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エルバ部長くらい

 私は立ち上ると同時に、一気に踏み込む。もちろん、壁際に立つメイドを目掛けてです。

 優男は無視なのです。何故なら、私が立ち上がった時の反応で、こいつは弱いと判断できたからです。まるっきり素人でした。なので、いつでも簡単に(はらわた)を引き出せると判断しました。



 床をドシンと踏み、メイドが逃げないかを確認。腕が届く範囲では到底有りませんが、殴る動作に入る。


 メイドの指の間に何本もの小さな刃物が挟まれていました。私がそれを認識した途端に、素早く、最小限の動作で私へ投げてきます。


 三本。頭と胸と腹か。しっかりと見えましたよ。食事用ナイフかな。


 対する私は転移。


 メイドの横。腕の狙いは耳の傍、側頭部です。転移後、すぐに攻撃です。



 死ねっ!!



 しかし、私の渾身の振りは躱されてしまいました。スーとずれていく感じの動き。師匠の残像を伴うスライドにも似た、変わった足裁きです。いや、何かの術式か?



「メリナ様、すみません。少し試させて頂きます」


 顔色を変えずにそう言ったメイドの姿が視界から消える。


 姿勢を低くしての足薙ぎ。


 私は視線を動かすまでもなくそう判断しましたが、後ろは壁なので逃げる方向が制限されていました。



 相手の両足で挟み込まれて私はバランスを崩し、転倒を始める。蹴りだと思ったけど、こういう倒し方もあるのですね。


 ふむ、で、新しく手に持った、その投げ道具で私を刺す気か。



 ふふふ、弱過ぎて、私、余裕です。この人、エルバ部長くらいのレベルですね。

 何を試すと言うのですか? あなたの肉体の脆さかしら。



 横倒しになりながら、空中で私はニヤリと目を見て笑う。それから、転移。


 場所は奴の上。転移前からは腕半分くらい上の位置でしょうか。つまり、挟まれていた足を抜くために転移したのです。体勢は転移前と同じく、敢えての倒れかけです。


 体が横になったまま宙にいる状態の私は、腕を伸ばしてメイドの喉へ。そして、指先に魔力を集めて穿つのです。



 さぁ、どうしますか? ここからでも、私の腹をそのナイフで狙うのでしょうか?


 相打ち?


 無理ですよ。そんな小さな刃では私に致命傷を与えることは出来ません。即座に治癒できます。しかし、あなたは首に大穴が出来るのです。下手したら頭が千切れますね。



 ふむ、覚悟はされてましたか。

 ナイフを持つメイドの利き腕にも力が入るのが確認できました。ならば、死ね。


 

 そこで、部屋の扉が開く音が聞こえてきました。新手かっ!

 くそ、余裕を持ちすぎて魔力感知を使っていませんでした。


 ……仕方有りません。下がりましょう。私の逡巡を読み取って、一瞬の間にガードに切り替えたメイドの腕に照準を変え、鋭く殴り付ける。


 衝撃で握力を失ったのでしょう。

 カランと落ちた刃物を拾ってから、私は部屋の奥へと転移。リンシャルなら転移と共に迎撃体勢に変更して構えていましたが、私の転移魔法はそこまでではありません。転移直前の体の動きのまま出現してしまいます。


 せめて、床に這いつくばる事の無いように体の角度を調整するくらいです。倒れそうな体を縦に、足を下側になるようにイメージしての転移です。



 落下慣性の方向が突然変わったのを足先に力を込めることで耐えて立つ。



 メイドも魔力感知を使えるのか、私が転移完了するまでにナイフを投げていたに違い有りません。勢いよく迫って来た刃物を額の前で受け止めながら、私は新手の強さを計る。

 魔力の多寡という大雑把な物ですけどね。



 そこにいたのはクリスラさんでした。

 ふむ、やりあった事は無いですが、転移の腕輪を踏み抜いた、あの技術は中々の物でした。魔力の量もデュランの人にしては珍しく多いですし、手こずる可能性は否定できませんか。



「メリナさん、すみません。そこまでで容赦願いますか?」


 私をしっかり見ながらクリスラはそう言いますが、魔物や魔族なら油断を誘ってからの騙し討ちも普通だと思うのです。だから、私は彼女の言葉を無視します。


「あなたもお止めなさい。私の言葉が信じられませんでしたか?」


 クリスラさんは立ち直したメイドに鋭く言います。


「滅相も御座いません」


 メイドは私に背を向けて、後ろのクリスラさんにいつも以上に深くお辞儀をしました。私はここがチャンスと見て、先程手にしたナイフを、メイドの頸椎へ目掛けて鋭く投げる。


 残念ながら刺さりませんでした。

 石と違って、投げ慣れていなかったからでしょう。肩までの長さのメイドの髪を数本落としただけで、壁に突き刺さりました。


 その衝撃音に座ったままの優男が体を震わせました。しかし、メイドもクリスラさんも微動だにしませんので、戦闘は終わりでしょうか。


 私が構えを解くとクリスラさんは軽い笑みをくれました。それから詰問調でメイドに対します。

 


