新しい自分
このままではアントンがドレスを脱いでしまい、たわわな胸が窮屈な下着での中で変形している卑猥な格好を見せてしまうかもしれません。それはそれで面白いのですが、最終目的では御座いませんね。それに、私、そういうお下劣な行為は苦手で御座いますよ。
よし。さっさっと終わらせましょう。
「どなたか、アントニーナが男を知らない事を証明なさってください」
私は係りの人に声を掛けます。
「今しばらくお待ちをテントの設営が終わっておりません」
これ、命令を聞きなさい。時間が無いのです。見なさい、アントニーナは服から腕を抜こうとしています。
「その様な隠された場所でなく、敬虔な信者の方々の前で行うべきです。アントニーナは幸いスカート姿ですので、さぁ、潜ってご覧ください」
「あ? 何をとち狂ってるんだ、貴様は」
アントンよ、狂っているのは百も承知です。ヘルマンさんもコリーさんも、これに乗ったクリスラさんやイルゼさんも。
全く怖い世の中です。私が逆の立場なら、絶対に参加しませんよ。
「わ、私がご確認させて頂きます」
先程のボーボー発言の人です。ご本人としては失態を挽回する為に立候補されたのでしょう。
私はゆっくりと頷きます。厳粛さよりも横柄さを出す感じで。その方が次の展開に役に立つと考えたのです。
「アントニーナ様、失敬致します」
彼は言うなり、スッとスカートの中へと潜る。スムーズで自然なその動きは、もしかしたら今日という日の為に鍛練した賜物なのかもしれません。それくらいに熟練の技でした。他に習得すべき事があるでしょうにと思わざるを得ません。
「不愉快にもほどがある――おい! 俺の下着をずらしたぞ、コイツ!」
知っています。アントンよ、耳が腐るので報告は要りません。
「な、何をする気だっ!?」
暴れるアントンをイルゼさんが抑えます。
「くくく、良い顔です、アントニーナ」
「クソ巫女がっ! この辱しめの代償は果てし無い物になると覚えておけ!」
「今、この場でスカートを捲っても宜しいのですよ。薄汚いケツを皆に晒すのです」
苦渋に満ちたアントンの顔が心地よいです。なお、スカートを捲るのは、流石にダメですね。もろ見えになってしまいますので。
「えっ! えぇ!」
パンツが完全に下ろされたのでしょう。スカートの中から、悲鳴に近い叫びが聞こえました。
そして、ボーボーの人がスカートの中から転がるように出てきました。すっごい量の汗を掻かれていますね。
私はイルゼとクリスラさんに目配せします。それに対して、二人とも軽く首を縦に振って了解の合図でした。何と心強いのでしょう。
「如何で御座いましたか? あら、お黙りということは、まさか、リンシャル様の意に沿わない結果が?」
言葉は丁寧ながらも驚いた表情をしつつ、イルゼはスカートに潜った男に訊ねます。一瞬だけニヤリと見せた笑いも、決勝戦の結果を覆せるかもしれないという期待を持っている様に、周りの方には見えますね。迫真の演技です。私の味方をしていると思わせないためでしょう。
私はトンでもない逸材を手に入れたようです。私が知っている限り、アデリーナ様に次ぐ腹黒さを感じます。
「お、畏れながら申し上げます。アントニーナ様は――」
「女です」
私は最後まで言わせない。しかも、敢えて「女」と言う単語を使うことにより、アントニーナが男である事実を知っていることを私は匂わす。
「し、しかし、私はしっかりと見たのです。アントニーナ様の下腹部には――」
「黙れ。ボーボーだったと言うのでしょう。たわけが。お前の言葉は耳が腐ります」
すみません、ボーボーの人よ。必ず見返りは差し上げますので。
更に、イルゼさんが私をフォローします。「期待外れでしたわ」って感じの呆れた顔をされながら。
「貴婦人に対して、その様な物言いは感心致しませんわ。ボーボーでも良いのではなくて。ほら、次代の聖女様でさえ、ボ、ボーボーかもしれませんよ」
わ、私は関係ないじゃないですか……。
……私はモジャモジャですよ……。
ボーボーとモジャモジャは違うのですよ……。
くぅ、まさか、イルゼさんからこんな流れ矢が来るなんて……。しかも、途中でごもるくらい、内心は恥ずかしがりながら、何を仰るのですか!
