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日記

 聖女決定戦を優勝で終えた私は、次の日から聖女としての仕事を引き継ぐための研修の日々となりました。


 最初にクリスラさんから書物を読むようにと言われて、大きな書庫に案内されました。一人くらいしか通れない通路が縦に走っていまして、その両脇に本棚がずらーっと並んでいるのです。もちろん、その本棚には様々な本が整理されて、びっしりと置かれていました。

 一日に十冊を読んでも、死ぬまでに読みきれない量だと思いました。

 所蔵目録が御座いましたので、拝見させて頂きました。マイアさんの言葉集だとか、デュランの歴史や逸話だとか、そんなのが中心です。


 私、本を読むのは苦痛ではありません。ただ、ここにある本の半分くらいは古語で書かれておりまして、私の知識では読むのに時間が掛かります。ある程度は知っていますが、現代語ほどにはスラスラと読めませんからね。


 クリスラさんは「斎戒の間で読むと時間を気にしなくて良いですよ」と、アドバイスをくれました。

 斎戒の間はリンシャルが作った時間の進みが速い空間。クリスラさんと最初に出会ったときに飛ばされた、床以外には何もない空間です。確か、あっちで一日を過ごしても、こちらでは10数えるくらいしか時間が経っていないのです。

 でも、私は拒否しました。あの空間はクリスラさんの閉じられた目とリンクしていて、今の状態が良く分からないからです。私が脱出する際に壊したとも感じます。

 それに、リンシャルがクリスラさんの目を使って作った空間ならリンシャルのいない今はどうなっているか皆目見当が付かないのです。


 その旨をクリスラさんに話しますと、書庫の近くの一室を私に貸してくれました。


 それから、例のメイドさんに手伝って貰いながら、書籍とベッドと机と食べ物、飲み物を持ち込みます。聖女決定戦の後から、彼女は私にとても優しいです。



 メイドさんがいなくなってから、私はふかふかベッドに身を投げ出しました。

 うふふ、極楽です。さあ、本を読みましょう。


 私は誰もいない場所で、食べたいものを食べながら、ベッドで寝転んで本を読み続けます。眠くなれば、そのまま寝れば良いのです。


 何冊も読むうちに、私は気付きました。

 古語には数種類有りました。言葉は変化して当然の物ですが、それにしても一定周期、500年くらい毎に文字体型も含めて大きく変わっているのです。

 不思議なことです。


 そう言えば、ルッカさんが封印されていた牢も古語で「王国の仇敵」と刻まれていたんですよね。


 ある本にはロゥルカヴァリューナの罪について記されていました。これ、絶対にロヴルッカヤーナ、つまりルッカさんの事ですよね。古語表記だから、名前の読み方も違うのだと私は賢いので知っています。

 王様を吸血して殺したと本人から聞いていましたが、それだけでは御座いませんでした。

 

 彼女が牢屋に入る前の話です。

 なんと、ルッカさんは聖女となっていました。竜神殿の巫女長もやって、更には聖女ですか。なんと、やりたい放題なのでしょう。


 で、そのルッカさん、本にはロゥルカと短縮形で書かれているのですが、リンシャルと喧嘩になったそうです。ほぼ互角だったのですが、最後はロゥルカさんが逃げ帰って終わったと書かれています。


 それ以来、デュランの民を守るため、リンシャルはデュランの守護獣となり、影から見守ってくれているとのことです。


 『吸血鬼ロゥルカヴァリューナは神獣リンシャル様の魔力を吸うと共に、本人の汚れた魔力をリンシャル様に混ぜた。しかし、神獣様の力は邪悪な力を寄せ付けるはずがない。神都デュランは永遠の栄光に包まれる』と悪意と驕りを込めて書かれています。


 ルッカさんは確かにふしだらな女性ですが、皆の迷惑になるような事はしないと思うのです。

 あっ、いや、王都の兵隊さんの血を吸いすぎて暴走していたなぁ。アレか?

 あの状態になっていたのかもしれません。

 でも、リンシャルは気持ち悪いですものねぇ。眼を寄越せって言われて、怒ったんじゃないかなぁ、ルッカさんは。



 歴代の聖女たちの日記も有りました。皆様揃って、リンシャルを誉めちぎっています。マイアさんよりも登場回数が多いかもしれません。


 やれ、毛並みが美しいだの、輝くオーラを纏っているだのといった外観から、人間が手こずった魔族の退治をリンシャルの教えに従ってお酒を用意したら簡単に捕らえられたとか、暴れる狼を激臭で撃退したとか、昔話の知恵者系のエピソードに近いものもありました。

