偽りの巫女の話
「アデリーナ様、今日も宜しくお願い致します」
直ぐ様、シェラが立って挨拶をする。私も遅れて立ち上がった。
マリール? あの子は座ったままよ。肝が座っているのか、頭悪いのかは分からないわ。
アデリーナ様が一瞥しても素知らぬ顔って凄いわね。敢えての反抗心、やりすぎでしょ。
「いいのよ、シェラ。あと、メリナ、おめでとう。魔物駆除殲滅部の一員に認められたようですね」
ご存じでしたか。新人のお世話担当みたいだから、そういう話も伝わるのが早いのかしら。
ただ、あの部署に認められても嬉しいのかそうじゃないのか、凄く複雑です。どちらかというと喜ばしくない気がします。
「……はい、ありがとうございます」
でも、お礼は言わないとね。
「アシュリンからうちの部署に巫女服の依頼書が来てましたよ」
そうですか。それは、巫女戦士の戦士の文字をグチャグチャに消したヤツですね。紙自体もグシャグシャになったのですが、読めたでしょうか。
「あと、マリール。これを差し上げるわ」
拳骨だった。脳天を正確に捕らえた拳骨。
アデリーナ様の細腕からは想像できないくらい良い音がした。
しゃんとしなさいよ、マリール。
「さて、今日は神殿に何故色んな身分の方がいらっしゃるのかのレクチャーでしたね」
拳を撫でながら席に付いたアデリーナ様は、そう切り出した。それに対して、私たち見習いは同時に頷く。マリールも。
「簡単に言うと、聖竜様がそれを望まれたからです。皆様は、現在定められている巫女になるための条件はご存じで?」
「はい」
私以外の二人が揃って返事をした。
「そうですね。聖竜様の声が聞こえる事です。聖竜様のお呼びがあって、初めて巫女見習いとなるのです。メリナはご存じなかった?」
「知りませんでした。でも、確かに紹介状をくれたおばあさんに、聖竜様との夢の中の会話をお伝え致しました」
アデリーナ様は私の回答に黙って頷く。
「聖竜様が若い娘にしかお声をお掛けしないのはエロいからですか?」
唐突にマリールが訊く。
ちょっと何を言ってるのよ! アデリーナ様がお怒りになったら、また、あの恐ろしい雰囲気の中でブルブルすることになるのよっ!
「怖いもの知らずですね、マリール」
ほら、ちょっと声のトーンが下がっていらっしゃるじゃない。
「聖竜様がお怒りになられるかもしれませんよ」
アデリーナ様は、ここで話題を変える。
「1000年ほど前、当時の神殿は、巫女になる条件の一つとして貴族出身であることを加えました。そこで、問題が発生したのです」
そこでアデリーナ様は溜めを作る。私たちに続きを言わそうとしているのかしら。
シェラが続きを言う。
「聖竜様に見出だされた、マイア様の再来とも呼ばれた少女を迫害してしまった件ですね。貴族ではなく市井の出身であったためです。とても悲しいお話です」
マイア様は、昔話に出てくる聖竜様の従者のことよね。マイア様みたいに凄い魔法使いの女の子だったのかしら。
「そうです。しかし、シェラ、あなたは、その悲しい物語までしか知らないのではないでしょうか?」
「無抵抗のまま処罰された、その少女に感動した巫女達が神殿の決まりを変えたと聞いております」
アデリーナ様は顔を横に振る。
「残念ながら、それは調えられた物語です。その少女が偽りの巫女として最期を迎えられた後、聖竜様はお怒りになられました。神殿にいた巫女は全員、罰として獣人にされたのです。その後、神殿は規則を今のように変えました」
あのお優しかったスードワット様が?
夢の中ではそんな雰囲気は一つもなかったのに。信じられない。
「この記録はシェラのお家の書庫にもあるかもしれませんよ」
「……聞いたことは御座いません」
「秘匿されていますからね。しかし、そういった事件があったからこそ、メリナともこうして肩を並べることが出来るのです」
なぁる。
聖竜様のお望みかどうかは分からないけど、そういった経緯があるのね。
「偽りの巫女は本当は偽りではないのですが、その少女の事件があってこそ、この神殿では出身から離れて皆が平等なのです。例えば、先ほどのマリールの態度ですが、神殿の外であれば死刑です。一族郎党纏めて、車裂きの刑です」
さらっと怖いことを言わないで。お願い致します。
「メリナもそうです。王家の者と対面した際に、頭を上げることは重罪となります。また、勝手に喋る事も重罪です。死刑です。晒し首です」
死刑しすぎです、アデリーナ様ぁ。
「ただ、今は巫女ですから、そんな事は致しませんし、出来ません」
にっこり笑われても、こっちは笑えないです。巫女じゃなかったら、本当にそんな事をされるのですか。
「これ程までに、アデリーナ様が私どもにお話しして頂けるなど、巫女になった甲斐があったと思います」
シェラが上手に雰囲気を変えてくれた。
「そうなのよ。私もここに入るまでは知らなかったのよ。貴族でない方も言葉が喋れるとか、知能があるとかって」
どれだけの箱入り娘よ。一般人をバカにしすぎでしょ。モンスター扱いね。
「じゃあ。また、明日ね」
アデリーナ様は颯爽と去っていった。
呆気に取られた後、明日もアデリーナ様のお話があるのかと心の中で思わざるを得なかった。疲れるのよ、あの方のお話は。




