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お前が囮になりなさい

 そして、試合開始の鐘が鳴ったのです。


「始まりました! 両者、まずは様子見か。動きません」


「基本は前衛と後衛に分かれるのですが、重装備のアントニーナは間違いなく盾役の前衛でしょう。となると、メリナは後ろから魔法攻撃を主体にすることになります。連発してきますからね、クリスラ様はメリナの魔法攻撃に要注意ですね」


「なるほど。では、イルゼ側の戦略は?」


「メリナの転移魔法が厄介で、前衛と後衛に分かれることは良い手ではないでしょう。後衛が魔法を準備している隙を狙われます。ですので、不気味ですが、実力を計る前に全力でアントニーナを潰した方が得策かもしれません」



 その通りですね。弱くても魔法は厄介です。まずは、イルゼから倒れてもらいますか。

 私がジリッと足先の重心を変えた所で、私の両サイドと後ろに魔力が集まってきたのが分かりました。



 無詠唱魔法? クリスラさんの仕業ですね。

 アントンでなく私を狙うとは、意外では有りましたが、無謀です。


 無視して私は前に出る。魔法の種類が何か分かりませんでしたが、私は狙いを変えず、イルゼへ。


 左右に体を振りつつイルゼに接近してから、足払い。眼前で急に消えた様に見えたはずです。転移魔法は使いません。クリスラさんに先読みされるからです。


 呆気なく足を取られて宙に浮いたイルゼに止めを刺すべく、拳を上げる。しかし、私の腕は引いた所から動きませんでした。



「注意散漫」


 耳の傍でクリスラさんの声が聞こえて、私は足を引っ掛けられました。

 横目で見たら、掌で私の拳を抑えていたようです。

 いつの間に来ていた!?

 魔力感知が働かなかった? いえ、後ろの魔力の塊に意識が行き過ぎていたのか。


 私は転移で逃げようとする。

 が、魔法は発動せず。理由は分かりません。


 慌てて床を転がった私に目掛けて、クリスラは踏みつけ。狙いは頭でしたが、間一髪で避けました。



 立ち上がった私にクリスラは言います。


「腕輪は一時的に返して頂きます」


 そう言って、自分の腕に金色の腕輪を填めたのです。私の転移の腕輪を。聖竜様からのプレゼントっぽいヤツを!

 何て手癖が悪いんですか! 他人の物を奪うなど、聖女の名が泣きますよ。


 横殴りに腕を振るったのですが、クリスラは既に転移しており、空を切ります。



「クリスラ様が聖女の証である腕輪を奪い返しました! これは何を意味するのか!? メリナが聖女失格だと言うのか!?」


「そうではないでしょう。それではクリスラ様がお与えたになった行為が軽率だったと認める事になります。戦闘上、必要なだけと考えた方が良いです」



 直ぐに切り替えです。奪われたものは取り返せば良いだけです。私は魔法避けくらいにはなりそうなアントンの近くに戻っています。


「おい、負けるなら早めに負けろ」


「私は倒れません。今から作戦を与えます。お前が囮になりなさい」


「はっ。貴様の指図など受けるか! この愚か者め」


 ルールが変更される前なら、殴り飛ばしていた事でしょう。しかし、今は出来ないのです。やってしまえば、敗北です。



「アントン、ィーナ様ぁ! 応援しています!」


 最前列の席からコリーさんの声が聞こえました。珍しくはしゃいでおられます。

 その周辺には私が名前を知る人は少ないのですが、他の聖女候補の方も座っておられます。私が初戦で背骨を折った方もおられました。お元気そうで良かったです。


 へルマンさんはコリーさんの後ろの席を宛がわれた様です。上半身裸なのは何でしょうか。豪快奔放な感じが出ていて私としては好ましいと思うのですが、その道のマニアな方にとっても大好物かもしれませんよ。身の危険を感じた方が良いと思います。ほら、隣国の件とか、怖いじゃないですか。手にしているグラスはお酒様でしょうか。こっちも浮かれてやがります。



「コリーか……。無様な所は見せられんな。おい、クソ巫女、勝つぞ」


 よくやりました、コリー。殊勲賞ものです。こいつが自暴自棄になるのを最も恐れていました。先程も同じ様な事を吐いていたと思いますが、今回は上辺だけではなさそうです。これで、私の勝率はぐんと上がったはず。


「では、お聞きなさい。あなたがイルゼに突撃するのです。後は任せなさい」


「貴様の指図など受けるはずがないと言った。良いか、よく聞け。俺がイルゼに猛攻を仕掛け、敵を引き付ける。貴様は、その隙を突け」


 おい、同じだろ、それ。

 クソ野郎が。



 とは言え、アントンはガチャリガチャリと歩み始めます。重い甲冑ですから、正しく音だけは重装歩兵の趣きです。残念なのは剣や槍などの武具を手にしていないことで、両手を前に出して接近していきます。手が遊んでどうすべきか分からなかったのでしょう。ニギニギとかしています。

 新手のアンデッドが爆誕でしょうか。クリスラさんやイルゼの胸を揉むのではという危惧さえ有ります。私の所属する部署的には駆除したいところです。


 奴の動きから、一つ気付いたことがありました。アントンはド素人です。グレッグ以下、いえ、下手したらブルカノレベルの戦闘力ですよ。


 しかし、行け、アントン! 活路はその先にあるぞ!



