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雄と雌

 転送先は見慣れない場所でした。聖竜様の前の居室とか言う所なのでしょう。

 先程までいた空間と違って狭いです。いえ、当然に神殿の聖竜様の像がある本殿程度には広いのですが、これではあの聖竜様の巨体が納まるとは到底思えません。



「懐かしいです。ワットちゃんの部屋ですね」


 マイアさんが歩きながら言いました。


「後ろの大扉は外に繋がっていて、こちらの向かって右が宝物庫だったかな。左の扉は前は無かったから、この先がワットちゃんの言っていた拡張部分に繋がるのでしょう」


 ……宝物庫……。聖竜様は置き残した物は全部、私にくれると仰っていました。何たる愛の表し方でしょうか。



 私はガバッと扉を全開きにしました。



 ……がらんどうです……。

 何もありません。白い石で出来た床と壁だけです……。だだっ広くて、以前のお住まいと仰る前室よりも大きい空間が広がっていました。

 明かりはなんだろう? 天井が光っているのか。



「ソーリーよ、巫女さん。私が500年前に持って帰っちゃった」


 ルッカ、お前っ!



 私が怒りで震える中、マイアさんが言います。


「丁度良い具合に魔力も滞留していますね。あなた、ここを新しい住み処としますよ」


「嬉しいんだな。でも、ご飯とかはどうしたら良いんだな」


「私の収納魔法と収納鞄にいっぱい有りますから、ご心配なく、あなた」


「母ちゃん、楽しみだよ。ドラゴンも大きくてビックリしたよ」


 シャマル君もご機嫌です。良かったですね。私は彼の頭を撫でながら言います。


「シャマル君、ご両親の言うことをよく聞いて過ごすのですよ。そうすれば、困ったことがあっても、きっと聖竜様がお助けしてくれます」


「うん! メリナも結婚頑張ってね」


 モチです。頑張ります。そして、聖竜様にも申し訳ないですが、雄化を頑張って頂きます。



「巫女さん、本当に王都へ行っちゃうのね。私、ジョークだと思っていたわ」


 お前……先の発言を忘れたとは言わせませんよ。


「……ルッカ、いや、吸血鬼ロヴルッカヤーナ。聖竜様の神殿に巣くう悪党め、後で成敗してくれるからな……」


 私は低い声で言い放つ。


「お嬢ちゃん、喧嘩は良くないんだな。宝物がないのを怒るのは分かるんだけど、ほら、そこの胸がはち――いや、お姉さんも悪気はないと思うよ」


 お宝はそんなに気にしていません。私はお金持ちですから。

 それにしても、師匠、胸がはち切れんばかりのお姉さんって言おうとしましたね。で、マイアさんの存在に気付いて、慌てて言い替えました。



「メリナさん。夫が言う通りです。それに、ルッカさんが後押しした事で、ワットちゃんも約束してくれたのですよ。よくお考えくださいませ。伝説の竜に雄化の魔法を修練させるなんていう無茶が通った奇蹟を」


 ……そうですか? あの時は興奮と必死さで我を失っていたかもしれませんが、確かにルッカさんが聖竜様に叫ばなければ…………断られた可能性があります。



「……そうなのですか?」


「フンフフン」


 何故に鼻歌。何故に視線をずらすのですか、ルッカさん! 絶対、マイアさんが言ったような意図はないでしょ!


「メリナさん、こうも考えられます。ワットちゃんの使徒であるルッカさんを今から殺傷した場合、嫌われるかもしれませんよ」


 はっ!!

 それは有り得る! 私とルッカさんでは聖竜様とのお付き合い時間が違います。結果、悔しいですが、信頼感がまだルッカさんに分があると、うっすら思っておりました!


