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聖女の資質

 警備兵は囲んでいるもの、その輪を縮めて来ませんでした。一応は貴族のアントンがいるからか、コリーさんの武威を恐れたか、どちらかでしょう。


「な、何事ですか、アントン様?」


 兵はアントンに尋ねました。普通は被害者側と考えられる方にまず訊くものだと思っていたので意外でした。相手の方々が青白い顔で震えているため、聴取するには冷静さが足りないと判断されたのかもしれません。


「あぁ、そいつが急に倒れたんだ。血を吐いた所からすると、大病を患っていたのかもしれんな。担架で運んでやれ」


「ハッ!」


「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! そこの娘が――」


 えー、この女も黙らせた方が良いかしら。

 アントンは女の声を遮って続ける。


「念のためだ。コリー、回復魔法を唱えてやれ」


「はい。手遅れとは思いますが」


 コリーさんは膝を突いて、ほぼ遺体に手を翳す。


「我は願う。蟠屈(はんくつ)満ちる瑤台(ようだい)に住まる呻呼(しんこ)の控弦へ。其は或いは周章を極めし天紀なり。此処に墜つる縄直は雕花(ちょうか)であり、視養を欲さんとす。離曲を結い、泣血を散らす。緌々(ずいずい)綪色(そうしょく)の道が紋様の如き字眼を紡がん」


 コリーさんから発せられた魔力の軌跡が見える。倒れた男の内部に入り、断絶した体内組織を繋げるような動きをしているのも観察できました。

 んー、でも惜しい。たぶん、回復失敗だと思います。治療が終わっていないのに魔力が去っていくのも分かったからです。

 ただ、コリーさんに恥を掻かせる訳にはいきませんね。私は無詠唱で魔法を使用する。


『私は願う。全回復は望まないです。でも、コリーさんの魔法を手伝ってあげて』


 痙攣も小さくなっていた男の体が薄く光る。そして、肌の色が多少戻りました。

 おぉ、ギリギリ間に合いましたか!



