マリールタイム
目の前にお父様がいらっしゃるというのに、シェラは意外にも「もう戻りましょう」と言うのです。もちろん、私への感謝の言葉も沿えてです。
何故なのか理由を訊きますと、「穏やかな表情でおられました。私はそれで満足で御座います」と言うのです。
メリナは心を揺すられました。この謙虚さと芯の強さを身に付けないと完璧な淑女にはなることが出来ません。話し掛ける事により、もしかしたら、お父様は動揺されるかもしれませんし、驚かれるかもしれません。こういった配慮が大切なんですね。
私はシェラの願い通りに寮へと戻りました。
「ありがとう御座いました、メリナ。お父様の無事も確認でき、私も礼拝部での修行により一層励むことが出来ます」
「シェラ、本当に良かったの? あと、メリナ、今の何?」
同時に二人へ質問しないでよ、マリール。私もシェラもどちらから口を開くべきか、困ったでしょ。
「私の事なら気になさらずとも宜しいですよ。幸い、窓の外の風景からお父様のいる別邸の場所も分かりましたので」
窓なんてありましたか? いえ、あったとは思いますが、そこに目は行きませんよ。おっとりとして見えるのにシェラは抜け目がないのかもしれません。確認しようという意思がなければ、あの短時間では無理だと思うんです。
「そう? じゃあ、メリナの方ね。何よ、今の?」
「転移の魔法かな」
「あれが転移魔法で片付けられるの!? 私が知っている転移魔法と違うわよ」
そうなのですか。私も初めてだから違うと言われても困惑で御座います。でも、ルッカさんやエルバ部長の魔法も似たような感じでしたし。遠方でもピョンと別の場所に移動できるのですから。
マリールは続けました。普通の転移魔法は出る場所が限られるし、詠唱も長くなるし、距離も頑張ってもシャールの街域内みたいに短いものだしと言うのです。
そんな事は無いと思います。エルバ部長でさえ、コッテン村からシャールに転移してましたもの。
「……大魔法使いだったのか、メリナは」
それはマイアさんの異名ですよ。あぁ、でも、皆にはマイアさんの事を秘密にしないといけないんですよね。
「この腕輪の効果だと思うんだ」
私は左手を皆に見せるように前へと出す。
「何これ? 魔道具、それとも魔具かしら……」
マリールが呟きながら触ってきます。
魔道具と魔具の違いって何なのか訊きますと、魔道具は魔方式ランプみたいに道具の中に魔力が込められた道具でして、対して魔具は持ち主の魔力を利用、増幅して動作する物だそうです。魔具の方が作るのが非常に難しく珍しいとマリールは拘っていましたが、正直、どっちでも良いかなと思いました。
「メリナ、私はその腕輪に見覚えがありますわ。デュランの聖女様と同じ腕輪ではありませんか?」
おぉ、お詳しい。シェラは流石で御座います。
「何それ? なんでメリナが持っているのよ」
さっきからマリールは疑問ばかりです。子供のようですよ。
「聖女クリスラ様が私にくれたの。聖竜様の縁の物と聞いているから大切なんですよ」
それを聞いたシェラが驚きの顔をされました。
「次の聖女に選ばれたのですか? 竜の巫女でありながら、デュランの聖女ですか?」
ん? 全くそんなつもりもありませんし、クリスラさんからも聞いておりません。
「まさか。私は聖竜様だけにお仕えする者です」
「ちょっと、メリナ、デュランの至宝なの、それ!? おかしいでしょ!」
「変かな? 私とクリスラさんは認め合ったんだから」
「変でしょ! 一介の巫女見習いが聖女に認められるって有り得ないでしょ!」
「メリナ、その腕輪を与えられたという事は次代の聖女となった証ですよ」
「でも、この腕輪はクリスラさんに踏んづけられて、一度ペッチャンコになってたよ。シェラの勘違いで、至宝は別の腕輪じゃないかな」
