ウッラァ!!
やはりルッカさんは立ち上がりました。フラフラと不気味に体を揺らしています。頭のダメージでそうなっている感じではなくて、リズムを取っている様に見えます。
再度、マイアの杖が振り上げられたのが見えました。次いで、ルッカさんの背中側に魔力が集中。魔法が発動して、圧縮空気と思われるものがルッカさんを襲う。
そこでルッカさんは消えた。場所はマイアの横。襲う気ですね。
ふふふ、ルッカさんは本当に甘いです。私、分かってましたよ。
転移って魔法発動から移動するまで、一瞬のタイムラグがあるんですね。先に移動場所に魔力的な変動が見えました。
転移先が分かっているなら、どうとでもなります。
今回は地面の氷を蹴って猛突進です。
無様に転げたりしませんよ。むしろ、足を繰り出すタイミングを遅らせて氷の上で滑る動作を入れることにより、いつもより速いと思います。
たまに、倒れている兵隊さんが邪魔で、それを飛び越えたりもしました。
ルッカさんが出現。マイアの遠距離打撃を相手にするのは鬱陶しいですからね。そこを狙いに行ったのは正解ですが、正し過ぎて、読め読めなんです。
魔力感知できなかったとしても、私はそこに向かっていたと思います。
目標到達。
さぁ、目一杯に腕を振りかぶって、
「グォラァ!!」
あぁ、「こらっ」ってルッカさんを軽く窘めるつもりでしたが、気合いが入りすぎてしまいました。
ルッカさんの肩口に私の拳が刺さります。
文字通りに突き刺しました。魔族のルッカさんは同じく魔族のフロンと同様に丈夫な皮膚をお持ちでしたが、それを構成する魔力を移動させて、強度を下げたのです。浄火の間での経験が活かされました。
深々と私の手首まで体に捩じ込んだのに、流石のルッカさんでして、血は全く出ませんでした。
狙いは首の根本だったんですが、ルッカさんが動いたのでこんな所に当たってしまいました。魔法詠唱させないように気道を潰したかったんですが、致し方なしです。
そもそもルッカさんの体の構造が人間と同じなのかも不明ですが。
それでも攻撃の意図は達成できたみたいでして、彼女は魔法どころではなくなりました。激しい痛みが走ったのでしょう、ルッカさんは暴れます。
それに対して、私は膝を太股に入れます。こっちは文字通りではありませんよ。崩れ落とす為に放ったのです。ドスンと鈍い音が響きました。
が、ルッカさんは倒れませんでした。破れかぶれだと思うのですが、剣で私の左腕を斬る動作が見えました。既に肘の寸前にまで刃が下から来ておりまして、浄火の間に入る前の私なら、そのまま腕を犠牲にした事でしょう。
私は魔力を纏う。もっと言うと、体内に蓄えていた黒い魔力の一部を腕に出す。
カキンと高い音を出してルッカさんの攻撃を弾きました。そして、二度目の攻撃が無いように、手で刃を握る。ガッシリとです。
顔を醜く歪ませて力むルッカさんを内心面白く思ったりもしながら、逆の腕にも力を込める。
ぐいっとな。
私はルッカさんに刺した手を引き抜く。
ずるりと、ルッカさんの体の中から魔力が取り出されました。予想通り、ルッカさんの体の中は魔力が豊富で、コントロールするのも容易かったのです。黒くない魔力はルッカさんの中に置いております。目で見えるわけがないのに、私の感覚、とても研ぎ澄まされていますね。
さてさて、これが悪い魔力なのでしょうか。全く世話を焼かせやがってですよ。
黒いけど私の魔力と違って色んな魔力が混ざっての黒。そんな物が私の腕に巻き付いています。
ルッカさんは肩に大穴を開けた状態で放心したようです。身動きしません。剣を暴れさせようとする力も伝わって来なくなりました。
ふぅ、終わりましたね。
あんなにいつも偉そうなルッカさんともあろう人が何をしているのですか。
ルッカさんの血走った真っ赤な目は既に元の焦げ茶色に戻っていました。で、眼球が動き、私と視線が合うのでした。
「わっ、巫女さん! 突然ビックリす――イタタタタ!!」
ルッカさん、肩の傷口、と読んでいいのかな、その暗い穴を押さえながら叫びました。
「すみません、悪い魔力と言うらしいんですが、それを引っこ抜きました」
「な、何を言ってるのよ……。つぅ、クレイジーよ」
ルッカさんは肩へ手を持って行ったまま座り込みました。
「お疲れ様でした、メリナさん。あなたなら言わなくても、必ず私の所へ向かうと思っていましたよ。カレンの様に」
カレンですか? あの聖竜様の伝説でマイアと共に付き従った武道家。
反応に困りまして、私は半笑いで誤魔化します。何より、傷の修復が終わりそうなルッカさんがそこにいますから、先輩として立ち上がるのを助けてあげないといけません。
ルッカさんへ手を差し伸べる。ルッカさんから取り出した魔力が纏わり付いていない方の腕ですよ。こちらに纏っていた魔力は元から私のですので、体内に戻しています。
「よいっしょ。ありがと。でも、巫女さんは本当にクレイジーよ。意味が分からないわ」
「分からないのはこちらです。見てください、ルッカさん。この倒れている兵隊さん達を」
天幕の方向を指差し示す。屈強な男性も、可愛らしい女の子も、シワの深いご老人方も関係なく、氷の上に倒れております。ピクピク痙攣している人達ばかりです。
「ルッカさんが襲った方々ですよ。何を考えていたんですか?」
「あはは。巫女さんが失敗しても部隊が動けないように倒していたのよ。ソーリーよ」
軽い。なんて軽い口調なのでしょう。
「魔物みたいになってましたよ」
「だからソーリーって。巫女さんなら私を止めるって思っていたから、久々に自制しなかったのよ」
んー、私を買い被りすぎだと思います。それに自制していないって、私でも味方は襲わないと思うんです。
「メリナさん、そろそろ行きましょう。クリスラも早く氷から出たいでしょうからね」
あっ、そうでした。マイアの言う通りです。
安全を確認しただろう師匠も寄ってきます。
「そのお姉さんから取り出した、混ざりに混じった魔力はどうするんだな?」
うーん、これは私も要らないんですよね。私の中に取り込もうかと思いましたが、私もルッカさんみたいに暴走してしまうかもしれません。
消費しましょう。
「ウッラァ!!」
黒い魔力で覆われた腕で、私は足元の氷を打つ。それから、氷の中を横に魔力を走らせる。まるで、私の叩き付けた拳から根が張るように、クモの巣の様に広がるように。
一瞬の間の後に、氷が軋み、その音を激しくさせながら氷が粉々になる。そう、この場、全面の氷がです。
「やるー、巫女さん。グレートよ」
ようやくルッカさんからの誉め言葉を頂きまして、私は彼女に抱かれて上空へと浮上したのでした。満足しております。
そうそう、マイア御一家を心配したのですが、なんと師匠でさえ空に浮かんでいるのです。
本当に無駄に高性能なゴブリンですこと。
さぁ、コッテン村に帰りましょう。