「うむ、コリー。十分にお前の魔法で効果があったな」


「……はい」


 コリーさんは遠慮がちに返事をしました。


「どうだ、イルゼ? 紅き玲瓏(れいろう)という武名に劣らず、コリーは回復魔法も素晴らしいだろう」


 お前が自慢げにするなよ。


「アントン様、お止めください。まだハンソン様の意識は戻っておりません。早くベッドで安静にして頂けるように措置をお願い致します」


「おぉ、そうであったな。では、イルゼ、宜しく頼む。俺は、客人を案内しないといけないからな」


「なっ! お待ちなさい!」



 アントンはイルゼと呼ばれた女性の制止を無視して先へと向かいました。

 案内しないといけないと言いつつ、私もおいてけぼりです。


 コリーさんが警備兵に軽く倒れた男への医療的な処置の助言を伝え、イルゼさんにも会釈をした後で、私を誘って歩き出しました。

 イルゼさんは物凄い眼力でコリーさんを睨んでいますね。関係のない私でさえ、背中に熱視線を感じてしまいます。



 コリーさんと歩き続け、小部屋へと案内されました。意外なことにあの高い塔を目指さずに、その脇の建屋の中でした。


 既にアントンも座っています。コリーさんに促されて革張りのソファーに座りますが、アントンの対面は嫌なので、はす向かいになるように席を選びました。


 茶を淹れたコリーさんが私に渡してくれます。アントンが先に貰って、私が二番目でした。私は客なのに、コリーさんは礼儀を知りませんね。あと、お茶菓子、美味しいです。



「おい、お前。あんな手軽に人を殺そうとするな」


「すみません、デュランの方があんなにも脆いとは思いも依らずで。アントンもお気を付け下さいませ、私に」


「巫女殿、アントン様は巫女殿への敵意は御座いませんので、何卒善きに計らって頂きたく……」


 コリーさん、彼からは今まで敵意しか感じていませんよ。



「しかし、イルゼは焦っているか」


「はい。今日の授与式で巫女殿に腕輪が正式に移るのですから」


「ったく、聖女の目は節穴か。寄りによって、こいつに渡すなよ」


 節穴というか、リンシャルちゃんに両目を取られてましたけどね。



「授与式まで時間がある。コリー、聖女について教えてやれ」


「はっ」


 ぞんざいな指示を出してアントンは部屋を出て行きました。そのまま、この世からも消えて貰っても構いません。



「巫女殿、それでは宜しいでしょうか」


「ひゃい、どうじょ」


 私は堅くて甘い小さなパンの上に白くてフワフワした物が乗った菓子を頬張っています。

 懐かしいです。シェラに夜会の練習を頼んだ時に食べた物に似ています。あの時は毒入りの物との味の違いを学んだのですよねぇ。


「話の前に、礼を述べます。先程は魔法の助力、有り難う御座いました。私だけでは、あそこまでの回復は為されなかったと考えます。あの様な他人の魔法効果を増大させる術があるとは思いませんでした」


 流石、コリーさんです。魔力の動きがよく分かっていらっしゃる。


「良いのですよ。誰にでも得意不得意があると思うのです。逆に私が困っていたらお助け願います」


「勿論です、巫女殿。貴方にその様な時が来るとは思えませんが、私は全力でお助けします」


 有り難う御座います。では、私がアデリーナ様に怒られそうになったら、代わりに怒られてくださいね。

 約束です。口には出しませんが、伝わってますよね。



 さて、コリーさんはアントンに指示された通り、聖女について教えてくれました。


 聖女は大魔法使いマイアを信奉する宗教の長です。遥か昔、デュラン近郊には有名な魔法学校があり、そこの生徒たちが当時でさえも伝説となっていたマイアさんを尊敬の念から称え出したのが始まりだそうです。


 そんなに凄い人だったんですかね。対ルッカさん戦でお使いになった圧縮空気っぽい魔法は威力が強かったですが、一撃必殺では御座いませんでした。

 初見の魔法は何が来るのか分からず、本当に怖いものです。それは誰でも同じだと思います。だからこそ、一撃目は隙が大きくなってでも威力の強い物を打つのがセオリーだとメリナは考えています。勿論、状況にも拠りますが。



 聖女の興りは1500年前、信者の内、マイアと同じく魔法に秀でる女性が選ばれました。


 転移の腕輪を聖竜様から、正しくは当時のシャール竜神殿の巫女長から貰い、マイアさんと邂逅したのが800年前だそうです。あの空間は時間が一万倍速く経過すると言っていましたから、マイアさん、少なくとも800万年もあの空間に存在していたというのですか……。途方もない時間ですよ。



 聖女のお仕事は信者の統括。それはデュランという都市を統治することに繋がるらしいです。デュランは侯爵領ですので、勿論、貴族様もいらっしゃるのですが、侯爵様も代々マイアさんを信仰することになっていますので、実質的には聖女がこの街のトップらしいのです。


 街の統治には当然、強大な敵を排除することも含まれています。これはクリスラさんから聞いた通り、魔族などをあの空間に閉じ込めるのですね。

 ただ、その強敵と対峙する必要がありますので、聖女になる条件として魔法や武芸に優れていないといけません。また、神獣リンシャルに認められ聖女となると、視力を失うため、魔力感知を扱える才能が必要となります。なお、この視力を奪う理由としては、世の虚飾に騙されない様にという神獣リンシャルの有り難い仰せだと言うことです。


 リンシャルちゃんでなくて、そうなる前の体が大きくて狂った感じのリンシャルは、私欲的な理由で眼を集めていた様な気もしますが、それはコリーさんには黙っておきましょう。


 私はもう一個、茶菓子を頂きます。

 部屋の様子を伺う余裕も御座いまして、狐の置物が目に入りました。リンシャルか……。


 グチャグチャに体を引き裂いてしまった事も黙っておかないといけませんね。

 あと、マイアさんを殺す気で殴った事も。



 私があれこれ考えている内に、コリーさんの話は聖女の選び方に入りました。

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