 これは退くしかありません。退いた上で、私の健気なお気持ちを聖竜様にアピールした方が得策かもしれませんよ。

 それに聖竜様は「毎日来たら、嫌いになります」と仰いました。つまり、今は「好き」って事ですよね。絶対にそうです。それは維持しないといけません。ゾビアス商店との契約にあった品性の維持みたいなものです。



「ふん、許してやります」


「まぁ、グラッド!」


 ルッカさんに抱きつかれました。

 全く嬉しくないです。そういうのは、グレッグさんにしてやって下さい。



 マイアさん一家はルッカさんによる抱擁を見て安心されまして、生活のための準備に入られました。

 その様子を見届けて、私達はルッカさんの転移魔法で村に戻るのです。


 出た先は私の部屋でした。

 床にアデリーナ様のハンカチを置きっぱなしだったので、すぐに分かりましたよ。よく乾いているのでお返ししないといけませんね。



「ふぅ、あんなに魔力を吸ったのに使いきったわね。また補充しないと。私、エンプティ」


 そのまま干からびても宜しいのですよ。



「それにしても、雄化とは凄い要望だったわね、巫女さん。てっきり人化してくれとかだと思ったのに」


 私、思わず笑ってしまいました。


「あはは、それじゃ意味ないんですよ」


「何が? 私、ワンダー」


「私は聖竜様が好きなんです。竜じゃなきゃ、絶対に嫌です。聖竜様が人になられたとしたら、お前誰だよってなりますよ」


「……人になってもスードワット様でしょ……」


「いいえ、それは聖竜様を騙る何かです。絶対に許しません。絶対にです!」


 もしそんな事になったら、私、世界が破滅しても良いと思ってしまいますよ。って言うか、破壊してやります。



「……うーん、何て言うんだろう。怖いわね、巫女さん」


 そうですか? 当然ですよ。


「巫女さんが雄化するチョイスは無かったの?」


「えー、私にアレが生えるんですか? 気持ち悪いです。想像したくないですよ」


 本当にルッカさんはデリカシーが足りませんね。乙女になんて事を考えさせるのでしょう。


「……当然の様に言ったけど、スードワット様も同感だと思うわよ。巫女さんの今の回答にビックリ、あなたにターンオフよ」


 本当にルッカさんは細かいですね。


「蛙の雄雌って見た目で分からないですよね? それと同じでドラゴンの雄雌も見た目は一緒ですよ、きっと。あの荘厳さは雄になっても変わらないのです」


「えぇ……。あなた、スードワット様を蛙と一緒にするの?」


 まさか! 蛙みたいなのはゴブリンの師匠ですよ。そんなものと一緒にしないで下さいっ!


「殺しますよ、ルッカさん。とにかく、聖竜様が雄で、私が雌です」



 そんな不毛な会話をしている時に、扉ががちゃりと開きました。

 ニラさんです。


「あぁ、メリナ様! やっぱりお戻りでしたか」


 おぉ、どうやって私の帰還を知ったのか分かりませんが、丁度良かったです。ニラさんにも聞いてみましょう。


「ニラさん、聖竜様は雄と雌、どっちだと思いますか?」


「えっ、突然ですね。メリナ様はいつも唐突です。……えーと、雄だと思います。だって、凄く大きくて強そうですから」


 そうですね。では、次の質問です。


「私は男と女、どちらでしょうか?」


「えっ、メリナ様が男……。いえ、そんな事はないです。だって巫女さんですし」


 そうです。よく出来ました。


「何て質問よ。絶句よ、巫女さん」


「そう私は巫女、いえ、その見習いなんですよ。私が男だったら、ルッカさんは私を何て呼ぶんですか?」


「……狂犬さんかな……」


 絶対に私は雌のままでいますからっ!!




「納得しきれないけど、巫女さんの考えは分かったわ。で、ニラさん」


 ルッカさんは朗らかな笑顔をしたニラさんを見ます。


「あなた、巫女さんが来たのが何故分かったの? 魔法感知が使えたのかしら」


「いえ、私は魔法なんて無理ですよ。匂いです。メリナ様の匂いがしたんです。聖衣とはまた別の類なんですよ。グッと来る力強い感じで――あっ、私、ゴミ捨ての途中だったんです。ごめんなさい。行ってきますね」


 ニラさんは部屋を出て行かれました。



「……私、臭います?」


 ルッカさんに訊きながら、私は自分の服をクンクンと確認します。


 ……大丈夫よね。浄火の間でも水浴びはしていたから何の臭いもしないはず……。聖竜様のお匂いしか感じないわよね。


「犬の獣人だもんね、彼女。嗅覚も良いんじゃないの?」


 そ、そうですよね。もうニラさんってばびっくりさせるんだから。


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