アデリーナ様から誉められる
私の部屋にはベッド、あと、凄く古いタンスしか有りません。
ですので、アデリーナ様には申し訳ないですが、床に座って頂くしかないと思っていました。
「あら、メリナさん。椅子をお持ちでないの?」
「はい。最初から有りませんでしたので」
アデリーナ様は困った顔で、私のベッドに腰を置かれました。
「このシーツ、虫、大丈夫ですか?」
あ!?
お前、勝手に私のベッドの上に座っておきながら、何様ですか!
私は床にさっきの濡れたハンカチを広げます。貰っておいて良かったです。
「アデリーナ様、こちらにどうぞ。そのベッドでは王家の方の肌には合わないと思います」
「……大丈夫ですよ。あなたが床に這いつくばりなさい。私が王家の者だと知った上で、その態度、極めて不敬です。いつまでも私が甘い顔をするとは思わないことです」
あっ……眼が、眼が鋭くなられました……。お怒りです……。聖夜を見に行く前に足が痛いよと訴えた時に見せた、あの冷たい眼差しです! 光の矢で貫かれ兼ねません!
私は水気が明らかなハンカチの上にお尻を置いて三角座りしました。
くそっ! ズボンどころかパンツまで濡れてしまうじゃないですか。確か勝負パンツを穿いていたのですよ、私は! 気合いを入れて挑んだのですよ、王様との会談に!
「もういいです。話を進めます。本当にメリナさんは、いえ、止めておきましょう。本題です。王と出会って、何を喋られましたか?」
王様ですか? 会話をした記憶が御座いませんね。
「お会いしてから、ずっとご機嫌が悪く、罵られていたと思います。殺せとか言っておりました」
「そうですか……」
呟いてから、アデリーナ様は少し間を起きました。
「聖女クリスラをあなたが説得して、デュランをシャール側に寝返られさせたと、マイアという名の女性と喋るゴブリンから聞いております。……クリスラに閉じ込められませんでしたか?」
アデリーナ様はあの斎戒の間などをご存じでしたか。いえ、聖女と謂えど王国の一員。それくらいの情報は知っていて当然ですね。
でも、マイアに関しては、おとぎ話に出てくるマイアとは認識されていない様子です。アデリーナ様が聖女の信仰対象を知らないとは思えないのですが。
「一つ目は穴を掘って出ました。二つ目はどうやったのかな。あっ、そうです。リンシャルちゃんが謝罪の証しに転送してくれました」
「リンシャルって、神獣リンシャル? 何故にあなたに謝るのですか?」
何故か? うーん、まだ頭が働かないなぁ。
「何回も殺したからでしょうか。黒い槍でグサグサしてやりましたから」
「……は?」
アデリーナ様がぽかんとされました。ちょっと初めて見る表情かもしれません。
「大丈夫です! リンシャルちゃんは狐野郎から可愛らしいリンシャルちゃんに変わったので、もう逆らいません」
「……メリナさん、私は本当に驚いていますよ。神獣リンシャルについては聖女しか会えない存在。私も話に聞いていただけです。しかし、確実にどんな魔物や強大な魔族も滅ぼしてきた、デュランの守護者。それを貴方が単騎で打ち負かしたと言うのですか?」
「余り強くはなかったですよ。むしろ、アデリーナ様の方が手強そうです」
心底そう思っています。嘘じゃないです。
「貴方にそう思われるのは意外というか、心外というか、複雑な気持ちですね」
アデリーナ様は私をじっと見てきます。視線が辛いです。
「では、最後。神獣リンシャルが倒されたのに、何故に聖女クリスラはメリナさんの肩を持ったのですか?」
ん? クリスラさんの事が最後の質問なのですか。
「マイアが復活、うーん、復活で良いのでしょうか、ともかく、彼女が出現されたからでしょうか。いえ、リンシャルちゃんか。あの子がクリスラさんに私を認めるように言ってくれたのかな」
「……全てを戦闘力で解決したって事か……」
なんと酷いお言葉でしょう。
「私の篤い想いにクリスラさんは胸を打たれたのです。見て下さい、これを」
手首に填めた金の腕輪を見せつけます。少しだけ小刻みに手を降ってアピールです。
アデリーナ様の目が大きく開かれました。
「転移の腕輪! あなた、強奪したの!?」
本当にこいつは……。そんな事を思い付くヤツは碌でなしで御座いますよ。
「違いますよ。リンシャルちゃんから貰った鍵と交換したんですよ」
アデリーナ様は聞いちゃいませんでしたよ。にっこりと私に笑い掛けていました。
「メリナさん、よく成し遂げましたね」
「はぁ」
「うんうん、あなた、お酒が好きでしたよね。お酒をお飲みになられる?」
「お酒は毒です! 二度と飲みません!」
おぉ、本当に呪いを掛けられているのではないでしょうか。まだ体が反応するのですか。
「うん、交換しましょう。私の一番高いお酒とその腕輪、交換しましょうね」
転移の腕輪とかアデリーナ様は言っていました。効果は私でも想像できますよ。どれだけ転移魔法に憧れているんですか。
「ダメですよ。これは聖竜様からの贈り物なんですから。クリスラさんもその辺りを汲んで私にくれたのだと思います」
アデリーナ様は微笑んだままです。
「仕方ないで御座いますね。では、私がお願いしたときは、その腕輪を持って傍に来るのですよ」
「……はい」
しまったなぁ。いえ、そんなに心配してはないのですが、アデリーナ様はそのお願いを言いたいが為に、無理を仰ったのだと思います。
こいつ、たまに無茶を言ってくるから、覚悟しておかないといけませんね。




