筆記テスト
今日は聖女決定戦。クリスラさんが朝から部屋にやって来ました。
私はお湯で身を清め、準備万端です。
このお部屋には上からお湯が出てくる小部屋がありまして、それで体をきれいに出来るのです。
料理を持ってきたメイドさんに教えてもらえなければ、私には何のための部屋なのか分かりませんでしたね。魔道具で程よい加減のお湯を出していたのでしょう。素晴らしいアイデアだと思いました。
魔物駆除殲滅部では常に水でしたから、寒くなる季節が来たら、どうしたものかと思っていましたよ。このアイデアは拝借させて頂きます。
さて、私は机がずらっと並んだ部屋に案内されました。既に、他の聖女候補は席に着かれています。後ろ姿だけですが、赤毛の髪でコリーさんもいらっしゃるのを確認致しました。
空いている机に座り、トイレに行ったり、ボーとしたりしていると、鐘が鳴って係りの人が紙を配り始めます。恐らくは、そこに書いてある問いに答えるのでしょう。それはお父さんが読んでいた小説で知っておりますよ、テストと言うのです。
来なさいっ!!
このメリナ、非凡であることを証明してやりますっ!
ノノン村一の才女、その肩書きをデュランの連中に教えてやりましょう!
私は裏返しに配布された紙をひっくり返して、文字を読む。
『第一問。次について、間違っている箇所を修正し、理由と共に答えよ』
ふん、簡単です。
答えは語尾です。『答えて頂けませんか』に修正します!
理由? 言葉遣いが生意気だからですっ!
その後に、何やら砂から鉄を作る方法が豆知識的に書いてありました。時間の無駄なので飛ばします。
『第二問。円周率の無理性について証明しろ』
円周率? 無理性? 円周率というものは理性が無い化け物なのでしょうか。
ふぅん…………さっぱりです……。初めて聞く単語ですよ……。周りのカリカリ聞こえる筆の音が大変に不快です。
しかし、私は分かります! この問題は非常に難しい! つまり、時間を有効活用できるかの要領の良さを判別するために出題されたのに違いありません。
飛ばしますっ!
『第三問。三角形の各頂点の正接がいずれも整数の時、最も大きい角の正接の値を求めよ』
何かの魔法の詠唱句でしょうかね……。3とか適当に書いて、いえ、ダメです。私の勘は2000万と言っています。やっぱり消しましょう。あぁ、でも、グチャグチャ字を塗りつぶすのも汚いですかね。
3か、うん、3でいいですよ……。
『第四問。重晶石から毒重石を合成するルートを答えよ。但し、魔力の使用は無いものとし、その形状には拘らない』
初耳単語がオンパレードですよ。形状よりも、そもそも、こんな事に拘るなと書きたい……。
重さが毒となる? 食べ過ぎの方ですかね。レオン君のお父さんがなったという尿道結石の事かしら。
ふう。何ですか。
私は頭を上げます。冷静に、よく考えましょう。熱くなりすぎている可能性があります。それでは解決する問題が余計に難しくなるだけです。
聖女候補も係りの人も全部を焼き尽くせば、宜しいかもしれません。そうすれば、私だけが生き残ります。この宮殿を手に入れるには、もう、その手しか無いか。
いえ、あと一問だけ読んでみましょう。
『第五問。物質がエネルギーを放出した際に、そのエネルギー量を光速の2乗で割った値だけ質量が減少することを数式で証明しろ。但し、魔力の使用は無いものとして考える』
……お前が証明しろよ。他人頼みはよく有りませんよ。せめて、もっと分かりやすい文章を書くべきです。
もう一問だけチラッと見ましょうかね。生き残るラストチャンスですよ、聖女候補の方々。
さぁ、豚肉と牛肉の味の違いとかでお願いしますっ!
『第六問。複雑系時間関数を角周波数関数に変換することで得られる利点及び期待される応用例を挙げよ』
ダメです。挙げよと言われても、お手上げくらいですね。うふ、私、冴えてる。
こんなの、本当に皆様は解けるのですか? 動物クイズはどこに行ったのですか。
私の問題だけ、激ムズなのではないでしょうか。
殺すとなるとコリーさんもですね……。……もう少し粘りましょうか。
遠方過ぎて無理だとは承知の上ですが、目を瞑って聖竜様の助けのお言葉が届く事を祈っていますと、ペラペラと紙を捲る音が聞こえました。
……問題の紙は一枚だけでしたよね。
周囲を観察します。
あっ、本を読んでるっ! それ、有りなのですか!? 持ち込みオッケーなんて聞いてないです!
……しかし、今まで私が読んだことのある本で、これらの問いに関する様な事柄が記述されていたものを知りません。そして、本を入手しても理解不能である事は明らかです。それについては証明も不要です。うふふ。
前方の方がピクリとされました。あら、いけません。笑い声が漏れてしまいましたか。
しばらく観察を続けます。不意打ちで最も強い人間を最初に殺る必要があるからです。コリーさんだとは思うのですが、念には念をです。
突然、一人が手を上げ、トイレに行きたいと言い出しました。そして、係りの人に場所を聞いて一人で向かいました。
怪しい……。私と同じく余りの難問に心を折られ、そのまま逃げ帰るのでしょうか。聖女候補として失格で御座いますよ。
私は時間をもて余している事もあり、魔力感知でその娘の動きを視る。
ふむ、本当にトイレに行ったのか。
いや! トイレの中にもう一人いる!
