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聖女決定戦 前日

 クリスラさんが開催日を指定して、その日はお開きとなりました。聖女決定戦は明後日との事です。王都でのパン修行を早くしたいものの、ここデュランの料理も楽しみです。


 クリスラさんが直々に私を寝室に案内してくれました。偉い人なので、何人もの側近の方がいらっしゃるのですが、その方々からの申し出は断っての心遣いです。


 船着き場からの光景で印象深い、あの高い塔の階段を登ります。途中、窓から外の様子が見えたのですが、庭に大勢の人が集まっているのに驚きを隠せませんでした。


 思わず足を止めた私にクリスラさんは言います。


「腕輪の授与式、次代の聖女を見ようと集まった街の方々です。本来なら、今の時間に街の民にあなたを紹介する手筈となっておりました。今日の顛末は予想出来た事でしたから、彼らには大変申し訳ない気持ちで御座います」


 そう言って、クリスラさんはまた歩み始めます。それに私は付いていきました。



 用意された部屋は、これまたシャールの夜会前の控え室みたいで豪華でした。大きなベッドに、値の張ること間違いなしの装飾だらけの机や鏡台、ドレッサー。

 うふふ、聖女になると、これらも私の物なのですね。



「それではメリナさん。お食事は後ほど持って来させます」


「ありがとうございます」


 私は礼を言った後に、疑問を伝える。


「私が聖女決定戦で優勝すると、クリスラさんは聖女でなくなるのですか?」


「あなたが一人立ち出来るまではお手伝いしますよ」


 曖昧な返事で分からなかったですが、やはり退位なのでしょうか。


「その、リンシャルの事は申し訳ありませんでした。あんな風に消えてしまうとは思っていませんでした」


「良いのです、メリナさん。リンシャル様はご自分の意思であなたの言葉を聞き、そして、消えたのです。聡明なるあの方が行った事を私が推し量る事は許されません」


 ……何故にそこまでリンシャルを信じるのでしょうか。あいつ、気持ち悪い喋り方だったし、あの多くの目が代々の聖女の物ということも薄々でも知っていたのではないでしょうか。


 私が悩んでいるとクリスラさんは言葉を続けます。


「リンシャル様、マイア様のお言葉はデュランの危機を何度も救ってきました。それに私にはこの宝物が有ります」


 クリスラさんの懐から、狐の目の紋様が付けられた鍵が出てきました。悪趣味なヤツです。が、クリスラさんには大切な物らしいので黙っています。



 今晩の料理はお肉を厚めに切って焼いたものでした。熱い鉄板に載って運ばれてきまして、私は大変に期待しております。

 目の前でソースを掛けてくれると、熱せられてジュワジュワと良い音を立てるのです。


 ジューシーで美味しいです。何のお肉か訊きますと、私が食べ終わるのを部屋の端で待ち続けていた若いメイドさんが「ドラゴンの肉です」と笑顔で教えてくれました。

 ここは聖女のお住まいなので、本当はメイドさんでなく、宗教関係者なのかもしれませんが、格好がそれなのでメイドさんで良いでしょう。


 それにしても、ドラゴンって、こんなに美味しいんだ。もっと食べたいです。


 私、正直にお代わりを要望致しました。


 さっきはにっこりしながら答えてくれたメイドさんですが、少し引き吊った感じの表情をされました。ドラゴンは大きいので、肉の量は心配ないと思うのです。



 二枚目もペロリと頂きました。

 もう少し食べたいです。


 私は遠慮がちにお代わりをお願いしました。ソースも違うものを希望します。


 メイドさんは私に尋ねてきました。


「メリナ様、あなたは竜の巫女と聞いております。なのに、竜を食べることに嫌悪感はないのでしょうか?」


 口調が少しきつめです……。


 それに、私は意味が分かりませんでした。聖竜様と竜は別物ですよね。何を言っているのでしょうか。

 聖竜様の肉だとしたら、私、もっと恐る恐る口にしていましたよ。ドキドキしちゃいます。何なら一食飛ばしてお腹を十分に空かせてから堪能致します。禁断の愛です。


 あと、その肉を取ってきたヤツを聖竜様を傷付けた罪でぶっ殺さないといけませんね。


 その日は五枚ほど竜の肉を頂きました。ご馳走様です。



 翌日、コリーさんにドラゴンの肉の美味しさを語りますと、渋い顔をされました。コリーさんは、いつも無表情なので、眉が少し動く程度ではあったのですが。


「巫女殿、それは嫌がらせかと思います。竜の巫女が崇拝する竜を、その巫女に口にさせようとしたのだと考えます」


「私が大切な竜は聖竜様だけですよ。コリーさんもリンシャルちゃんはお食べになられないでしょうが、狐は食べるでしょう?」


「食べません! その様な事を考えるだけでも、身が震えます!」


 なんと、狐だけでなく四つ足の獣は全て口にしないと続けて申されました。牛も豚も食べられないとは可哀想な縛りです。


「鳥と魚しか食べられないじゃないですか?いいえ、よく考えてください。竜も四本足ですよ? そんなお肉を用意されるのですか」


 コリーさんは私の疑問に答えます。


「巫女殿、前足に羽毛が生えた蜥蜴をご存じでしょうか? もちろん、足なので指が付いております。我らは、それらを原始的な鳥と判断しておりまして、鳥についても羽は足として数えます。対して、羽の生えたドラゴンは六本足と言うことになります」


 ……なんですって……。では、スードワット様はセミやカブト虫と同じ六本足だと言うのか。いえ、違うわ!

 虫にも羽があります。そうなると、奴等は何本足の生き物になるのですか!?


 その辺りをコリーさんに尋ねました。


「虫の進化を推定しますと、その羽は背板や側板の突起から出現していると思われます。なので、足では有りません。そもそも虫は四本足でないので、食べても良いものです」


 良かったです、聖竜様は虫では無かったようですね。


「殺したりするのもご法度なのでしょうか?」


「それは大丈夫です」


 良いんだ……。よく分からないです。マイアさんが聞いたら笑いそうですよ。



「コリーさんは博識ですね。私、敵いません」


「しかし、巫女殿。聖女決定戦ではこんな難易度では御座いませんよ。その、明日は大丈夫ですか?」


 ん? 明日は聖女決定戦ですね。それがどうしたのでしょうか。


「聖女決定戦の初戦はマイア様の叡智からの出題です。聖女候補は日々鍛練と共に勉学にも励んでおりますが、人数を絞るために上位8名のみが次戦へと進めるのです」


 衝撃的です!

 ……ヤバイかもしれませんね……。聖竜様の事なら何とでもなると思いますが、マイアさんの叡智ですか。今みたいな動物クイズだとしたら、私、大丈夫でしょうか。



 その後、私はクリスラさんに本を借りて、部屋で読書をしました。

 蝶の足は6本、でも4本の物もいるとか、虫の体液は透明で空気と触れると緑になるとか。そんな知識を学んだり、復習したりします。


 面白かったのは魔物でない獣や虫は基本的に一本の管の形と見なせるという話です。端の出入口が二、三個あったとしても、管としては一本。

 なるほど、人間も魚も口から肛門まで管ですね。虫もそうですし、ミミズもムカデもそうです。……蟹はどうなんでしょうか。お尻の穴がどこにあるのか分かりませんね。でも、偉い人が言うのですから管なんでしょう。


 久々に本をゆっくり読みました。

 私は満足しながらベッドに入ったのです。

 明日は頑張りましょう。

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