選定
コリーさんはまだ控え室で待っていてくれていました。
私は晴れ晴れとした顔をして、彼女に微笑みます。私は自信たっぷりだったのですが、コリーさんは少しだけ焦っておられました。
「み、巫女殿……。この方ですか……。私はその方に深く謝罪をしないといけないと思います」
何を仰っているのでしょうか。コッテン村で喧嘩でもされたのでしょうか。全く気付きませんでしたよ。
「何があったかは知りませんが、水に流して頂けますよ。この方は私が殴り倒しても許してくれています」
「いえ、私はずっと男性だと思っていました。申し訳ありません」
まぁ、コリーさんは何て空気が読めないのでしょう。敢えて、そんな事を口にする必要はないのですよ。
しかし、この方は絶対に男を知らない者。何せ、調査部長であるエルバ部長のご推薦なのですよ。
その上、豪快に股を広げることも躊躇しない勇敢な者でもありますっ!
「聖衣の巫女よ、俺は一体何をすればいいんだ?」
その者は野太い声を出しました。エルバ部長のお父さん、へルマンさんです。絶対に男を知らないと思います。
「一緒に戦ってくれれば良いのですよ」
彼はコッテン村に滞在していた様な村人姿でなく、兜以外はフル装備で参戦です。何故なら、彼が鍛錬している所を掴まえたからです。
「コリーの嬢ちゃん、久しぶりだな」
「まさか女性だとは思いませんでした。その完全なる男装、家を継ぐのに事情でもあったのかと思います」
「あ? 何を言ってるんだ、コリー。男である証拠を見るか?」
……もうへルマンさんも空気を読みなさいって。
「……巫女殿、これは余りにも酷い選択では……」
そうですか? 黙っていたら女性だと思えない事もないです。ほら、体格もゴツゴツですが、そんな女性もおられますし、そもそも全身鎧で分かりませんから。
本当のところ、私は必死だったのです。
神殿には協力者どころか薄情者しかおりませんでしたので、エルバ部長に襲い掛かりました。その最中に、部長が提案してくれたのですよ。
とても良い人を紹介してくれたと思っています。
お城で捕獲しました。彼には何も説明していません。なのに、とても冷静で、且つ、協力的で有り難いです。エルバ部長もお父さんを見習って頂きたいものですよ。
「ごほん、巫女殿。女性に限るのですよ。男を知らないという条件の大前提は女性だと普通は思います」
えー、そこは黙っていて下さいよ。私だって分かっていました。しかし、ギリギリのグレーゾーンを攻めるしかなかったのです!
虚勢でも良いから、胸を張って行きましょう! へルマンさんは絶対に男と性交していないから大丈夫だと。だから、聖女決定戦に出て良いのだと!
……あっ、性交だなんて……。はっきり言うと、私、恥ずかしくなってしまいますわ。
「コリーさん、明文化されているのですか? されていないですよね?」
「え? いや、書かれていませんが、リンシャル様は厳正な審判をなさいます。ふざけた真似をされますと、命を奪われますよ。だからこそ、今までにこのような冒涜をされた方はいらっしゃいません」
「大丈夫です。私、リンシャルは完膚なきまでに痛め付けてやりましたから。また再戦しても一緒です」
私の言葉にコリーさんは絶句でした。もう居なくなった事はクリスラさんが隠していたので、言わないで置きましょう。
「我らのリンシャル様に……打ち勝ったのですか?」
「はい」
コリーさんの確認に、私は即答します。
「……ならば……良いのでしょうか……」
ちらりと、コリーさんはへルマンさんを見ます。
「いえ、しかし、聖女決定戦ですよ? 女性でなくてはならないと思います」
思い直しやがったか。しつこい人で御座いますね。我らはへルマンさんを頼るしかないというのに! へルマンさんも手に持ったフルフェイスの兜を被ってくださいよ。
「私はそんな差別には反対です」
「しかしですね、巫女殿。竜の神殿に男性が巫女見習いになりたいと訪問してきたら、どう思われますか?」
「叩き出しますよ」
即答です。明らかにダメ男ですからね。聖竜様をバカにするのにも程があります。
「それと一緒だと思います。いくらへルマン殿が男を知らないと謂えど――」
「煩いです、コリーさん。覚悟を決めましょう。何とか乗り切るのです!」
そこで、へルマンさんが口を挟んできました。
「あー、どうだろうな。ダメじゃないか」
おい、怖じ気付いたか、へルマン!
