聖女様のお屋敷
庭に降り立った私達を帯剣した兵隊さんが警護しながら案内しようとしたのですが、アントンはそれを断りました。
そして、ズカズカと進むのです。私は追いません。ヤツに付き従うなんて嫌ですからね。あと、見慣れない物が多いので、キョロキョロしたかったのも有ります。
「巫女殿、アントン様に続いて下さい。聖女クリスラ様の下へ案内致します」
コリーさんに言われたら仕方ありませんかね。
「気乗りはしませんが、分かりました。でも、ここはどこですか?」
「聖女様のお住いになります。巫女殿も聖女となられたら、ここの主となるのです」
…………いいねっ!
これは、もう聖女って言うのも有りかもしれないわ! 巫女の時代は過ぎ去ったのかもしれません。
クリスラさん、腕輪を下さって本当にありがとうございます。この私に相応しいお家です。これだけ広い庭があるなら、聖竜様もここで過ごせます。で、あの背が高くて立派な塔は勿体無いので残すにしても、他の建物を潰せば、竜になっているであろう私も一緒に暮らせますよ!
くふふ、サイコーです。美麗な竜が二匹も住む街なんて、話題もたっぷりですから、聖夜の時の様にお布施もいっぱい貰えるはずです。暮らしにも困りません! 二人で仲良くゆったりゆとり生活が待っています!
ウキウキした気分で私はコリーさんに付いて先へと歩みます。アントンはだいぶ前に行っていました。私やコリーさんを待つ気配は全くない様です。
しばらく歩き、角を曲がった所でアントンが知り合いらしき男女達と会話をしていました。
彼らは立派な仕立ての服で、身分も相応の方々なんだと思います。胸の部分には勲章なのか、地位を示すものなのか、色鮮やかな金属と布を組み合わせたバッジを付けていました。
「アントンよ、ここをどこだと思っているのだ?」
「デュランが誇る聖女様が安心して糞や屁を出来る個室がある所だ」
おぉ、アントンよ、なんと哀れなる思考を持つ者よ。聖竜様の慈愛に満ちたブレスを喰らいなさい。焼き尽くされろ。
「アントン! あなたの服装を仰っておられるのです!」
「ここは神聖なる聖女様の屋敷なのであるぞ。その様な略式軽装でお会いするなど不敬にも程がある」
アントンの無駄で安易な挑発に乗る方々もどうかと思いましたが、普段から彼はこんな調子なんでしょうね。誰かが刺し殺せば良いのではないでしょうかね。
「そうか? では、聖女は華奢な服を持てる者だけを救う金好きだと貴殿らは仰るのであろうな。うむ、俺もそう感じる所がある。同士と呼ぼう、諸君」
「貴様っ! 聖女様を更に冒涜するか!?」
「私達は聖女に礼を尽くさないあなたを糾弾しているのです!」
アントンは涼しい顔です。
「貴殿らが何を信仰しようと自由だ。そして、俺がどう信仰しようと、それも自由ではなかろうか」
しかし、どうでも良い口喧嘩ですね。ささ、コリーさん、行きましょう。
私は殴り合い、いえ、アントンが一方的にボコボコにされるのが見たかったですよ。
「つまりはアントンは聖女様を信仰していないと言うのであるなっ!」
「いや、デュランの法が要求する程度にはしているさ」
コリーさんは黙って立っています。アントンを諫める事も、あっちの連中を宥める事もしません。
アントンの行く手を阻む形で彼らは立っているので、私が進みたくとも邪魔なのです。そんな状況で、相手の方と目が合いました。で、その人が言います。
「おい、赤毛の孤児に飽き足らず、もう一匹飼うつもりなのか?」
ん? 私の事でしょうかね。
「あ? クハハハ。そうか、こいつを飼うのか? 無理だ、無理。貴殿に任せたいものだ」
私の事に違いありませんね……。
アントンに飼われる? ふざけるなっ!
「器量はまずまずか。売春宿にぴったし――グォッ!!」
トンでもない発言をした野郎の腹に一発、拳を入れました。
他愛もない雑魚です。
そのまま床に沈んで行きました。
二度と口を開くな。身をもって償え。
「キャーーーー!!」
「おい! しっかりしろっ!! な、何が起きたんだっ!」
騒ぎが聞こえてか、遠くから何人かが走って来る音が聞こえます。警備の方々でしょう。
私は表情を変えずに立っています。何かありましたか的な感じを装っています。彼らにとっては余りに速い動きでしたので、私の攻撃とは気付いていないはずです。
「み、巫女殿……。聖女様の屋敷で、その様な暴力は――」
……コリーさん、黙っていて欲しかったな……。
「良い、コリー。急な病であろう。こんな時こそ、聖女様だ。あぁ、聖女様に感謝だな」
「し、しかし、その――」
「どうした、コリー? まさか、そこの巫女殿が助けてくれるのか? ……それとも捕縛するか?」
くそ、アントンにも見られていたか。
うーん、下手したら、またお縄になるかなぁ。
牢屋は嫌です。逃げた方が良いんだけど、王都の方角が分からないや。転移の腕輪でピュッと跳べるかな。
「しかし、アントン様……。その、早く回復魔法を掛けないと、そこの方が息絶えてしまいます……。いえ、既に私の魔法では戻らない程度には重傷かと見立てます……」
あっ、確かに死にそうですね。
ゴボッと音がしたから嘔吐したのかと思ったら、血ですね。内臓までヤってましたか。本当に糞弱いヤツです。ゴブリン以下ですね。
「ア、アントン……。あなた、白昼堂々と人を殺したのね……。私、見たわよ。その娘がハンソンに何かをしたのを……」
ありゃりゃ、見ておられましたか。
「……ちっ……流石に不味いな……」
「いっそのこと、口封じの為に皆殺しにした方が良いですか?」
「み、巫女殿、どうかご容赦を願います」
そうこうしている間に、私達は警備兵に囲まれてしまいました。




