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船の上

 シャールから王都まで馬車で一ヶ月半程と聞いていました。また、途中のデュランに着くのは普通なら一ヶ月とコリーさんから教えて貰いました。

 大変長い旅になります。それなのに狭い荷台でアントンと一緒ですか。王都に到着するまでに疲れそうです。下手したら流血沙汰ですね。


 と思っていたのですが、何と船旅だったのです!

 シャールの後背には大きな湖があります。そこから東南に向かって何本か川が出ているのですが、その中で一番大きいものが、デュラン方面に流れているのです。


 馬車ごと積載できる、と言っても三つまでですが、そんな大きな船に私達は湖の一角の港場から乗りました。



 船だから一日中、進めます。また、陸の道の様に凸凹だとか坂道なども御座いません。安定して前進します。お尻も痛くなりませんよ。

 問題は狭い川幅の時に対面から船が来た時と、難所で船が渋滞している時ですね。

 私は船員さんが慌ただしく働くのを見ているだけで、関係はないので御座いますが。



 アントンも私もお互いに必要以上に接触しません。いえ、必要な時がないので、全く会話をしなくて良いのです。快適です。

 全く、コリーさんは何故にあの様なクズを好いておられるのでしょうか。



 私は船の屋上デッキに置かれた、大きく倒せば寝転ぶ事が出来る椅子に体を任せ、グラスに入った果汁を楽しんでいました。もちろん、目一杯、背もたれを倒して満喫です。グラスが空になったら、指パッチンで係の人が満タンにしてくれます。

 大きな傘が日除けをしてくれていまして、とても極楽な気分です。ゆとりある生活が私の澄んだ心を更に磨いてくれます。これは一歩、淑女に近付きましたかね。


 ……気になるのは蚊でして、こいつらだけは許せません。魔力感知を最大限に利用して、近寄るヤツは全てぶっ殺しています。殲滅です。



 のんびりしていると、ここよりも高さのない船尾の方でコリーさんが長い棒を持って歩いているのが見えました。

 釣具ですね。彼女も時間をもて余しているのでしょう。この優雅な一時を堪能ください。


 風景に目を遣りつつも、コリーさんの竿の具合もたまに見ます。



 おっ! 木切れの浮きが沈みましたよ! コリーさんがタイミング良くそれに当てると、竿が大きく撓りました。


 で、勢いそのまま豪快に竿を引き上げると、大きな鯉みたいな魚が釣れました。細身のコリーさんですが、やはりパワーも有りますね。レオン君程の大きさを持った巨大魚ですよ、これ。よく独りで持ち上げられましたね。あと、食べ応え十分そうです。

 いまだビチビチ跳ねる音を聞きながら、私はコリーさんに近付きます。



「コリーさん、やりましたね! 早速、焼きましょう」


「コリー、俺が見込んだ者だけはある。どこぞのぐうたら巫女とは違うな。よし、その魚は俺が調理してやろう」


 ……アントンが逆方向からやって来ていたのか。


「野郎の料理より家庭的な私の方が上手だと明らかですよ。ささ、コリーさん、早くその剣を突き刺して仕留めてください、魚とそこの野郎を」


「俺が言うのも何だが、親しき仲にも礼儀有りという言葉をお前に送ろう。感謝しろ。それに、シャールの庶民料理が口に合う粗野なヤツもいるかもしれんが、俺が本物の料理を食わしてやる」


 お前とは親しくないし、礼儀を学ぶのも貴様だ。


 コリーさんは黙って魚の頭に突剣を突き刺しました。そして、尾を持って血抜きを始めました。近くにいた船員さんも手伝ってくれまして、縄で吊り下げ、尾の付根とエラを切ってくれました。魚の血がダラダラと床を汚します。


