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王都へ出発する日

 今日は王都に出発する日で御座います。アデリーナ様が馬車を用意してくれていまして、嬉しい反面、少し警戒心も御座います。絶対に何か企んでると思うのです。


 私としてはもう少しシャールでゆっくりしてから向かう予定だったのですが、王都への研修とかの名目で必要な神殿内部の手続きも終わっていました。これも総務部に所属のアデリーナ様が進められていたのです。

 シャールに戻ってきてから、三日、中一日です。早過ぎるんじゃないですかね。


 ルッカさんはまだ帰って来ていません。お蔭で、昨日は魔物駆除殲滅部の小屋ではアシュリンさんと二人きりで御座いました。

 アシュリンさんは溜まっていた書類を片付けるばかりで、特に私の仕事は無かったのですが、洗濯と掃除の仕事は私一人でしないといけなかったのです。


 その帰り際にアシュリンさんから「明日からの糧食の修行、精進するが良いっ!」とお言葉を頂きました。

 私、そこで王都に行く日程を知りました。自分が希望した事とはいえ、ひどくないですかね。



 しかし、楽しみですっ! あの肉包みパンの作り方をマスターし、聖竜様に捧げるのですっ!



 神殿の入り口に大型馬車が止まっていました。謁見式に向かうのに乗った物も大きかったですが、今回の物はそこまで豪奢ではありません。私が乗車するであろう荷台も艶光りするような塗料は塗られておられず、無垢の木材で作られているようです。


 これで良いのです。外見が派手だと盗賊たちに襲われ易くなりますからね。私の服が盗賊たちの汚い血で汚れる危険性は排除しておかないといけません。



「それでは行って参ります。しばらくお寂しいかもしれませんが、せめて向こうから手紙も出しますので」


「えぇ、ありがとうございます、メリナさん。楽しみにしております。紹介状は持ちました?」


 アデリーナ様です。ふーみゃんを胸に抱いたままですが、私を見送りに来て下さったのです。


「念の為ですが、申し上げておきますね。メリナさん、王都の食料事情に問題無いとはいえ、食べ物は大切にお願いします。それから、小麦粉が舞っている場所では火気厳禁ですからね」


 知ってる、知ってるよ。粉塵爆発ってヤツですよね。ノノン村にも水車小屋が有りましたから、常識ですよ。


「ご心配なく。戻ってきたら、アデリーナ様にもお手製のパンを食べて頂きたく存じます。あと、ネズミ対策にふーみゃんをお借りしたい所です」


「ふーみゃんは『行きたくないにゃー。また足を切断してやりたいにゃー』って鳴いてますよ」


 ふーみゃんは「にゃー」としか言ってません。お前の足を切断してやるぞ。




「メリナ様、王都に行かれてもお元気で」


 あっ、ニラさんも来られていましたか。ブルカノも彼女の背後にいますね。


「はい。そう言えば、あの後からニラさん達は抱き締めの何とかさんに絡まれていませんか?」


「抱き締め……?」


 何のことやらと、ニラさんは後ろにいたブルカノを見ました。その様子だと大丈夫そうですね。


「あの人じゃないか」


「たぶん、酒場で絡んできたベラトですよね?」


 そんな名前でしたっけ。


「あぁ、締め殺しの。メリナ様、大丈夫です! あの人もメリナ様公式ファンクラブに加入されましたし!」


 ……何だ、それ? 本人が知らないのに公式?


「コッテン村でアデリーナさんに相談したら作って良いと言われたんです。だから、会長はアデリーナさんです」


 絶対に良くないヤツですよ。何をしようとしていますか、アデリーナ。


「うふふ、メリナさんは人気者ですからね」


 とぼける気ですね。


「ニラさん、その他のメンバーは?」


「えーと、メリナさんが知っている人なら、マンデルさんとか、グレッグさんとか、へルマンさん、それから、あの人の名前は――」


「王都のカッヘルさん達だろ。コッテン村で応援活動するって言ってたな、アデリーナ様が。あんな所で何をするんだろうな」


 あぁ、それはきっと、その黒薔薇の私兵になったんですね……。王都に帰還しない理由のカムフラージュの為にか……。


 グレッグさんとかへルマンさんは、たぶん、付き合いで加入させられてるわね。



「メリナさん、副会長は誰だか知っていますか?」


「……いいえ」


 知るはず有りませんでしょ、ニラ。私は恐ろしいですよ。身に覚えの無い怪しげな団体が出来上がっている事に。


「何と、シャールの方でなくデュランの方です」


 コリーさん? でも、そんな変な団体に参加するのかな。誰だ。


「俺だ。クソみたいな話だが、デュランに戻して貰えると聞いたからな」


 馬車の後部の扉が開いて、アントンの糞野郎が出てきました。

 あぁ? 聞き耳立てて、自分に関する会話になるのを待ってたのか。そう思えば、滑稽で哀れですね、アントン。


「本当にクソだが、この辺境に近い田舎で無駄な時間を過ごすよりはマシだろう。聖衣の巫女よ、宜しく頼む。あと、臭い服は勘弁しろよ。馬車の中で鼻が詰まる」


 …………殴り殺しておくべきでした。

 奥にはコリーさんが見えました。



「それではお別れですね、メリナさん。道中はアントン卿の言うことを聞くのですよ」


 無理ですね。


「無理だな。こいつの本質は野獣だ」


 グググ……。

 クソ。お前の胸に魔力を注入して巨乳にしてやるぞ、アントン。奇病扱いされて、コリーさんに嫌われろ。



「メリナさん、パン屋の紹介状には竜の巫女であることなどを伏せております。お店側が権威に遠慮して、きちんとした修行を行わなければ、あなたにとっても不本意で御座いましょうから」


「……はい、ありがとうございます」


 そこまでの配慮が出来ながら、敢えてアントンを選びやがったのは、どういうつもりなんでしょうか、アデリーナ様!



 しかし、見送り来て頂いた方々には笑顔で挨拶しないと失礼です。

 この先の旅への懸念は一旦忘れて、私はアデリーナ様やニラさん達に会釈をしてから馬車に乗り込んだのです。

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