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クリスラの企み

 私達はテーブルに向かう。先程までのお茶と菓子が置かれたままです。


 クリスラさんは淡々と語ります。

 腕輪をシャールの竜の巫女に与えた事を公表したこと、その結果、聖女候補だった者やその後援者に強い反感が芽生えている事などです。

 いずれ判明することであっても、クリスラさんが説明せずに時間だけが経つと、その不信と不安からデュラン全体に混乱を招く恐れがあったと仰ります。

 そのため、私に腕輪を譲ったあの日に、クリスラさんは授与式についての手紙をアントンに出した様です。既成事実を畳み掛ける様に作り続けて、最終的には皆に仕方ないかなと思わせる作戦ですね。



「コリーも久々ですね。お元気でしたか?」


「はっ。聖女様に置かれましても、変わりなく麗しいと思われます」


 背筋をいつもよりピンと伸ばしてコリーさんは答えます。アントンは自分で淹れ直したお茶を静かに飲んでいました。


「そう? 私は目が戻ったのよ。変わりはあるわよ」


「はっ! その通りで御座いました。大変に申し訳ありません」


 コリーさん、とても緊張しているようです。どうして彼女に目が戻ったのかという疑問は口に出しませんでした。



「メリナさん、先程までコリーと二人きりだったようですが、事情は聞かれましたね?」


「はい! クリスラさんの次に、私がここの主となるのです」


「悪夢だな」


 黙れ、アントン。



「アントン、私がメリナさんに腕輪を譲った事は間違いありません。また、我らが信仰する大魔法使いマイアの復活も確認しました。神獣リンシャルもかのマイアの復活を認めています。疑い深いアントンですから、私の言葉さえも信じないでしょうが」


「あぁ、当たりだ」


「アントン様っ! 約束が違います。信じると言ったと思います!」


 コリーさんの抗議も涼しい顔で流していますよ、アントンは。私、コリーさんは早く損切りすべきだと思うのです。アントンと過ごす無駄な時間を一刻も早く断ち切られたら良いですのに。


「嘘とも思っていない。そんな事も有るのだろうか程度だ」


 はいはい、無視ですよ、無視。



「授与式で私はメリナさんに腕輪を譲りますが、必ず聖女の譲位については異議が入ります」


 クリスラさんもアントンを無視して喋ります。


「そして、彼らはリンシャル様による裁許を求めるでしょう。メリナさん、それって難しいわよね?」


 リンシャルちゃん、消滅しましたものね。そもそも、あの空間もあるかどうか。

 ただ、信仰に篤そうなコリーさんもいる中で正直に思いを語るべきなのか。

 私が言葉に窮していると、コリーさんがクリスラさんに叫びました。


「聖女様っ! それは……大変に危険な事では!?」


 何の事か訊きますと、リンシャルの裁許を希望する聖女候補全員をあの空間に転移させ、直接リンシャルに聖女になる人を選ばせるのです。で、選ばれなかった候補と前聖女は、帰って来れなくなると言うのです。


 何故ならリンシャルは厳格なる神獣。私からするとそうでもないのですが、デュランの人々にはそう思われています。候補と謂えど、聖女を騙った偽物を許すことは出来ず、お怒りになられたのだ考えられています。


 もしかしたら、そんな言い訳で、その不幸な候補者さん達もリンシャルの目玉コレクションになっちゃうのかな。それとも、あの空間に魔力を充満させる為の肥やしになるのかも。

 何にしろ、リンシャルちゃんじゃないリンシャルは気持ち悪いヤツでしたものね。



「コリー、心配はありがとう御座います。でも、私が憂慮しているのはその件じゃないのです」


 消え去ったことをコリーさんに伝えるのでしょうか。

 クリスラさんは部屋に飾ってあったリンシャルっぽい狐の像を持ってきました。


「私は目を失って久しかったのですが、見えていました」


 あの時は額にでっかい狐の目がありましたね。


「神獣リンシャル樣は聖衣の巫女を見るなり、こんな感じになりました」


 像の腹を上にして、テーブルの上に寝転ばせます。


「なんだ?」


「……服従でしょうか?」


「そうです。神獣リンシャルは、一戦も交わすことなく、聖衣の巫女に従ったのです」


 実は、その前にぼっこぼっこにしております。秘密ですが。


「ほう?」


 お前、アントン! 偉そうだな!


「信じられません。あのリンシャル様が、何百年とデュランを護られた神獣様が平伏すなど、有るのですか!?」


「有りました。コリー、有ったのですよ」


「そ、そんな事が……」


 コリーは震えながら私を見ます。にっこりしておきましょう。


「しかし、リンシャル様のそういった所作を聖女候補達にはお見せ出来ません。ですので、そうならない様にしたいのです。加えて、リンシャル様の裁許は犠牲者も多く出ます。いくら、覚悟を決めた方々と謂えど、命を簡単に差し出すのはどうかと思うのです」


 どうもクリスラさんはリンシャルが消えたという事実は伏せていく方針ですね。私、了解致しましたよ。


「ならば、公にせず秘密裏に聖女の交代を進めれば良いと思うのだがな。神獣が認めてしまえば、人間にはどうすることも出来なかっただろうに」


 クリスラさんはアントンの言葉に少し黙りました。


「私を聖女に推薦してくれた方には、多大な恩義があります。筋は通したいのですよ。ただ、相反するのですが、そうであっても私はメリナさんに聖女となって貰いたい。そう考えています」


「ふん、聖女様はこの田舎娘にどれ程の勘違いをさせられているのだ。その再び見開いた眼には愚者が賢者にでも映るのだろうか」


 その言葉にコリーさんがガバッと立ち上がりました。


「アントン様! 私を怒らせたいのですかっ!? 聖女様を侮辱することは、ゆ、許しません!」


 おぉ、コリーさんはアントンよりもクリスラさんなのですね。


「良いのですよ、コリー。アントンはいつもの調子でしょう。彼は彼なりにデュランの街を憂いているのです」


 そうですか? ただの皮肉屋だと感じるだけで御座いますよ。生きている価値も有りません。



「繰り返しになりますが、私としてはリンシャル様のお手数を掛け、また、聖女候補達の多くが犠牲者となる裁許を実施したく有りません。しかし、メリナさんを聖女に付けたいのです」


 クリスラさんは一旦、間を開けます。


「と言う事で、聖女決定戦を行います」


 何ですか? 急に珍妙な単語が出てきましたけど。まるで、副神殿長に「あなたの配属先は魔物駆除殲滅部です」って宣告された時のようです。


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