「その男は?」


「雇った役者です」


「可哀想に巻き込まれて……。もう一度言います。私の言葉が信じられませんでしたか?」


 クリスラさんは静かに、しかし、明らかな怒りも込めて言い放ちました。メイドの表情は分かりません。


「聖女様のお言葉を信じたからこそ、暗部としてはその実力を測らざるを得ませんでした。結果的には聖女様の手をお借りすることとなり、大変申し訳御座いませんでした」


 あのままだと私がこのメイドと優男を殺していました。つまり、手助けとはクリスラさんが部屋に来た事を意味するのでしょう。


 クリスラさんは魔力感知で、この戦いを見ていた、いえ、こうなる事を予想して観察していたと言うことですね。……やはり敵か?



 クリスラさんが味方かどうか吟味している間に、メイドが口を開きます。


「暗部も学者連と同じくこの娘を認めます。こうなることを見通して、聖女様も私を部屋付き女中として手配なされたと想像しております」


「宜しい。ですが、それでは私の言葉を信じていなかったと申すのと同義でしょう、今のは? ふぅ。確認するにしても他の手段もあったでしょうに」


 クリスラさんはメイドへ(わざ)とらしく溜め息を一つ付いてから、私に言います。


「デュランには影から聖女を武力援護する暗部という組織が有ります。実力者の集まりで癖が強く、間近でメリナさんの聖女としての資質を彼らに認めて頂きたかったのです。しかし、その結果、挑発の形となり大変申し訳ありませんでした」


 なるほど。

 先程の優男の気持ち悪さとかも挑発でしたか。そういう意味では、その男も凄腕です。私の感性ど真ん中で殺意を抱かされてしまいました。


 真意でないのであれば、聖竜様を侮辱したことも許さない事も無いです。



 メイドさんをちらりと見ると、少し頭を下げられました。警戒した私の隙を見て、クリスラさんが優男を呼び、彼はこの場から出て行きます。



「転移直後のナイフ型苦無(くない)を受け止められるとは思っておりませんでした」


 これこれ、あなた、大切なことを忘れておられますよ。


「あの、謝罪が欲しいのですが……」


「あぁ、大変に申し訳御座いませんでした。先程の男も私の指示でメリナ様を怒らせたに過ぎません。お許し頂けないかもしれませんが、急ぎ、何かお詫びをお持ち致します」


 んー、あっさりした人です。もっと、こう、上辺だけでなく、真心が見える謝罪は頂けないのでしょうか。いや、まあ、良いんですけどね。

 キリがないので、ここまでで手を打つしか有りませんね。



「もう良いです。お詫びの品も新しいのは要りません。これで十分です」



 私はグラスに入った赤い酒をグイッと一飲みにしました。


 カーッ!! 喉が焼ける様に熱い!

 でも、気持ちいいです! 旨いです!


 もう少し頂きましょうかね。

 私はボトルを持って口に注ぐ。天井を見上げながら、トクトクと酒が落ちてくる感覚を口の中と響く手で味わいます。


 あぁ、天井が回り出しました。なんて粋な装置が付いた部屋なのでしょう。



 気付いたら、メイドさんは床に伏せ、あとボロボロになったクリスラさんが立っていました。息も荒くて、思わず、私は駆け寄り治療のために魔法を唱えました。


「……ありがとうございます、メリナさん」


「いえ、大丈夫です。何が有ったのですか!?」


 私は感じております。これは、たぶん、お酒様の仕業だと……。酒場の一件とアデリーナ様に吹き掛けたらしい事件を思い出しております。


 しかし、今は聖女決定戦中。いくらお酒様の仕業といえど、イルゼ辺りに知られたら、グダグダ責められる可能性もあります。

 クリスラさんさえ黙っていれば、この惨劇を無かった事に出来るのです。


 だから、私はもう一度言います!


「誰がやったんですか! 私、許せないです!!」


 私の真意が分かりますよね、クリスラさん?


 高価そうだった家具達も傷だらけというか、破壊されております。その賠償もご勘弁頂きたく存じますからね。


 クリスラさんは曖昧な笑顔で去られました。良かったです!

 でも、倒れたままのメイドも連れていって下さいよ。私、安眠したいのです。


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