「何をほざいている。俺は男だ。そもそもボーボーだとか正気か?」
ここでアントンの横槍まで来ました。中々に抵抗が激しいです。最早、貴様には捨てるものが無いと言うのか。
「お待ちなさい。私が確かめます」
クリスラさんが英断をなさいました。言うと同時に、アントンのスカートに潜ります。そして、すぐに出て来ます。
「大丈夫です。リンシャル様に誓って、男を知らない体と保証しましょう」
「せ、聖女様! そこでは無いでしょう!」
ボーボーの人が抗議の声を上げます。
「何がでしょうか? もしや、ボーボーが過ぎて、あなたは錯覚で善からぬ物を見てしまった言うのでしょうか。修行が足りないのではと危惧してしまいます。いえ、そうではないと信じていますよ。何はともあれ、大役を果たされた貴方には望むだけの地位を与えても良いと私は考えています。どうでしょう、次代の聖女よ?」
クリスラさんが私を見ます。私はイルゼさんを見ます。イルゼさんが頷き、私もクリスラさんに首肯く。
彼にはボーボーで笑わせてくれたという功績もありますからね。
買収という単語も頭に浮かびますが、後はデュランの方々にお任せしましょう。
「おい、聖女様。貴様まで何をしているんだ? 先の下劣な行為、コリーに説明できるのか」
「心の眼で見ました。ご安心下さい」
つまり見ていないと仰るのですね。私も安心しました。やり過ぎているのではと思っていた所です。私の品性まで疑われますよ。
さて、アントンを更に辱しめてやります。
「アントニーナよ、最後に、あなたのお姿をご覧になりましょう」
これで終わりです。
自分がどの様な姿で大観衆の前で立っていたのかを実感して貰い、恥ずかしさで悶え苦しむのです。三日三晩くらい苛まれるが良い。
私が用意させたのは全身鏡。
アントンの前面に立て置かれました。
アントンは微動だにしなくなりました。
くくく、恥ずかしいでしょ? そのコミカルなお顔で今まで偉そうに語っていたのですよ。
「おい、何だ、この顔は?」
化粧です。コリーさんが頑張った証です。
有り難く思いなさい。コミカル系大道芸人の様なお顔を堪能なさい。
「美しい」
……は?
間違ってもそれは無いでしょ。顎もシッカリの明らかな男顔です。丸みもないですし、女性要素は化粧と服と胸くらいですよ。あっ、結構有りますね……。
いえ、でも、キレイではないでしょう。
「何だ、これはぁぁ!?」っていう絶叫とかを期待したのですよ……。
それに最も懸念すべきは、お前がそれを美しいとか言うと、コリーさんの立場はどうなるのですか!? その美的センスでもって、彼女を愛していたと言うのですか! そんなの、女性からしたら大ダメージですよ!
私はイルゼさんを見ます。
顔を横に振られました。
クリスラさん、助けてくださいっ!
彼女もまた私を見ていました。
困惑。今の我らはそんなものに支配されてしまいました。
し、仕方ありません。後始末はちゃんと自分でしないといけませんからね。
「ア、アントニーナさん? すみませんでした。もう帰りましょうね」
「あぁ。これ、あれだな。髪型を長くした方が良いか?」
「そ、そのままで良いと、コリーさんは言うと思いますよ」
「そうだな。しかし、新しい自分を見付けた気分だ。クソ巫女よ、一応、礼を言っておこう」
「全く、そういうのは要りませんからね。そう! 寝たら良いのです。寝たら、元通りですからねっ!」
あー!
変なポージングまで始めやがった!
止めて、もう止めて!
私が悪かったです!
コリーさん、本当にごめんなさい……。
私はとてつもないモンスターを産み出してしまったようです。やっぱり後始末をお願いしても良いでしょうか。
「さあ、次代の聖女メリナ様、そして、聖女代理のアントニーナ様の誕生です!」
「いずれも、うら若き綺麗な女性ですね。デュランは彼女らの下で輝き続ける、私はそう確信しています」
止めてください。私とアントニーナを並列にしないで。聖竜様、すみません、お助けください。私には手が負えません。
式が終わり、戻った控え室で、私はコリーさんに土下座を致しました。コリーさんは「演技だと思いますよ。さすがアントン様です。食えないですね」と笑っておられましたが、私、アレは本気だと思いますよ。
怯える私を見るヘルマンさんの「ガハハ」という笑いがちょっとムカつきました。
アントニーナ? あいつはあの格好で街に繰り出したそうですよ。勘弁してよ……。




