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二回戦の鐘が鳴る

 いよいよコリーさんとの対決の時間です。

 私は薄暗い通路を抜けて、また青空の下の闘技場に立つ。

 昼に近付いて気温も上がっているのですが、それに負けず、観客達の熱気もより高まっていました。


 私が屈伸をする度にどよめきが起き、ちょっと気持ち良いです。もっと私に注目するのですよ、うふふ。



「微笑みがまた不気味ですね。シャールから現れた黒髪の悪魔メリナ。一回戦での戦慄がまたもや我らの眼前で再現されてしまうのか。解説のパットさん、如何でしょう?」

 

 また例の声です。


「ちょっと違う話になるのですが、私の友人がですね、商人をやっているのですよ。先ほどトイレで偶然に再会致しまして、あの悪魔と呼ばれましたメリナについて新情報を手に入れました」


 私、悪魔ですか……。うーん、盛り上げるためだとは思いますが、淑女に対して、それはないんじゃないかな。



「ほほう、それは凄い偶然です。先月のシャールの内乱で慌てて戻られたのですね」


「そうでしょうね。同一人物かは分かりませんが、聖衣の巫女と呼ばれる竜神殿の娘もメリナという名前でして、目の前の少女と同じだそうです」


「だとすると、竜の巫女が聖女を目指すのですか。それは何とも節操がないと申しますか……」


「繰り返しますね、同一人物かどうかは不明です。しかし、聖衣の巫女であれば、凄いことですよ。私の友人によれば、シャール伯爵の宮殿を破壊し、伯爵を廃嫡。更には元軍団長の両目をくり貫いたのです。しかも、それらを同日に行っているのです」


「トンでもない化け物ですね。全てが常軌を逸しています。それがここにいる。そして、聖女になろうとしている! リンシャル様がお認めにならないのでは無いでしょうか」


「ハハハ。まあ、商人の言う噂話ですからね。尾ヒレも存分に付いているでしょう。しかし、それだけのポテンシャルを持つ者なのかもしれないと、私達は考え直さないといけないと思います」


 解説のパットさん!

 今のは私をフォローしてくれたと理解して宜しいですか! ありがとうございますっ!



「さて、紅き玲瓏、コリー・ロバンも出て来ました!」


 来たか。

 ふむ、戦意に満ち溢れていますね。

 退いてはくれませんでしたか。


 さすが、コリーさんです。堅苦しくて空気を読めていません。ここは私に譲ってくれても良かったのに。

 全く…………一回懲らしめてあげないといけませんね!


「彼女の特徴は素早さですね。軍にいた頃は、縦横無尽に戦地を駆け抜けたと聞いております。名前の知れた武人ですので、ご存じの方も多いでしょう。これは良い試合が期待されますよ」


「私が所属しております大学でも話題でした。珍しい素材が集まる時期が数年前にありましてね、調べますと、彼女が所属する部隊が辺境で採ってくれていたんですね」


 コリーさんと牢屋でやり合った時は、どちらかと言うと静的な感じで、冷静にカウンターを狙っていたと思います。

 すっごく苦手なタイプだと感じたのですが、本来は違うのか。コッテン村が襲撃された時の、あの鋭い動きがコリーさんの本質なのですね。


 それを活かして私に向かって来るのであれば、苦戦はしても勝てる気がします。アシュリンさんの方が速くて、且つ、パワーがあるのだから。そして、そうであっても、私はアシュリンさんに勝利しておりますからね。


 問題はあの細い突剣です。体の急所へ一撃を入れられて、動きが止められるかもしれません。十分に気を付けましょう。



 鐘が鳴らされました。


 距離は凄くあります。数十歩は離れているのです。この闘技場は魔法戦を想定した作りなのだと思います。


 私はどっしりと腰を据えて構える。右半身を前にして拳を突き出す。左手は軽く握って、何にでも対処できるようにしています。


 転移魔法なんて厳禁ですよ。魔力の動きを感知されて先回りされると思います。

 転移先に剣を予め出されていたらどうなるのでしょう。もしかしたら、転移完了とともに頭に剣が刺さっているかもしれません。あくまで可能性ですが、危険を冒すのは良くないと思うのです。自殺に為りかねません。



 それにしても、コリーさんも動きませんね。

 解説の人が言っていた持ち味のスピードはまだ見せないつもりですか。


 魔力の揺らぎもないので詠唱もしていないでしょう。口許が動いていないから間違いないです。



 ……まずは防御からか。慎重に越した事は無いと思います。


 私は自分を囲む氷の壁を作る。


「あぁっと! 悪魔メリナ、動きました! 何でしょう、これは! 自陣で何かを構築しています!」


 私も聖女候補なのですよ。それを悪魔って何度呼ぶのですか……。あなた、私が聖女になったら、その発言は大問題になりますよ。


「氷でしょうね。氷で要塞みたいな物を作ろうとしているのでしょう」


 おお、解説の人、正解です。

 前後左右、それから、上下も白い氷壁で自分を囲みました。


「しかし、これでは攻撃も出来ませんね」


「彼女には転移魔法があります。不意を突いて、一回戦のように一撃必殺を狙っているのでしょうが、悪手だったかもしれませんね」


 いいえ、違います。それなら、こんな所に閉じ籠りません。



 私は氷の槍を連続生成します。もちろん、コリーさんに突き刺さる位置へ。


 自分で出した氷の壁に塞がれて目ではよく見えませんが、本当に魔力感知は素晴らしいです。目視に頼らずに、コリーさんの位置が分かるのです。戦闘の効率や戦略性が遥かに上がりました。

