全くもって手の掛かる
アントンは自ら兜を脱ぎ、茶色い短髪が風に少し揺れる。私はそれを黙ってみていました。止めなかったのです。
「パットさん、アントニーナが顔を出しましたね。短い栗色の髪も相まって、男装の麗人と言った所でしょうか」
まだいたのか、実況の人。
しかし、男装の麗人とは言葉が上手です。コリーさんが頑張った甲斐がありましたね。
決勝戦前にシャールへパートナーを探しに行った時、マリールから化粧品一式を貰っていたのです。私が王都で使うようにという心配りです。
それをコリーさんは目敏く見付けまして、気を失っていたアントンに塗りました。折角のマリールからの贈り物だったのですが、コリーさんの懇願に負けたのです。
しかし、会場はアントニーナが素顔を表したというのに盛り上がりに欠けています。期待していた感じと違うからでしょう。
もっと美人が出てくるものと思いますよね。
アントンの顔はどちらかというと悔しいながら整っていますが、中性的な美男子では御座いません。ヘルマンさん程のゴツい顔でも御座いませんが、化粧をしたところで女性に似せるには骨格的に無理がありました。
余興で化粧をしたおバカさんって感じです。いえ、えも知れぬ狂気さえ漂っていると表現しても良いですよ。
しかし、まさか聖女の代理となる方に男みたいなお顔ですね、なんて言えるはずがありません! 思うだけでも不敬でしょう。
「よく見ますと、唇が鮮やかですね。化粧でもしているのでしょうか? 頬も桃色ですし」
厚く塗りたくっていますからね。誉めるところを必死に探したのですね。
「化粧ではないでしょう。メリナは戦闘中に水魔法で雷に撃たれたアントニーナを冷やしていました。化粧なら、その時に崩れています」
「なるほど。では、アントニーナは非常に血色の良い女性なのですね。いやはや、世の女性がお金を出して為りたい姿を生まれながらに持っているとは羨ましい限りではないでしょうか」
かかか、それは我が親友マリールが開発した水を弾く粉で作った化粧品だからです! 私の水など歯牙にも掛けませんよ!
実況と解説の人の言葉を聞いて、ようやく観客達は声を張り上げる。無理矢理感は隠せませんが。
「おい、敗北者。鎧を脱がせ。貴様が崇拝する聖女の代理である俺の命令だ。すぐにやれ」
アントンはイルゼに言います。すっごく尊大ですね。イルゼも嫌な顔をしました。
私も同感ですもの。鎧の下は下着姿。そんなものに触れるなど不浄にも程があります。業火に焼かれた方がマシです。
しかし、イルゼは沈黙を守り、係の人から差し出された椅子を置いて、アントンをそこに座らせます。そして、腕や足など体の端の方から取り外していきます。
私は思いました。結構、毛深いなと。
近くには私達以外にも運営側の係りの人たちが来ています。チラチラと此方の様子を見たりしていますし。
不味いですね。皆さん、興味津々で御座います。
何回もアントンの脛毛を覗き見している係の人を、私は鋭い目付きで観察します。
あっ、近くの人に小声で囁きました! しかも、軽く指しましたよ! 隠したつもりでしょうが、私の目は節穴では御座いません。これは対策が必要です!
じゃないと、アントンが股を開く前に、このイベントがお開きとなってしまいます!
「ちょっと、そこのあなたっ!!」
私は大声でそいつを質します。
不意に叫ばれたからでしょう。彼は体を大きく跳ねました。すみません。しかし、必要悪なのです。
「あなた! レディーの脚を指して、何か言っていましたね! そんな劣情をこの場に持ち込むなんて、マイア様もリンシャル様も激怒ですよ! 死にたいんですかっ!!」
「い、いえ、そんなつもりでは……」
怯える彼に、更に追い討ちを掛ける。
「お黙りなさいっ! 言い訳は不要です! 謝罪しなさい! そこの隣のあなたっ! 彼は何と言ったか、正直に申しなさい!」
鎧を外す手を止めて、イルゼも助勢します。
「そうで御座いますよ。正直に言わなければ、万象をつぶさにご覧になっているリンシャル様の裁きが下るでしょう。あなたの一族が一夜で肉塊とされるかもしれません」
リンシャルの野郎、そんな事までやっていたのか。実例でもあるのでしょうか。
私に指名された係の方は顔を青くされながら答えます。
「わ、私はその様なことを一切思いませんでした。が、ご命令ですので、申し上げます。彼は『あの足の毛凄いよな。今から見るところもボーボーだぞ』と言いました」
何たる、何たる事でしょう!
