです。あと、聞いたことのある声ですね。
「パットと申します。こちらは友人のガインさん」
あっ、解説の人だ!
この人、あんなに試合を見ていたのに私に気付かないのですか!? 何たる節穴なんですかっ!
次代の聖女様で御座いますよ。
「友人? お前も偉ぁなったなぁ」
訛りがひどくて皺も多い初老、いえ、もしかしたら、もう少し高齢の方は、確かにパットさんの友人と言うには歳が離れすぎてる様に見えました。
「初対面の方に紹介する為じゃないですか。ガインさんは私の恩人ですよ。ちゃんと分かってますから」
「そうか。分かってるんやったら、えーで。ほな、あんたらもはよー乗ってな」
水と食料の箱以外はガラガラの荷台に、私達三人は乗りました。
そして、デュランの街を離れたのです。ミーナちゃんは荷台の後ろから顔を出して動く景色を眺めていました。




