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ルッカさんの想い出

 扉を閉めると、もう向こう側の会話は聞こえなくなりました。

 私達は光の球を出した上で、床に車座となります。ちょっと剥き出しの地面が湿っていて気持ち悪いですね。



「お嬢ちゃん、喉が乾いたんだな。その肩から掛けている水筒を借りれないかな?」


 うふふ、ご冗談を。


 これは聖竜様の為に苦労して得た葡萄のお汁なのですよ!! 師匠の口に入れる訳がないで御座いましょう!


 水です! 師匠には水がお似合いですっ!



「手をお出しください。魔法を使いますから」


「感謝するよ、お嬢ちゃん」


 師匠は素直に手を重ねて前に出しました。

 そこに水を出して上げました。


 シャマル君も欲しいと言うことで、同じ様に差し上げます。葡萄の絞り汁を差し上げられない事に胸が痛みました。



「巫女さんは子供には優しいよね。どうして?」


 ん? 疑問に思うところでしょうか。


「子供はまだ弱いです。だから助けないといけません。でも、私、困ってる人には等しく優しいですよ」


「本当? アンビリーバブルよ」


「ほら、干からびていたルッカさんにも水だとか血だとかあげたじゃないですか」


「あぁ、思い出したわ。氷水を口の中にぶっこまれたのよ。新手の拷問だと勘違いしたのよね」


 もう、最終的には血を飲ませてあげたじゃないですか。で、私に「死んでね」とか言うから、ぶん殴ったのです。懐かしいです。



 その後も、する事が無いので雑談タイムとなりました。マイアさんが聖竜様と単独で話されている事にジェラシーを感じないか、ルッカさんや師匠に訊いたりしました。


 お二人とも信頼しているのですね。私が心配していた子作りをするような間違いは絶対にないと断言するのです。むしろ、「そんな発想が出るなんて、おかしすぎるんだな、お嬢ちゃん」って、欲望の塊のはずのゴブリンである師匠に窘められました。ルッカさんにさえ、少しばかり冷たい目をされた気がします。


 ルッカさんは危機感を持つべきだと思うのです。マイアさんという新しく出てきた、聖竜様の古い知り合いポジションの人を。あなたと役回りが被っているのですよ。私の中で、あなたの価値が半減しております。



 年齢の話にもなりました。と言うのも、聖竜様が何歳なのかとシャマル君が訊くからです。私も興味があるのでルッカさんを見ました。


「はっきり数えていないって仰っていたから分からないけど、5000年には満たないんじゃないかな」


 ふむむ、新情報ですよ。よくやりました。そうです、ルッカさん、あなたはそうやって私に聖竜様の情報を流すのです。それがあなたの使命なんですよ。



「ルッカ姉ちゃんは何歳なの?」


 おぉ、シャマル君、果敢に行きました! でも、それは子供の特権ですよ。グレッグさんくらいの歳になったら嫌われる行為かもしれませんからね。


「女性はね、少しミステリアスな方が魅力が出るの」


 ……お前、子供相手に何を言ってるんですか。正直に答えろよ。



「ルッカさんはいつから聖竜様にお仕えなのですか?」


「あら、巫女さんが私に興味を持ったの? 少しスケアリー。500年くらい前かな」


 本当に長生きだなぁ。


「それって、聖竜様の所にまで行かれた偉大な巫女さんと同じくらいですね。巫女長から聞きました」


「あっ、それ、私よ。私。えー、記録が残ってたんだ。その功績で巫女長にまでなったのよ、グレートでしょ、私」


 ……そうなの? ロルカさんとルッカさん。確かに似てる……。結構偉い人だったんですね。



「巫女長までなられたのに、王国の仇敵なのですか? 牢屋にまで入れられて」


「……牢屋はね、自分から入ったの。どうしても血が欲しくなる衝動があって、大失敗したのよ。死にたくなるくらいの」


 気になります。何が起きても切り替えの早いルッカさんが死にたくなるくらいの事件……。

 ルッカさんは私の気持ちを察したのでしょうか、自分から口を開いてくれました。



 ルッカさんは生まれながらの吸血鬼。色々と辛い目に合いながらも、聖竜様のお声掛けを頂いて何とか生きていました。さすが聖竜様です。哀れな魔族であっても救うのですね。フロンの時との差に若干の違和感を持ちますが、深いお考えがあるのでしょう。


 そんなルッカさんは聖竜様への敬愛を募らせ、会いに向かいます。

 本人いわくセクシー、私から見ると風紀を乱す格好なのですが、その為に何人もの若い男を侍らしていたのです。その方々を連れて、聖竜様のお住まいに繋がる迷宮を進まれました。


 で、紆余曲折の大冒険の末に、最終的に意識を保っていたのは、不死身のルッカさんだけだったのですが、聖竜様との邂逅を果たしました。


 戻ったルッカさんは、やがて巫女長となられます。


 平穏な年月を過ごしていましたが、王家の方と喋っている最中に血が飲みたくなったのです。禁断症状だったと言います。一気に飲んだルッカさん、そして、血を失って息絶える王様。


 王様? 王族っていうか王様ですか……?


「侍らしていた男の一人だから油断しちゃった。ラブしてたし」


 何ですか、「ラブしてたし」って。汚らわしいです。そういう事なんですよね。


 彼を愛していたルッカさんは自分に失望します。そして、王様を殺された王都の人達も怒ります。

 ルッカさんは聖竜様とご相談の上で牢屋に入ったのです。強いアンチマジックで自分の魔力を放出させれば死ねると考えたのですね。



「とてもサッドなストーリーでしょ」


 マッドでしょうに。


「うん、悲しいんだな。そのはだけた胸にそんな悲劇があるなんて思っていなかったよ」


 師匠、マイアさんにエロティックな物言いを密告しますよ。しかし、ルッカさんにも伝えないといけない事があります。


「可哀想だとは感じましたが、弱いから死んだんですよ。だから、気になされないのが良いと思います」


「巫女さんは何て言うか、強いわね……。羨ましいわ」


 死んだ者を気にしても仕方ありません。悲しんでも、自分の身も滅ぼそうなど愚の骨頂だと思います。更に悲劇を生むんですよ。



 さて、私、他の事も考えていました。ルッカさんが王国の仇敵と呼ばれるのは他の理由があると思うんです。クリスラさんはルッカさんの事を「デュランとリンシャルにとっては脅威でなくなった」と王様に言っていました。つまり、王都タブラナルにとっては、まだ脅威なんでしょう。何かルッカさんに秘密が有りますよ、きっと。

 私、賢いですね。


 それを伝えようとしたところで、扉をノックする音が聞こえました。


 あっ、聖竜様に葡萄の汁をお渡しできる時間となったのですね! 私はすっと立ち上がりました。 

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