お酒様、再来
しかし、メイドさんはなかなか帰らないですね。そろそろ寝たいので、その旨をお伝えしましょう。
「今日もご馳走をありがとうございました。後は寝るだけですから、もう下がって貰って結構ですよ」
夕食は大きなエビでして、アントンが船で作っていたような小麦をまぶして油で煮たような料理でした。外はカリカリなのに、中はホクホク。見事な味で御座いました。上に掛けられた白っぽいソースも抜群だったのです。
美味過ぎてですね、私、何本もお代りさせて頂きました。そして、何としてもこの地が欲しいと改めて決意したのです。
ここの料理を毎日聖竜様と食べるのです。
食べて寝ての聖竜様とのイチャイチャハッピーライフが待ち遠しいです。
そんな幸せな未来で胸を一杯にしていた所に、メイドさんの声が聞こえました。
「いよいよで御座いますね。明日も実力を発揮できるよう、マイア様、リンシャル様に私もお祈り致します」
おっと、珍しく私に話し掛けてきたようです。
「はい。ありがとうございます」
「失礼する前に一次試験突破をお祝いさせて頂きたいのですが、宜しいでしょうか?」
ふむぅ、お腹も大きくなって眠いのですよねぇ。メイドさんがいると気が休まりませんし。断りたい所で御座います。
「丁度、美味しいお酒が手に入りました。とても貴重な物なのです。是非、ご賞味頂けますと幸いです」
「お酒は毒ですっ! もう二度と飲みません!」
おぉん。まだ、この口癖が残っていたのですか!?
おかしいです! これはアデリーナ様は私の体に何かしているに違い有りません! 疑惑は確信に変わりましたよ!
「……その様な真似を、この私がするとでも? 侮辱にしても酷すぎます!」
あぁ、気を悪くさせてしまいました……。眼が鋭くなられて、怒っているのが手に取る様に分かったのです。
ご厚意を貶す結果となり、アデリーナ様に代わって謝罪致します。あと、貰えるものは貰う精神は大切です。今回は特にお酒様で御座いますし。
あと、この人、結構攻撃的ですよね。あなたの適職はメイドさんじゃないと思います。お客様である私を責めてはなりませんよ。
如何せん、言い訳は必要です。このままでは、私と出会う運命だったお酒様が離れて行ってしまうのです。
「すみません。心から謝罪致します。今のはドス黒い白薔薇の毒気に当たってしまったからなのです。悪気は無いのですよ」
メイドさんは黙っています。
しまった!
アデリーナ様をご存じなければ、全くもって意味の分からないセリフでした! 彼女を知っている人なら「ドス黒い」の形容詞で、「あぁ。ご愁傷さま」ってなると思うのです。
言い直しましょうね。
「シャール流の軽い挨拶のような物です。分かりにくくて申し訳ありません。是非飲ませて頂きたく存じます」
「……畏まりました。少々お待ち下さい」
良かったです。謎の溜めがあったので拒絶されるのかと思いましたよ。
ふふふ、お酒、以前ほどの欲求は湧いて来なくなっていますが、楽しみで御座います。
メイドさんは足音も立てずに静かに退室されました。しばらく待って、再び戻って来られた時には、若い男の人も連れてきました。
その男性は年頃二十歳くらいで、それなりに整った細い顔立ちですね。
メイドさんは入り口近くの壁際、この人の定位置に付きました。
「メリナ様、特上のお酒をお待ちしましたよ。今宵は二人で心行くまで楽しみましょう」
その優男が私の対面に座るなり、そう言います。「一人で充分です」の言葉は喉の所で我慢です。
トクトクと細長いグラスの半分くらいの所までに赤い葡萄酒が入れられました。あぁ、満タンには入れてくれないのですね。
ケチ臭いです。
「こちらはダニュハルサン産32年物で御座います。優雅な味わいで有名な産地ですが、この年の物は特に良いのですよ。爽やかな酸味が沸き立った後に濃厚な果実感が広がります」
ふーん。
「我ら二人の出会いに相応しい代物で御座います」
キモいなぁ。
森の手前でグレッグさんからシェラへの熱い想いを聞かされた時を思い出しましたよ。早く、脱臭魔法を試したかったのに、話が長くて困ったものです。
そう言えば、私の靴、だいぶ匂いが強くなっているかもしれませんね。
「 まずは芳香を楽しみましょう」
男は私にグラスを渡してきました。しかし、私の両手は塞がっていたのです。
何故なら、片方のブーツを脱いで、それを鼻に持っていっていたから。
「……何をされておられまして?」
「靴の香りチェックです。かなりキテます」
私はうっとりします。聖竜様の重厚なお匂いに近付いていたからです。
この靴で匂袋を作れば、いつでも楽しめるのですが、この靴の性能を考えると、少し勿体ないのですよねぇ。
十分に堪能してから、頂いたお酒様を手に取ります。ようやく再会しましたね、お酒様ぁ。
そこにカチンと男のグラスがぶつけられると、同時にウインクされました。
無性に不愉快です。
お酒様が殴られた様な気分になりました。
それに、鈍い私でも勘付きますよ。
もしかしたら、私に色目を使っておられる? 聖竜様という大切な方がいる、この一途な私に?
つまりは聖竜様からの略奪愛を狙っていると言うことです。聖竜スードワット様を舐めていると見なして良いでしょう。
相思相愛の私を奪われた聖竜様がどれだけ怒り狂うと思っておられるのでしょう。お前など鼻息だけで体が粉々になるのですよ。
そして、尚も猛る聖竜様に私は言うのです。「あぁ、お許しを。全てはこの私の美貌が悪いのです。悲劇をこれ以上繰り返さないように、さぁ、結婚しましょう!」とお伝えしましょう。
うん、この作戦は完璧ですね。
「大地に降り立った太陽の様なあなたに出会えて幸せです。それに加えて、葡萄酒まで一緒に飲み合えるとは、世の男達全員を敵に回したかもしれませんね。もちろん、私は立ち向かいますよ。伝説の竜であっても、今の私の前では一瞬で切り刻まれる事でしょう」
あ?
その伝説の竜は聖竜様ですか?
きっと、そうでしょう。ならば、私が始末しないといけません。この虫けらよりも存在価値の無いゴミを。
私はブーツを履いて、キュッと紐を固く締めました。
さぁ、殺りましょうか。
「ほぅ」
私の声では有りません。部屋の隅っこにいたメイドさんの感嘆です。今までの印象とは掛け離れた声色でした。
そう、強敵を認めた武人のそれです。私の戦意を感じ取ったのか。
こいつもグルですね。そして、明らかに、このメイドの方が優男よりも強い。




