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一戦目

「それでは、聖女候補の紹介を始めます!」


 会場に大きな声が響きます。まだ試合は始まらないのですか……。ん、もう、早く殴って終わらせたいのですよ。


「第一ゲートから現れたのは、駿才マクパル! 幼い頃より勉学に励み、引き締まった身体はデュランの大図書館の知識を食べて育ったと表現しても過言ではないっ!! その卓越した頭脳と無詠唱魔法で、今日も相手に精密打撃を与えるかっ!?」


 ……テンション高いなぁ……。

 しかし、無詠唱魔法ですか……。速攻でぶっ殺さないと危険ですね。良いヒントを頂きましたよ。

 あと、物は言いようで、マクパルさんは引き締まった身体ではなくて華奢なだけだと思います。


 それにしても、観客の人も「うぉー!」とか言っていますが、良いのでしょうか。大事な信仰対象を選ぶのですから、もっと神聖な儀式感が必要なのではと部外者の私は思いますよ。



「対するは、第二番ゲート前で怪しげに蠢くシャールからの刺客メリナ~ッ! 全く情報は有りませんが、聖女様が推薦する腕前は如何程に!」


 蠢いてない。柔軟体操ですっ!

 あと刺客って、何ですか!? デュラン出身じゃないから、私には冷たいのかしら。



「期待はしましょう。聖女様が選ばれた候補です。緊張感を無くした聖女候補達に刺激を与えるためという分析も有りますが、マクパルも油断は出来ないでしょう」


 な、何? 解説っぽい声も聞こえてきました。凝りすぎでしょうよ。



 鋭く鐘の音が聞こえまして、私はビクッとしました。

 いきなり魔法!? 先手を取られた!?


「さぁ、試合開始です!」


 何? 今からなのですか? 勝手が分からないから動揺しますよ。



 その時、私の目の前に魔力が集まるのが見えました。



 ふーん、マイアさんがルッカさんを攻撃するのに使った、あの空気圧縮の魔法に似ています。全然、魔力の大きさが違いますが。


 確かに無詠唱か。

 私は相手の唇が動いていないことを遠目に確認する。



 ふん。


 集まろうとする魔力を操作して霧散させる。とても余裕です。ここまで弱い魔法を見たのは始めてかもしれません。むしろ唱えずにその魔力を物理攻撃に割り振った方がマシなのではと思いました。



 しかし、これは罠か?


 仕掛けられると面倒です。さっさと終わらせましょう。


 もう一度魔力が同じところに集まるのを確認しつつ、それを無視して私はマクパルの背後に転移。

 即座に拳骨を隙だらけの腰にめり込むように放ちます。



 マクパルは衝撃で仰け反った状態のまま、膝から崩れ落ちました。背骨を破砕しましたし、周りの筋肉も裁断致しました。なので、立つことは不可能でしょう。それどころか、ピクリともしません。


 でも、今は死んでないと思います。もし死んでいたら事故でお願いします。本来なら後頭部にも追撃をするのですが、ルールを守っているんですよ。


 転移魔法って便利ですね。雑魚を楽に倒すためにはこれ程適した魔法は無いでしょう。アデリーナ様が拘っていたのも分かりますよ。


 動かないマクパルさんと同じ様に、会場も静かになりました。

 若干の間を開けて、先程と同じ様な音色の鐘がカンカンカンとけたたましく鳴らされます。



「勝者、メリナ~ァアアッ!」


 おっ、勝ちましたか。

 ではでは、回復魔法をマクパルさんに。

 間に合いますように。


 うん、ちゃんと魔法が発動しています。すぐに動けると思いますよ。



 少しだけ涙目のマクパルさんは、座り込んだまま、私を見ながら訊いてきました。


「わ、私は負けたのですか……?」


 観衆の静まり具合からそう判断されましたか? ふむ、中々に優秀ですねぇ。伊達に筆記試験一位では有りませんね。


 このメリナ、感心致しました。人は負けを認めにくいものです。勝ちたいと願う程、現実が見えなくなります。特に今回は自分が何をされたのかさえも把握できなかったと思いますし。

 マクパルさんも聖女になる夢を持たれていたと思います。そうであっても「負けたのか」と対戦相手に訊く。何たる勇気でしょう。



 私はマクパルさんの手を取って立ち上がらせます。立派な人ですから。


 私の想いが通じたのか、マクパルさんは私に微笑んできます。


 そして、私も笑顔のまま腹を軽く殴って、マクパルさんの意識を刈る。



 お疲れ様でした。お辛いでしょう。

 今は全てを忘れてお眠り下さい。



 ぐったりしたマクパルさんを石材の床に置き、私は第二ゲートと呼ばれた、入って来た出入り口に向かいました。



「信じられません! シャールの怪物メリナ! 敗者に鞭打つ追撃です!」


「いやぁ、これは頂けませんね。彼女も聖女候補なのですよね、一応」


 違います、慈悲ですよっ!

 彼女にも推薦者がいるのです。アントンみたいな糞野郎だった場合、只でさえ傷心なのに、それを抉るように敗北を責めてくる可能性があります。つまり、私はマクパルさんを助けるために殴ったのですよ。


「シャールの刺客メリナ、不敵に笑います! 何たる女! 本当に聖女候補なのか!?」

 

 おい、それは私の推薦者である現聖女のクリスラさんも侮辱しているでしょ。



 何はともあれ、私は勝利しました。

 戦いの場を離れて控え室へと戻る。で、途中の通路で、レイラと擦れ違いました。



「あぁ! メリナ様、勝ち抜かれたのですね」


「勿論。あなたはコリーさんとですね。厳しいとは思いますが頑張ってください」


 コリーさんに瞬間で倒されるとは思いますが。


「はい! 昨日も努力したのですよ。差し入れと称して、下剤入りのケーキをお勤めの家に届けましたの!」


 ……耳がおかしくなったのかなと思いましたよ。明るく元気に堂々と不正行為を告白されました。

 良心の呵責を全く感じません。人として大事な物を失われている、可哀想な方なんじゃないでしょうか。努力と考えて良い内容でもありませんし。


「……効果は有ったのですか?」


「今朝、使いの者に確認に向かわせたのですが、本人は食されていなかったようです。残念です。毒を井戸に放り込んだ方が良かったかと後悔しております」


 …………アントンのお腹が下っているのなら大笑いしたいところですが、レイラ、あなた、コリーさんに殺されかねませんよ。

 んー、でも、あのアントンが試合前日に対戦相手からの差し入れを食べるなんていう軽率な真似はしないか。


 更にレイラは私に質問してきました。


「私、あの赤毛に勝てますか?」


「私がコリーさんで、しかも怒っていたらですね、開始と共に喉を潰して降参の声を上げられなくしてから、四肢を突き刺して痛め付けますよ」


 戦闘で遊ぶのは危険ですが、実力差が明らかなんですもの。下剤の仕返しくらいはさせて下さい。


「やっぱり、そうですか。うん、赤毛ですもの。うん、始まったらすぐに降参します」


 私は黙って頷きます。

 ……私なら、そこまで読んだ上で喉を潰しに行くのですよ。甘ちゃんで御座います、レイラ。

 ルールを読む限り、甚振ることは禁止されていませんでした。五体無事で帰れると良いですね。


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