 今なら蟻猿も楽勝だと思います。



 しかし、うーん、コリーさんはすばしっこいですね。やはり当たらないです。ギリギリで避けてきます。動ける範囲を狭めるためにも氷の壁も作りましょう。

 そして、追い込んでいくのです。



「メリナは凄まじい魔力量ですね。枯渇しないのでしょうか」


「そうですね。そして、とても正確に狙っています。かなりのレベルの技量ですよ。意図を感じます」


 おっ、鋭いですね。


「意図ですか?」



 連続して出現した氷の槍を避ける為、コリーさんは氷の壁に挟まれた所に逃れました。

 チャンスです!

 私は前後同時に氷壁を生成。それから、蓋をするための氷板も作ります。


 ヨシッ!

 コリーさんを氷の牢に閉じ込めました!



「メリナは、この通り、コリーを封じ込めようとしていましたね」


「なるほど。一回戦で見せた奇襲だけでは無いと言うことですね。知恵も回るんだと、我々にアピールですか」


「恐ろしいのは、この閉じ込めなのですが、失敗したとしてもメリナにとっては次の一手に繋がっていた事です」


「それはどういった事でしょうか、パットさん?」


「メリナは転移魔法を自在に使えると思われます。その前提ですと、あの闘技場内に安全地帯をもう一つ作ったことになるのです。何らかの方法であの氷の壁が破壊されたとしても、すぐに逃げ込める先を用意したとも考えられます」


「なるほど。緩急を使い分ける器用さもあるのですね。これはひょっとしたらひょっとするかもしれません。聖女メリナ、誕生するかもしれませんね」



 私は転移で氷の要塞から外へ出る。

 観客席は大騒ぎで、私の登場を祝ってくれました。



「なかなかの声援ですね」


「はい。聖女は魔物や魔族から我らを守護してくれる存在ですから、あれだけの力を見せられると期待も大きくなりますよ。何より弱いとリンシャル様に不適格と判断されますからね」


 聖女さんは強くないといけないのですね。私の勝手なイメージでは清廉で静かで、でも裏表のない性格みたいな感じなのですが、皆が望むのは、加えて強さなのでしょうか。

 と言うことは、ルッカさんより清廉で、アシュリンさんより静かで、アデリーナ様より腹黒くない私は全てを兼ね備えています。

 いえ、アデリーナ様は別格でした。あの人と比較したら、全ての物が白く見えそうです。



 私はコリーさんを閉じ込めた氷の牢の前に進む。


「コリーさん、降参するならお願いします。十まで数えるので、それまでにお願いしますよ」


 コリーさんが中にいることは確認しました。でも、無言です。


 私、ちゃんと待ちました。対戦相手が私の知らない人なら、大声で一、二、三……と叫びながら、五くらいで魔法で奇襲していたと思います。

 私はなんて友達想いなのでしょう。聖女適性が抜群ですよ。


 さて、もう少しで十です。

 氷の壁を内部に作って圧迫していくか、炎を出して窒息させるかですね。


 うーん、中が見えないから、勝敗の決着が判りずらいですね。鐘が鳴らす係の人が、ちゃんと仕事してくれないと、下手するとコリーさんが死んでしまいます。



 戦闘中に余裕を見せてはいけない。チャンスには畳み込まないといけない。


 そんな原則を私は忘れていました。



 他事を考えてしまった為に、コリーさんへの魔力感知を疎かにしてしまっていました。


 気付いた時には魔法が発動。

 赤い文字の魔法陣が氷の牢を中心に私の足下まで広がり、廻ります。


 ガクッと私は跪く。体が重いのです。いえ、思った通りに動かない……。



 アンチマジック!



 氷の牢も融け崩れ、赤毛のコリーさんが立っているのが見えました。



「パットさん、これは?」


「魔法文字からすると、ドラゴン特化の捕縛魔法でしょうか。メリナに効くとなると、彼女の魔力の質もドラゴンに似ているのかもしれません」


 えっ……。

 竜専用の捕縛魔法に私は捕らえられているのですかっ!?


 あぁ!!

 何て言うか悔しさと共に、喜ばしい、いえ、聖竜様との運命を再び感じてしまいます!

 複雑な感情に身悶えます!



「……巫女殿、この状況で笑えるとは……。まだ手を隠されているのですね」


 コリーさんが剣を前に構えて、何か言っていました。



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