何とか皆の誤解が解けました。クリスラさんだけでなく、デュランという都市にとっても大切な腕輪を私のような者に与えるはずがありません。
「……メリナ、その腕輪を私にも貸してくれない?」
マリールから珍しくお願いです。
しかし、これは間接的と謂えど聖竜様からの物。人に貸すには惜しいのです。
私が迷っていると横からシェラが言います。
「それはダメですよ、マリール。メリナさんが頂いた大切な物なのですから。大丈夫です。マリール、あなたも将来、素敵な殿方から心からの装身具を頂けますから」
シェラの助け船はちょいズレた感じで、マリールはアクセサリーとしてでなく、この不思議な効果に興味があったと思うんです。
でも、ありがとう、シェラ。マリールも少し気が削がれたのか、その後に「それもそうね。ごめん、メリナ」と謝ってくれました。
「マリール、代わりにあなたがもっと欲しいものを上げるよ」
「な、何よ?」
あれ? マリールが凄く警戒しているのが分かりました。おかしいな。善意100%なのに、何故に後ずさるのですか。
「あなたの平べったい胸に大きな丘を作りましょう」
「な、何でよ!? えっ、でも、……大きくなるの?」
私は黙って首肯く。
「メリナ様、お願いします!」
あのマリールが頭を下げました。
私は彼女の胸へ手を持っていく。それからイメージをする、メロンの様な巨乳になったマリールを。そう言えば、黄金メロンとかがシェラの異名でしたね。
マリールの体内の魔力を動かして……あれ……余り魔力無いのね。じゃあ、私のも少し足して。胸に集めて固めて、と。
「い、痛いんだけど?」
皮膚がもたないか。なら、そこにも魔力を込めて。
「い、息がと、止まる……」
あっ。マリールの顔が赤くなり始めた!
肺か! いや、横隔膜? どっちかが圧迫されてる? どっちも魔力で補強です! あと、空気をマリールの肺に転送します。
死なないで! これは不慮の事故なんです! 私は悪くないって言って!
悪戦苦闘の末、マリール大改造は完了しました。
普段はクールを装っている彼女ですが、今は「うほうほ」言いながら、自分の新たな胸を揉みしだいています。
……大丈夫かな……。副作用で知能が低下してない? 最悪、胸に込めた魔力を抜けば元に戻るのかな。
その後、マリールタイムが始まりました。マリールがひたすら自分の胸の大きさを強調する時間です。
「私のとシェラの、どちらが大きい?」
「マリール様の物です」
「よろしい。では、この部屋で最も貧弱なる者は誰ですか」
「私、メリナで御座います」
何たる茶番、そして、無駄な時間でしょう。いつもなら寝る前の読書タイムなのに。
「胸当てを寄越しなさい、シェラ」
「はい、こちらで御座います」
畏れ多くも貴族様になんて真似をさせているのでしょう、マリール。
シェラがタンスから自分の深紅の布を出してきました。金属製ではありません。グレッグさんが装備していた様な革製でもありません。
私、初めて知りました。大きい胸を支える為に布を巻き付けるのですね。何かオシャレです。膨らみに合わせた形状とか、お花のレースとかから、そのお高いお値段が想像されます。私には残念ながら不要ですが、レディーの必須アイテムの様で羨ましく見ています。
マリールが満足するまで一頻り彼女の偽りの体自慢を聞いた後に、ベッドへと入りました。疲れていたのか、ぐっすりで御座います。
明くる日、鳥の囀ずりと日差しで気持ち良く目覚めたのですが、放心したマリールがご自分のベッドに座っているのが目に入りました。どんよりとしているのですから。自然と目が行きました。
彼女のお胸が元の平原に戻っています。
訊くと恒例の朝マッサージで揉む内に小さくなったと言うのです。なるほど、魔力が抜けたのですね。固定化と言いますか、そういった魔力をその場で維持するような技術が竜化には必要か。
私、勉強になりました。マリールで実験をした事は極秘で御座います。