ここのトイレは個室タイプでした。二つの魔力の位置からすると、二人同時に用を足しているのか!? 恐るべし、デュランの風習!!
……くふふ、嘘です。分かりました。
そこに待機している人に答えを教えて貰うのですね。
分かりますよ、このメリナには。全てをお見通しです。何故なら、私も誰かに答えを教えて欲しいと思っていたから!
瞬時に私は手を上げて、係りの人を呼ぶ。
そして、トイレへと急ぐのです。まるでお漏らし間近なのではという勢いで走るのです!
手には問題用紙も握っています。ククク、係りの人には「すみません。焦って塵紙と間違えましたの、おほほ」で誤魔化せるでしょう!
よし! まだ魔力感知的には二人はトイレに留まっているなっ! 逃げるなよっ!!
私は閉じられたトイレの扉を蹴破る。
多少急いだので、お二人は驚いておられました。一人は男です。賢そうに頭に白髪がいっぱいのおじさんです。
「な、何です――」
聖女候補らしき女が何かを言おうとしたが、私は待たない。
「すみません。答えを教えてください」
「は? な、何を言って――」
お黙りなさい! お前には聞いていません、この小娘っ!
私は一刻も早く答えを知りたいのです。
なので、無視して男性に質問をします。
「まずは毒晶石から重晶石の作り方です」
「分かりませんな」
くっ! こいつ、ダメか。
しかし、私はここで閃くのです。素晴しい考えで、その素敵さに電撃が体を走ったような感覚になりましたよ。
転移の腕輪を発動。目標地点は聖竜様の以前のお住い。
視野が暗転し、それが元に戻ると石に囲まれた空間となりました。
「な、何ですか!? て、転移!?」
「お嬢様! ご安心下さい! この私がお嬢様をお助けしますから!」
お二人も付いて来てしまったのはご愛嬌です。
「お嬢ちゃん、久々なんだな。元気だったかな」
師匠! 生きてましたか!?
しかし、それはどうでも良いことです。
喋るゴブリンの突然の登場にパニック状態になっているデュランの二人を置いて、私はマイアさんの魔力を探す。
いました!
あの聖竜様の宝物があったという、がらんどうの部屋だ!
「あら、メリナさん。どうなされましたか?」
私は飛び跳ねながら、空中で土下座の体勢に入る。そして、着地と同時に紙を両手でマイアさん、いえ、マイア様に差し出します。
目は地面を見ていますので、彼女の様子は伺い知れません。
「あら、これ? ……ふーん、教えて欲しいのですね」
「お願いしますっ!」
「了解。ちゃちゃとしましょうね」
マイアさんは凄かったです。
背理法とか二項展開が云々とか、この場合の正接は負となり得ないからとか、石炭と木の灰をうんたらかんたらとか、見たことのない記号が飛び交ったりとか、いえ、もうメリナの理解は遠く及ばないです。
どうもマイア様は浄火の間で一人だった時に、暇潰しと称して、ずっとこういうのを考えていたらしいです。ヤバイです、この人。
しかし、私は心底感激しました。
「有り難う御座いました! マイア様!」
「ええ、お役に立てて良かったです。でも、どうしたのですか?」
「聖女となるための聖女決定戦の問題です」
「うん? メリナさんが聖女になるの? で、私を崇めるのですか?」
「私には聖竜様がいます。マイアさんに対しては、今、崇めたので十分です! じゃあ、戻ります!」
私は付いてきてしまった二人を回収して、元のトイレに戻る。
「あ、あなた……。さっき、マイア様とか仰っていませんでしたか……?」
聖女候補が汗を掻きながら私に訊きます。
白髪のおじさんも私を見詰めてきます。
「はい。でも、秘密ですよ」
私はマイアさんが答えた紙を見せながら、正直な思いを伝えます。
「他人に漏らしたら、殺します」
「なっ!!」
白髪の人が驚きの声を上げました。
不満があると言うのですか!? このメリナ、不正を行っていることは百も承知です!
しかし、どうしてもこの宮殿が欲しいのですっ!! そこは理解してくださいっ!
「……レイラお嬢様、この問題……、私のレベルでは問題の意味も分からない程のものが……。いえ、私どころか、王都の賢者様でも解けるかどうか……。この方はマイア様が地上に遣わした天使様では……」
何を呟いているのですか!?
早く戻りますよ!
私はレイラと呼ばれた聖女候補の手を引っ張って、不快なカリカリ音が響く部屋へと走りました。
時間切れが怖かったので焦っていたのです。
皆がいる部屋の扉も蹴り飛ばして入室しました。開ける動作の時間が勿体無かったのです。許してください。
着席とともに終わりの鐘がなりました




