勝機を掴む
クリスラの様子からすると火球のダメージを受けていないと解説の人が言いましたが、その通りでしょう。
しかし、クリスラが転移完了する直前を狙って、私は火の玉を出していたのです。クリスラが出現する前から火があったのだから、多少なりとも、どこかが焼けていなければならないと思います。なのに、クリスラは服さえも焦げていません。その状況で対応出来るということは、丈夫な服、或いは皮膚を持っているのでしょうか。
いえ、私は分かっています。
私が出した火球魔法は爆発せずに、そこで燃え続けるというものです。
そうであるのに、今は床を砕く程の衝撃が起こりました。私の意図では有りません。と言うことは、それはクリスラの仕業。
恐らく、転移直後に圧縮空気の魔法を繰り出したのだと思います。私が再度突撃してくると予測して。
「逃げてばかりで良いのですか、聖女様?」
挑発です。
「イルゼが魔法を紡ぐまでの時間稼ぎですよ」
ほざけ、イルゼは気絶したままですっ! 魔力の動きに変動がないから分かっています。石ころと変わり有りません!
「素直にコリーをパートナーにすれば良かったのですよ」
ふん、喋りながらでも隙がないなぁ。
確かにコリーさんに武術を教えるだけは有ります。
私は黙って構え続ける。
「動かないイルゼとアントニーナが不気味ですね。そして、中央のクリスラ様とメリナも膠着状態ですが、どう見ますか?」
「クリスラ様相手にこれは凄いことだと思いますよ。それと、メリナの構えは王都の近衛兵隊に伝わる物ですね」
「そうなんですか? しかし、彼女はシャールから来たはずですよね」
「はい。あの若さですし、師匠が近衛兵だったのでしょうかね」
お母さんに教わったんですけど……。
アシュリンさんと出会ったときにもそんな事を言われたけど、確かにお母さんが村に来る前の事は聞いた事が無かったなぁ。
それはそれとして、まずはクリスラをぶちのめしましょう。
私は氷の槍を牽制的に何本も出す。当たるはずがなくても、足下や後方斜めから生やしたりしました。それをクリスラは軽々と避けていきました。
「聖衣の巫女メリナ、私はあなたと語り合いたいのです」
静かにクリスラは言います。ただし、打ち込ませてくれる雰囲気は有りません。
「そうですか。奇遇ですね、私もです」
その言葉に嘘、偽りは御座いません。心底、私は語り合いたかったのです。
拳でなっ! 逃げるなよ!
私は真っ直ぐに突っ込む。
私の拳は空を切る。転移?
それじゃ、語れないじゃないですか!?
あと、さっきの言葉に偽りは有りました。拳で一方的に喋りたいです。
クリスラが再出現する所を先読みする。最早、魔力感知などに頼りません。
上です!
いつまでも、そこが安全地帯だと思うなよっ!
「メリナ、跳んだっ!」
いえ、観客にはそう見えただけなのです。先端を平たくした氷の槍を足下に出して、そこに乗って私は上昇していきました。
背面に攻撃を受けて床を転げた時に、クリスラの追撃を回避するために出した氷の柱と違って、細い分、氷の構築速度が速いのです。
観客席の中程の最前席にいる実況や解説の人と同じ目線の高さに到達するまで、呼吸一回分くらいの時間しか無かったかもしれません。それほどの速さでクリスラの再出現に間に合いました。勝機を逃してはならないという私の執念の賜物でしょう。
「喰らえっ!」
私は吠える。先程と同じく、クリスラは圧縮空気の魔法を出していた様ですが、そんな物で私の腕っぷしを抑えることは出来ません。
風圧は凄くても、マイアさんがルッカさんを殴った時の様なハンマーみたいな威力までは無いようですね。私、魔力の総量からそう判断していました。若しくは、最も圧が掛かる方向ではなかったという好運なのかもしれません。
風を全身に受けながら、力任せの一撃を奴の頬にぶち込みます。
やっと当たったのです!
相手は地に足が着いていない状態でしたので、簡単に体勢を崩しまして、すかさず、擦る様に手首を蹴り上げる。
狙い通り、腕輪が外れて地上に落ちて行きました。
うしっ! 腕輪を取り戻すのです!
頭から落ちているクリスラを追う様に、足場から飛び降りる。
落下速度を調整するために、さっきまで足場としていた氷の槍の側面を足で削りつつ、腕輪とクリスラの位置関係を見ます。
クリスラは頭から落ちていたにも関わらず、床に激突する直前に前に出した腕をバネにすることで衝撃を緩和し、何回か転がりました。
クリスラが向かう先は腕輪の方向じゃない! 来たね、これ!
地上に舞い降りた私は、即座に腕輪を取りに向かう。
が、寸前で魔力の塊を感知。クリスラかっ! 魔法としては特に発動していないと判断して腕輪に手を伸ばした。
「あつっ!」
何!?
よく分かりませんが、透明な炎か!? くそ、厄介な魔法を持っていたのね、クリスラ!
軽く火傷した手を回復魔法で治しつつ、奴を睨む。それから、再度の挑発。
「与えた物を奪って、更には焼くなんて。聖女の名前が泣きますね」
クリスラは当然ながら、そんな程度では揺るぎませんでした。
「踏んでも壊れないから大丈夫でしょう」
あれでしょ、リンシャルがいた、あの空間での話を言ったのだと思います。あの時も踏んでましたね、確か。大切な物なのに、やりたい放題です。
「メリナさん、あなたに問いましょう。聖女にとって、最も必要な物は何でしょうか?」
「気品です!」
即答すると同時に、私は距離を縮めて殴りに入る。腕輪を拾えば良かったのですが、炎を消して腕輪を冷やしてという手間を考えると、クリスラを殴った方が早いと判断したのです。
クリスラは腕でガードしましたが、私はそのまま彼女を吹っ飛ばします。くくく、アシュリンさんより遥かに弱い! 威力を逃がすために浮いたんだとしたら愚かです。
私もよく使うので、よく知っています。それは弱者の逃げ。絶対的強者はどんな攻撃を喰らってもその場を動かないのです。そう聖竜様の様に!
案外に綺麗に着地したクリスラを追い込む。
「ならば、その気品を見せなさいっ!」
クリスラはそう叫ぶ。そして、迫る私のパンチをギリギリで見切って避け、カウンターで腹を狙ってきました。
させるかよっ!
私は避けられた手を使ってクリスラの髪を握り横に振る。対して、クリスラは構わず私の腹を殴ってきました。
ここが勝負どころです。
私も構わず頭突きを顔面に喰らわす。額が痛いですが、クリスラの鼻を潰しました。
明らかなチャンスです。
「ご免あそばせ。顎がお留守で御座いますよ、クリスラ様ぁ!」
注文通りに気品を醸したセリフを吐きながら、最高の一撃を与える。
完璧なストレートです。
髪を離すと、そのままクリスラは俯けに力無く倒れました。
勝ったと確信しています。
何故なら顎の骨を粉々に砕いた感触を得ているからです。本気になったのですよ、私、少しだけ。
掴んだ髪からクリスラさんの纏う魔力を操作して、骨を脆くしましたの、おほほ。ヤツの皮膚は固いままに保持しましたので、血溜りは出来ていませんが、顔は膨れ上がっている事でしょう。
これで起き上がったら、ルッカさん並の化け物ですよ。口を噛み締められないから、まず力が入らないと思いますし。
そもそも意識が飛んでいるはずなので、無詠唱魔法での回復も不可能。クリスラは床に沈んだままでしょう。