私は体を震わせます。我慢できません……。
き、君たち、サイコー! 私は吹き出すのを堪えるのが大変で御座いましたよ。
「ご、誤解があります! 毛が凄いとは尊さが物凄いと感じたまでです!」
即座に囁いていた男が釈明しました。しかし、ボーボーは? こっちは言い逃れできないでしょうに。
「ボーボーは、その……あんな物凄いのがいっぱい生えていたら、余りの高貴さに私は気絶してしまうと言いたかったのです」
別のものも生えているので、そちらで気を失いたくなるかもしれませんね。
「信じましょう。私はあなたを赦します。これからは口を慎む事を覚えなさい」
ボーボーですよね。ボーボー。
神聖なる聖女がいる場で、して良い発言ではないとは思いますが、構いませんよ。
あぁ、そんなにしょげないで。後で誉めて差し上げますからね。
「おい、何がボーボーなんだ?」
あっ、アントンめ、喋りやがったか!
「お、男の声……?」
聞かれたっ! アントン、貴様、自分の立場が分かっているのか!?
聖女決定戦なんだから女が出たらダメでしょ! 明記されていないギリギリのラインを攻めているのに、自らバラしたら意味がないって分かるだろ、このスットコドッコイが!
全くもって手が掛かる。
「アントニーナは雷魔法の影響で喉を潰したようですね。ああ、まるで豚のように薄汚い声になってしまって、私は憐れみを感じます」
「あぁ? 貴様の糞に群がる蝿のような声とは大きく違う美声だろう」
相変わらずですね。しかし、その余裕はいつまで持つのかしら。私、楽しみです。嗜虐の愉悦さえ、私は感じるのを楽しみにしておりますのよ、うふふ。
「イルゼの変声効果のある雷魔法にやられている様ですね」
クリスラさんが掩護に入ってくれました。そうです、この道しか無いのですよ。無理矢理なこじつけでも我らが言えば通るはずです! 何せ、皆が大好き聖女様ですから。
係の人たちはクリスラさんの言葉によって落ち着きを戻しました。木を組み立てる作業を急いでおられます。
さて、次の関門です。胸を守るプレートを外す段になりました。
鎧の下のアントンが裸でないのが幸いですし、女性でもマリールの様に平坦な人も少なくありません。
しかし、体格の男女差は隠せないのです。皆様に疑念を持たれる要因となってしまいます。
それを打ち消すのは、やはりふくよかな胸です。古来より女性の象徴でもありますからね。
同じ気掛かりを持っていたのか、イルゼさんが私を見ました。私は頷きで返す。それを見て、イルゼさんは果敢に留め具を外していかれました。思いっきりの良さが好ましいです。
新しい優秀な仲間に感心しつつ、私は魔法を使う。
マリールで試した豊胸魔法です。いや、これ、魔法なのかな。直接、私が魔力を操ってるんですよね。私の意思を汲んでガランガドーさんが自在にしてくれているのでしょうか。
私が魔力をコネコネしていると、観覧席からヘルマンさんのよく響く声が聞こえました。
「聖衣の巫女よ、受け取れ!!」
飛んできたのは丸く固められた、色鮮やかな布の塊。それをバシッと受け取ります。これはロングドレス。
私は丸く固められたそれを解きほぐして伸ばし、イルゼに渡す。
流石にパンツ姿では不味いと判断し、事前に用意していたのです。
というのも、ヘルマンさんが戦闘後はパンパンに興奮しているヤツもいるからと、私では発想し得ない注意をしてくれたからです。うーん、想像しただけで気持ち悪いですね。コリーさんが悲しむかもしれませんが、刈り取ってしまいたくなりますよ。
アントンは見事な女装となりました。立派な胸の膨らみも出来ました。残りは下半身の甲冑のみです。
「何のつもりだ、これは?」
「アントニーナ様、美麗で御座いますよ。生まれ定まった聖女代理様としての役割、宜しくお願い致します」
そう言いながら、ドレスの中に手を入れて、腰のパーツをイルゼが取り外しました。私がお願いした事とはいえ、イルゼさん、辛い仕事を忠実にやり遂げました。とても偉いです。
ただ、化粧をして胸も大きくしてと頑張りましたが、やはり、アントンはアントンです。無理矢理褒め称えても、正直、女の子には見えないですね。むしろ、不気味です。
それだけに愉快です!
たぶん、皆が思っています。でも、その正直で正しい言葉を口に出せる勇気がある奴はいないのです! だって、とっても失礼ですし、何と言っても新旧の聖女が、それに決勝戦のライバルが女だと言っているのですから。
「おい。女物の服なんぞ着せやがって。ふざけるな。脱ぐぞ」
ちっ。どうしましょうか? ヤツのパンツ姿など視界に入れたくありません。
イルゼに命令して雷魔法で動きを止めるか? しかし、不自然過ぎますね。
一話で収まらなかったとは……。




