魔力酔い
お空の旅は相変わらず酷いものでした。覚悟はしていましたし、私も分かっていましたよ。
帰りは急ぐ必要もないので、ルッカさんも行き程はスピードを出していなかったのですが、あの高さは反則です。自分の命が他人に握られている恐怖は、私の体を緊張させました。
だから、地上に再び戻ってきた今は這いつくばっています。村の広場で四つん這いです。冷えきった汗で体が若干震えますが、それよりも安心感から来る疲労感が凄いです。
向かった時は戦闘が待っているかもという意識があったから、何とかなっていたのでしょうか。
これ、あれですよ。戻る時に上空から見えた王国の兵隊さん達と同じです。陣地の氷を割った後も、皆さん、私へ攻撃をされませんでした。彼らも足が凍っていた事実とルッカさんに襲われる恐怖で疲れきっておられたのでしょう。
そう言えば、アデリーナ様からはアシュリンさん並の人がゴロゴロいると聞いておりましたが、そんな人はいませんでしたね。
「お嬢ちゃん、大丈夫かな? こんなに弱っているお嬢ちゃんは始めて見るから驚くんだな」
師匠、私は本当に疲れているのですよ。……だから、黙れ。
「巫女さんは頑張ったものね。特殊な空間で何日も修行して、マイアさんを元の世界に戻したんでしょう? アメージングよ」
「ええ、メリナさんはとても稀な方です。ルッカさんの魔力を引き抜いた時も悪魔の所業かと思いましたが、見事でした」
「全然覚えてないけど、さすが巫女さんね。あの伝説のマイアさんに誉められるなんてグレートよ」
「ルッカさんの転移も特殊な術式でしたね。あなたも面白そうですよ」
お二人とも私の傍で会話するのは、頭に響くので止めて頂けませんかね。
ルッカさんもマイアもお空の旅の中で仲良くなったようです。お互いの共通の話題として、聖竜様の事がありましたから。
私の知らない聖竜様の一面について楽しそうに喋っておられました。私、恐怖の中でも必死に一句も聞き逃さないようにと努力しましたよ。
一番印象に残っているのは、聖竜様の大好物の話。
ルッカさんが以前に聖竜様は甘いものが好きだと仰っていましたが、マイアは更に果物、特に葡萄がお好きだと言ったのです。私、脳裏に焼き付けましたよ。
聖竜様! 私、絶対に甘い葡萄を献上致しますからっ! 飛びっきりにスイートなヤツを!
なんて事を思い出したり、決意したりしながら、体力が回復するのを待っております。
もう太陽も暮れ始めておりまして、暗くなりつつあります。
私たちは村の広場にいるので帰還を祝いに誰かが来ても良いはずなのに、そうではないのは夕食時だからでしょうか。
少し寂しいです。
「メリナ様! お戻りになられたのですね!?」
あぁ、ニラさんの声だ。うんうん、よく気付いてくれました。私はとても嬉しいですよ。
駆けてくるのも雰囲気で分かりました。
「絶対にメリナ様の臭いだと思ったんです。当たりでしたよ!」
それはそれは高貴な香りであったのでしょう。……そうである事を願っておりますよ。
「アデリーナさんを呼んできますね」
ニラさんは走って、皆が食事を取っている場所へと向かわれたようです。ペタペタと急ぐ足音が地に付けた手にも響きました。
私には「様」で、アデリーナ様は「さん」ですか。ニラさん、アデリーナ様のご正体をご存じないのですね。……知らない方が良いかもしれませんね。畏れ多くて必要以上に気兼ねしてしまうかもしれませんから。
「それにしても、巫女さん。今回は本当にお疲れの様子ね。私、ウォリーよ」
えぇ、こんなにも体力を消耗してるとは思っていなかったです。飛行魔法、恐るべしです。
「魔力酔いの一種ですよ」
マイアが続けます。
「体内の魔力が大量に失われた時に起きる現象です。メリナさんの体に蓄積されていた膨大な魔力が無くなっています。飛行中に徐々に魔力が抜けて行ったのも確認しています。浄火の間では周りにいっぱい魔力があったので放出されにくかったのだと思いますが、ここは魔力の濃度が薄いですからね。更に、そういった魔力的エントロピーの増大則の一面も有りますが、メリナさんの精神状態が悪くなったのも一気に抜けた要因でしょう。体が慣れれば元に戻りますから、安心してください」
……エントロ? マイアはたまに賢い人みたいに喋るから生意気です。
「あなたはペダンチックねぇ。でも、巫女さんの限界を超えた魔力を扱っていたということなんでしょ?」
ぺダン? ルッカさんもたまに分からない単語を使いますね。
「ちょっと違うけど、似た様なものですね」
ダメだ。眠くなって参りました。瞼が重いです。お休みして良いかな。
目を閉じてもルッカさんとマイアの会話がうっすらと聞こえてきます。仲良しですこと。微笑ましいですよ。
「巫女さん、寝たわね……。マイア、あなたはこれからどうするの?」
「家族とどこか静かな所で過ごしますよ。あっ、その前にワットちゃんに会いたいですね」
……ほほう。
「スードワット様ね。分かったわ。落ち着いたら私が連れて行ってあげる」
……ほほう。
「巫女さんには内緒よ。シークレット――ひっ!」
私はガシリとルッカさんの足首を捕まえました。何がシークレットですか。お前を秘密裏に始末しますよ。
「メリナさんも一緒に行きたがっているみたいですね。宜しいのでしょう?」
「うーん」
悩むでない。
「イタタっ! そんなに強く握らないでよ、クレイジー! いいわ。皆で行きましょう。これで良いでしょ、巫女さん!」
「母ちゃん、ワットちゃんて誰?」
シャマル君、それはですね、とっても尊いお方なのですよ。私はそのまま眠りに落ちました。