 さて、イルゼは魔法を唱えていたようです。眩い閃光が彼女の前へ突き出した両手から吹き出し、アントンを襲います。


 バチバチと音がしていますね。


 私にとっては腕を振るえば余裕で吹き飛ばせそうな勢いなのですが、アントンの歩みは止まってしまいました。不気味に開閉を繰り返していた手も固まってしまいました。あと、肉が焼ける臭いが微かにします。

 雷魔法だったのかな。


 ……終わりましたか……。中は丸焦げとまでは行かないでしょうが、動けない状態なのですね。下手したら心臓が止まっているかもしれません。

 私の力強い応援をもってしても、彼は死線を越えることは出来なかったのです。弱すぎです。

 でも、諦めてはいけません。不死鳥の如く復活するのです、アントニーナよ!


 私の脳裏には傷付いても止まらないルッカさんが浮かんでいました。再生能力が負傷する速さを上回ると無敵になれるのです。


『私は願う。そこのアントン、もとい、アントニーナの傷を癒したい。日が暮れるまで、怪我をする度に治る様にして欲しい』

 

 行けるか?

 初めての魔法ですが、アントンの命が燃え尽きる前にお願いします。


 あっ、ダメそう。魔力が集まって魔法が発動する気配が皆無です。



「うふふ、相方さんは力尽きたようですね。この新聖女イルゼを前にしては当然ですわ」


 雷を出し終わった雑魚が何か言っています。耳障りだと思わないこともないです。

 アデリーナ様が王都の兵隊さんに「あらあら、何やら羽虫の音が聞こえたような」と仰っていましたが、そんな感じですよ。


 仕方ありません。第二案です。

 普通の回復魔法を唱えて、とりあえず、死にかけのアントンを元に戻す。

 しかし、私は思い出しました。雷が落ちた時、その周りは高熱が発生することが有ります。木とかが焦げたりしますもの。

 そして、今も同じで、全身を包む金属鎧はきっと激熱でして、すぐに、じゅ~って音と鼻を刺す臭いを出すはずです。卵が固まるくらいには、もしかしたらもっと熱いと思うのです。


 なので、魔法で水を出します。鎧の内外にですよ。ジュワワワと、水が蒸発する良い音がしました。

 すると、鎧の中からも快音というか、悲鳴が上がりました。……うん、蒸気って熱いですものね……。


 再度の回復魔法です。アントンのクソ野郎に本日二回目の大サービスです。



「アントニーナ、止まらない! 歩行を再開っ! ターゲットはイルゼか!」


「謎の人物ですからね。あの妙な手の動きも計り知れない恐怖を与えているでしょう。男性のような悲鳴、自らを奮い立たせる雄叫びかもしれませんが、効果有りますよ」


「黒髪の悪魔メリナの仲間、鉄鋼野郎アントニーナ! さぁ、どう出るのか!」


「野郎ではないでしょう。アバズレでどうでしょう。鉄鋼アバズレ アントニーナ。良い響きでは有りませんか?」


「流石、パットさんです。聖女様の祐筆をされているだけは有りますね」


 ダメだろ。祐筆って代りに文書を書く人でしょ。聖女の手紙とかで、そんな汚い言葉を書く場面があると言うのですか。


「さて、イルゼ、二回目の詠唱に入る! クリスラ様は愛娘を見守る如く、動きません!」



 アントンは頑張りました。そこだけは認めてやりましょう。二度も死にかけたのに自分の仕事をやり遂げようとしています。表情は見えませんが、あの歩みには鬼気迫る物が有りますね。



 このメリナ、お前に特別に格別な餞別です。


 私は助走を付けて、飛び蹴り。思っきりです。

 アントンの頭を両足で押し出し、吹っ飛ばします。凄まじい勢いでイルゼに向かい、二人とも壁に激突しました。



「何だ!? 悪魔メリナ、味方を蹴り飛ばしたっ!」


「イルゼも動きませんね。両者ノックアウトですか?」


「何が狙いでしょうか? 分かりますか?」


「アントニーナは甲冑を身に付けておりますので、その分、ダメージが少ないのでしょう。捨て身ですが、良い手だったかもしれません。問題があるとしたら、アントニーナも戦闘不能になったかもしれない事です」


「なるほど、では、アントニーナが立てばメリナの勝ってしまうのですか?」


「いえ、クリスラ様も回復魔法を使えます。そんな簡単には行かないと思います」


 くはは、狙いはそれだけではありませんよ! 解説の人も分かりませんか、このメリナの超合理的なアイデアを!


 

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