大丈夫です! 絶対にリンシャルに我が儘は言わせません! って言うか、とっくに消滅していますっ!
「実は――」
私が説得に入る前に、へルマンさんは済まなそうに伝えてきました。
へルマン、バンディールで隣国の捕囚とされた時に掘られてました……。マジかよ。隣国の人、何でも有りですか……。只のおっさんですよ。
全く知りたくなかった。一片たりとも想像したくない。
メリナ、最大の誤算です。あと、絶対に隣国には行きたくないですね。
「そ、そうですか。辛い思い出を語って頂き、すみませんでした。エルバ部長には黙っておきますね」
この私でも謝るしかありません。エルバ部長は調査部長なのに調査不足でした……。
「あぁ、頼む。そう気にするな。剣で刺された様な物だ、ガハハ」
笑えないんですけど……。いえ、本人が気にされていなければ、それで良いのでしょうか。
「巫女殿、へルマン殿を選んでいる時点で、ほぼルールを無視しておられるので、このまま行っても良いのでは無いかと思いますが?」
「明文化されているのでダメですよ。コリーさんはルールを破って平気なのですか?」
「何故、そこだけ正論なのですか!? バレようが無いのでしょう!」
「そんな……。ルールを破ってコリーさんは聖女決定戦を穢したいのですか?」
「しかし、もう男性を出場させるのですよ!?」
「コリーさん、まだへルマンさんの言葉しか男性である証拠は御座いません。もしかしたら、もしかしますよ」
「いや、なんだ、一物はあるぞ」
「切り取れば良いでしょう」
「止めてくれ! それはトラウマなんだよ」
そっちはダメとか意味不明な人です。
「分かりました。やはり、私が出ましょう」
「コリーさんに股を広げさす訳には行きません。私が許しませんよ」
「しかし、時間が……」
「もう帰って良いか?」
「レイラ様はどうでしょうか?」
「あいつ、男を知らないんですか?」
「おい、俺も忙しいんだが。どこなんだ、ここは?」
「デュランです。どうなんです、コリーさん?」
「いえ、分からないです。そ、そうです。あの、グレッグ殿は?」
「へルマンさん、グレッグさんは掘られていませんか? 掘っている方なら多分大丈夫です。大丈夫ですよね、コリーさん?」
「おい。グレッグは女好きだろうが」
「書いてはないですね……。個人的には掘っている側でも男を知っていると判断すべきなのではと思います」
「思うだけなら自由ですね。私は大丈夫だと思います。ところで、へルマンさん、アデリーナ様が『騎士団は命を預け合うから、男同士の愛情も深くなる』と言ってましたよ」
「おい、どんな偏見だよ。そりゃ、そういうヤツもいるが、そうじゃないのもいるだろ」
「ルッカ殿はどうですか?」
「あいつは爛れています。ドロンドロンです」
「ブルーノ、カルーノでいいだろ」
「へルマン殿、それならばニラさんがいます。何故に男を選ぶのですか」
「ニラのガキに戦闘させるのか? ったく、信じられないぜ」
「すみません。そう意味ではないのです、へルマン殿。あっ、巫女長殿はどうですか?」
「男を知ってるかなんて訊けないです。コリーさんが尋ねてくれますか?」
「そ、それは……。無理だと思います。年配の方に聞いてはならないと思います」
「あー、フローレンスか。あいつ、昔は可愛かった――」
「なら、提案しないで下さい。コリーさん」
「聞いてるか。あいつは昔は凄く可愛かったんだぜ」
「今はどうなんですか、へルマン殿? 失礼ですよ」
「やっぱりそうですか。私も絶対にキュートだったと思っていました」
「だろ?」
「もう時間がないです! 巫女殿、私でお願いします」
「えー、じゃあ、お父さんを呼ぶよ」
私達が激論を交わしている最中、突然に扉がノックされます。皆でそちらを見ます。もう始まってしまうのでしょうか。まだ私のパートナーが決まっていないと言うのに!
返事をする前にガチャリと開きます。
「おい、コリーが来ているだろ。解放しろ」
…………。
もう、こいつで良いか。
私のアイコンタクトに、コリーさんは済まなそうに目を伏せました。