 そんな大した事をしている様には読み取れませんが、彼女らには有り難い事だったなのでしょう。


 マイアさんの記述は相対的に少ないものの、やはり完全に崇拝の対象でした。


『全ての豊穣の基であるマイア。大地に還りし女神の祝福。我らを慈しみ賜え』


 これがお祈りの言葉です。

 マイアさんの胸は豊穣というより砂漠ですけどね。


 さて、私は訪れたことが無いのですが、リンシャルが作った空間の中に『豊穣の間』というものが有りました。確か、マイアさんがメンタル的にキテいると荒れ果てた『浄火の間』になるとか、クリスラさんが以前に言っていたと思います。


 その豊穣の間と呼ばれる空間を訪れた聖女の一人が曰く、高い建物が並び立ち、果物がなった木々の合間を鉄の馬が走ったりしていたそうです。また、ある聖女は空にも地中にも大きな都市があったと書かれていました。


 マイアさんの姿は目視できませんが、声は聞こえたそうです。これは浄火の間で私が体験したのと同じですね。

 他にお住まいの方々も永遠の命を得られているそうで、その為に、技術が継承されずに消滅するということがなく、進んだ文明が築かれていたそうです。

 ……浄火の間では師匠が石を手で磨いて皿を作ったりしていましたね。よく考えたら、師匠は五万年も掛けたのに、あの程度の文化ですか……。無能にも程があります。


 いえ、師匠の事は良いんです。

 豊穣の間を訪れた聖女は、彼らから色んな事を学びました。医学や薬学、数学や哲学など。彼らはマイアさんの使徒であり、マイアさんと同一視されたりもしていました。


 教えてもらった内容としては聖女決定戦の一次試験の問題みたいな事でしょうか。

 ただ、ほとんどの工芸品は聖女が原理を理解できず、また、似せて造っても、こちらの世界ではうまく作動しない物ばかりだったとも書かれています。


 一部の聖女は長く留まって真理を会得しようとしたみたいですが、(ことごと)く、失敗したようです。

 理由までは書かれていませんが、腕輪しか帰って来ない時もあったそうです。

 その場合は、死んだと見なされて、新しい聖女が選ばれているみたいですね。


 リンシャルの眼を奪う行為についての考察も幾つか書かれていました。驚くべき事に、と言うか、クリスラさんと最初に会ったときに感じたように、目がなくても周りは見えていたそうです。日記を付けているくらいですからね。

 では、何故、リンシャルは眼を奪ったのか。

 私としてはリンシャルが気持ち悪い変態だから説を上げたいのですが、聖女の皆様は魔力の流れに鋭敏になるためだと考えておられました。


 他人の日記って面白いんですね。

 私はそれ系の本を目録で選んで読み漁っていました。


 あら?

 この日記、最後の頁が墨で消されてます。墨が多すぎて、他の頁まで汚されていますね。


 どんな恥ずかしい事をお書きになられたのでしょう。

 私、ドキドキします。

 だって、前日までに徐々に仲良くなっていった青年が離れ離れになった幼馴染みだったというロマンスが記されていたのですから。


 どうにかして読みたいです。

 だって破り捨てずに墨で隠すなんて、実は読んで欲しいって事だと思うんです。悲恋だったとしても私は興味津々です。


 透かしてみると、墨の種類が違うようで、濃淡差で文字らしき物が見えました。でも、全体は読み取れないですねぇ。


 私は照明魔法を唱えて、その光の傍に本を(かざ)す。


 ふむ、案外、簡単に解決しました。文字じゃない部分はある程度光が透過し、文字が浮き出てるように見えました。



 うん、殴り書きだったんですね。読みにくいはずです。さあ、恋話を見せてご覧なさい。

 

『たすけて。リンシャルに知覚支配された。される。殺される。聖女を選ばないで。思い通りに、たすけて。あなたの後ろ』


 まさかのホラーでしたか。

 ……リンシャルですからね、それくらいしてもおかしくないですよ。


 で、私の後ろがどうしたのですか! 何かいるのですか!?

 居ないですっ! ふうぅぅ!!



 これ、墨でなくて血糊だったりしてね。いやいや、でも、血なら真っ黒にはならないですもの。

 やっぱり、書いた人の悪戯でしょう。きっとそうですよ。



 封印です。

 この本は一人で読むには怖いですから、表紙に「読むな」と注意書きをでっかく書いておきましょう。



 読書生活を10日程続けました。


 この辺りになると、私、デュランの食事に飽きて参ります。油で煮た料理、揚げ物って言うんですが、毎日食べると、くどいんですよね。ドラゴンのステーキもオイリーでたまには熊の固い肉だとか、あっさり味の蜥蜴肉とかも食べたいのです。ニラさんと食べたナール何とかの水棲蜥蜴を口にしたいです。


 でも、四つ足の動物の料理はデュランではご法度で出てきません。

 私は結論を出しました。ここは聖竜様に相応しくありません。お食事に制限はよく無いと思うのです。



 と言うことで、私、屋敷を抜け出しましょう。やっぱりパン職人になるのです。王都へ向かうことに決めます。



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