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褒美

 扉を押したら、勢いよく倒れました。蝶番が壊れていたので、氷で留めた事を忘れていました。うっかりです。

 向こう側の近くに立っていたマイアさんが潰されなくて良かったです。



「メリナさん、ワットちゃんが待っています。あなただけでお行きなさい」


 はい! 私は意気揚々と向かいます。

 ルッカさん含め、その他の方は扉の向こうです。でも、扉は閉じることがないので、丸見え、丸聞こえですね。




『メリナよ、マイアから話は聞いた。ご苦労であった。人間どもの争いを止め、更にはマイアを解放した件、大したものである。何か褒美を取らそうぞ』


 うひゃ! 聖竜様にお誉め頂きました!

 褒美、何を頂けるのでしょうか!



『申してみろ、何が良い? 一つだけだが、我に可能な限り、必ず与えよう。決して違えぬ』


 おぉ、私の希望通りで良いのですか。



「結婚してくださいっ!」


 即答です。


『それはダメ』


 聖竜様も即答でした……。何でも良いって言ったのに……。



『メリナよ、よく聞くが良い。我は雌であるぞ。子孫も残せぬのに、番いにはなれまい』


 ……………………そう…………ですか……。


 それはつまらない事です……。



『メ、メリナ? メリナちゃん? あれ? ブラナンの娘が言っていたみたいに伝えない方が良かったのかな』


 私はしばらく黙って考えていました。必死だったので、全く身動きしていなかったことでしょう。

 で、今は結論を得ております。


 本当にごめんなさい、聖竜様。

 私の選択肢はこれしかないと思います。



「私は竜化魔法を覚えますので、聖竜様は雄化の魔法を覚えてください」


 畏れ多いですが、これで万事オッケーです。


『え?』


「私の願う褒美は聖竜様が雄化の魔法を収得することです」


 ふぅ。聖竜様のお悩みを一つ解決出来たかもしれません。毎朝私に話し掛けてくれるにしては余所余所しさが有りましたが、これを気にされていたのですね。


 もう、もっと早く言って下されば良かったのにぃ。



『と、倒錯の香りしかしないよ! ルッカ、助けて!』


 それに応えて、ルッカさんが離れた場所から叫びました。


「オッケーして、スードワット様!」


『え? 怖いよ』


「いいから、早く!」


 ルッカさんが押してくれます。感謝しますよ、素晴らしい後輩です。



『メリナよ、分かった。お主の願い、か、叶えようぞ。頑張って覚えよう』


「ありがとうございます」


 私は満面の笑みです。


「スードワット様、それでグッドよ! 覚えるだけで願いは終わり!」


 あっ!?

 貴様、ルッカ!! 私がそれに気付くのを恐れて、聖竜様を急かしたのか!


 しまった!!

 ならば、やはり私に聖竜様の子種をと願うべきでしたか!? いえ、それではシャマル君の教育に悪いからとか思ったんです。その選択は間違っていなかったと思うんです……。


 くぅ、辛いです……。


『な、何にしろ、これは格別の褒美である。それ程までにメリナ、お前には感謝している』


 は、はい! 私は決して強欲少女では御座いませんので素直に聖竜様のお言葉を受け取りますね。

 ルッカの野郎は後で覚えておけよ。



 しかし、このタイミングです。更に私の株を上げるのです。


「聖竜様、私、葡萄の汁を持って参りました。マイアさんから大好物だと聞いております」


 ルッカも言っていましたが、ヤツの名前は出さん。


『し、汁? 葡萄の実でなく?』


「大丈夫よ、私も一緒に採ったヤツだから。スイートでデリシャスよ」


 ルッカさんの大声がまた響きます。


 私は水筒を開けて、蓋の部分に中の汁を入れます。ちょっと黄色い半濁液です。甘い香りが私の鼻を突きました。



 聖竜様がお顔を近付けてきました。

 おぉ、近いです。葡萄の汁を見ようとされているのでしょう、キリリとしたお目々が私前に来ます。それは私の体よりもずっと大きくて、鏡のように私の姿を映しています。


 口をゆっくり開かれると、鋭い牙がいっぱい並んでいました。……あと、不快な、いえ、ちょっと独特な口臭、いえ、香りが漂いました。

 胃がお悪いのでしょうか。


『メリナよ、我に捧げるが良い』


 了解です!

 口を開けられたままだったので、地上で話し掛けられるように、私の中に直接語る魔法を使われた様です。


 そんな事を思いながら、服を脱ごうとしたのですが、聖竜様に止められました。いえ、思わず、私は自分の身を聖竜様に捧げたくなりまして。

 葡萄の事でしたね。うっかりです。


 聖竜様の舌へ、葡萄の汁をぶっかける。


『あまっ! 何これ、すごっ!』


 おぉ!! お喜びです! そうですよ、この反応を待っていたのです。


 聖竜様が口を開き、私が葡萄汁を放り込み、聖竜様が口を閉じて堪能する。

 何ですか、この完璧なコンビネーションは!

 これは一刻も早く、聖竜様が雄化の魔法を覚えて、夫婦となるべきです!



『メリナよ、素晴らしい物であった。これからも宜しく頼むぞ』


「はい! 聖竜様もお約束お願いします。毎日、練習してくださいね、魔法。」


『う、うーん。……そうだったね』


 快い了解を頂きましたっ!



 さて、聖竜様にもお伝えしないといけません。


「私、王都にしばらく向かいます。少し寂しいですが、宜しいですか?」


『……何? そ、そうか。お主はリンシャルだけでなくブラナンをも消滅させようとするのか……。言わずとも我の意を察し、そして、どこまでも我に忠実なのか』


 はい、言われるまでもなく、私は忠実な下僕です。

 ブラナンを消滅云々は分かりませんが、お望みならそうします。確か王家のファミリーネームですね、ブラナンは。……ちょっと消滅は難しいんじゃないかな、聖竜様……。


「パン職人になったら戻ってきますね。肉挟みパンを聖竜様にもご馳走致します」


『ブラナンの肉でか? ……ちょっと気持ち悪い』


 アデリーナ様を焼肉にしてのパンですか? んー、出来ない事は無いとは思いますが、ちょっと仰る通り、気持ち悪いですよ。


 ブラナンはきっとアデリーナ様の事では無いですね。詳しくはルッカさんとかに聞きましょう。確か、アデリーナ様がここに来られた時に初代が何たらと言っていたのを覚えています。聖竜様にお聞きしても良いのですが、無知だと思われて失望されたら大変な事ですからね。


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― 新着の感想 ―
猟奇的な娘だと思われてますね⋯⋯
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