「コリー、包丁を持って来い。俺の手料理が食いたいだろ」


「えぇ、それは光栄ですが、私が調理すべきだとも思います」


「よい。そこの野蛮人に文明の素晴らしさを教えてやるのも一興だ」


 ほほう、まだ言いますか。


「くくく、井の中の蛙とは愚かです。私は王家の人間にも料理を差し上げた経験も有るのですよ。宮廷料理人に比肩すると表現しても言い過ぎではないでしょう」


 ラナイ村近郊の森でアデリーナ様にお出ししたドングリと草は、それなりに美味しかったです。アシュリンさんやナタリアも満足されたと思います。



 巨大な魚を捌くために、それに見合った大きな包丁が船の調理室から持って来られました。最早、戦闘用の武具では無いかと見間違える程の大きさです。

 魚は床に下ろされて横たわっています。


「ふん、その魚を半身にしろ。田舎者でもそれくらいは出来るだろ。で、半分は俺が料理してやる。残りは勿体無いが、巫女よ、お前にくれてやろう。犬の飯でも釣りの餌でも好きに作るが良い」


 あ?

 私は黙って包丁を手にする。


 愚かなるアントンよ、私の華麗な包丁裁きを見て驚愕するが良い!!



 ダンッッ!!



 一刀両断です。思っきり降り下ろして、頭から尾まで魚を切断してやりました。



「おい、お前、舐めているのか。それとも、それが愚昧なシャール流なのか。半身にしろって言ったが、背と腹で半分にしてはおかしいだろ」


「いえ、アントン様……。見事な剣撃で御座いました。『力でねじ伏せることも出来るが勘弁してやるのだぞ』との慈悲の裏返しを感じます。さすが巫女殿です。巫女戦士との噂、本物だと考えます」


 コリーさん、その噂の出本を確認したくなりましたけど。



「おい、せめて頭くらい落とせ」


「ご自分でされたら良いではないですか」


 私は腹の方をアントンに投げ渡す。


「おい! 内臓が服に付いただろ」


「えっ。それは申し訳ありません。汚くなりましたね、魚が。雑菌が湧かないようによく洗ってください、魚を」


「お二人とも大人気ないと思います。ここは、より美味しい料理を作って頂き、その方を称えては如何でしょうか」


 コリーさんがそんな事を言いました。無論、受けて立ちます。



 私は背の肉を鉄串に刺し、塩で軽く揉んでから火炎魔法で炙ります。白身の表面に焦げ目がしっかり出来るまで焼いて、一口サイズに切りました。

 はい、出来上り。煙と共に良い匂いがします。



 アントンの野郎は、なかなか終わらない様です。何をしてやがるのでしょうか。私の料理が冷えてしまいます。


 ああ!! お腹側の肉を細かく刻んで団子にしています。そして、小麦粉を付け、鍋に入れたのは油か!?

 な、何なのですか!? そんなにも油を入れるなんて、料理を知らないのにも程があるし、勿体無いですよ!

 鍋を火にかけ、しばらく待ってから団子を突っ込む。ジュワジュワって、変な音がしました! あと、悔しい!! 美味しそうな匂いがします!!



 試食タイムに入りました……。接戦になるやもしれません。ドキドキです。船員の方や他の乗客にも食べて頂きました。



 私、勝ちました。


 アントンの魚団子はコリーさんが全部食べてしまいまして、私への票しか無かったのです。


「ふん、コリーに感謝しろ。最初からお前にも俺にも恥を掻かせないつもりだったんだろうな」


「負け惜しみも程々にお願いします。あなたは負け犬なのです、アントンよ」


「文明を知る機会を失ったことを悔いるべきだな、狂犬よ」


 アントンはそのまま、どこかへ去っていきました。



 残った私はコリーさんに尋ねます。悔しいですが、どうしても気が済まないのです。


「……コリーさん、さっきの美味しかったですか? ほ、ほら、魚団子です」


「アントン様の料理ですから、私にとっては何でも美味しいと思います」


 くそ、あの魚団子が気になる。デュランの料理なのか。クリスラさんに頼めば出て来るのでしょうか。



 そんなこんなで、毎日をそれなりに遊んでいる間にデュランの街並みが見えて参りました。シャールを出てから十日目の事です。



距離の計算 備忘を兼ねて)


普通の馬車……10km/hr?, 10hr/day, 30day→陸の道3000km?(山道有りだから、もっと短い?)

船……10km/hr?, 24hr/day, 10day→2400km?(渋滞地点有りだから、もっと短い? 喫水は魔法で何とか) 


王国が凄く広大になってしまった…………。現在の中国以上の国土を持つということでm(__)m


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