物々交換
マイアはまじまじと私が修復した腕輪を見詰め、私に断ってから手に取る。外側の彫刻だとか、裏面だとかを指を沿わせて確認している。
輪っかの一部は切れていまして腕に填めるときに広げられるようになっているのですが、その強度なんかも確かめていました。
「問題ないですね。あんなに乱暴に扱ったのに。ワットちゃん、意外に成長しているのかしら。良い道具です」
あん?
「聖竜様とお呼びくださいっ!」
「聖竜様? あぁ、そういうことですか? メリナさんは竜の巫女の見習いでしたね。それは失礼致しました」
ふむ、よろしい。
しかし、次の行動に私は驚愕したのです。
あたかも当然な感じでマイアは腕輪をクリスラに渡しまして、同じく当然な感じで、クリスラは腕に装着しました!
あぁ! どうしてですか!? 捨てた物を私が直したから私の物ではないのですか!?
そんな私の動揺を他所に、元の世界に戻りましょうかと話は進んでいきます。
……シャマル君が楽しそうだから、この場では文句は言いません。あっちに無事戻ったら取り返しましょう。
『メリナちゃん、ありがとう。僕を正気に戻してくれたんだね。これで喋るのは最後だよ。さようなら』
腕輪の行く末を心配している私に話し掛けるとは良い度胸です、狐野郎。腹いせに一発殴らせろとか思いましたが、それではアシュリンさんと一緒です。私は大人なので我慢しましたよ。凄いです。
言い終えた狐の体がぼんやりと輝きました。で、そのぼやけた感じが収まると、二つに分裂していた。伏せたままの狐が二匹になったのです。大きさは少しだけ小さいかな。
何匹になろうとも私の敵では無いことを思い知らせないといけませんかね。
じっと見ていると、更に、その二匹の狐も淡く光ります。で、四匹に。最初に比べると明らかに体が小さくなっています……。
次々と分裂は進んでいきまして、今、私たちは何匹もの小狐に囲まれています。
ふわふわで可愛いです! 尻尾が丸いし、耳の尖りも余り有りません! ふーみゃんに勝るとも劣らずです。
しかし、小狐達はぼんやり光ると消えて行ってしまいます。もう分裂しなくなったのですか。寂しいですよ。手乗りサイズまでなられても宜しいですのに。
しかし、狐よ、何故に最初からこの小狐のフォルムで現れなかったのですか!? そうであれば、私、黒い槍で串刺しになんかしませんでした。むしろ、肉、そう、夜会の練習でシェラに用意してもらった、あの豚型魔獣のジューシーなお肉を用意致しましたのに!
最後に残った小狐が私に寄って来ました。私は思わず頭を撫でます。なんてソフトリーィィイ!!
くぅぅ、私の精霊になります? ガランガドーさんもお疲れでしょうから、変わって頂いても構わないですよ。
可愛いお口に何かを持っていました。これを私にくれるのかな? うんうん、ありがとう。
……私の手の中には狐のリアルな眼球が埋め込まれた鍵がありました。その目はクリスラが額に付けていたのと同じだったので分かります。
キモいです。いくら小狐さんが可愛いと謂えど、キモカワいいとか言うレベルでもありません。しかし、小狐さんは愛らしい目で私を見詰めてきます。
「ありがとう。今度はゆっくりお話し出来ると良いですね」
吐きたい想いを隠した私の言葉に狐が目を閉じて、そして、消えていきました。
……この鍵、どうしましょうか。小狐さんには悪いですが、デザインが悪趣味なのですよ……。この場に捨てるのは流石に私でも気が引けますし、そんな心ない行動にシャマル君がドン引きするかもしれません。
「リンシャルは先に戻ったのですね。魔素の形になれば、この空間を出れるのか。あの子もずっと縛られていたのですね」
マイアが呟きながら近付いて来ました。
「戻りますよ。クリスラ、よろしく」
「はい。マイア様」
クリスラの魔法詠唱が終わると、視野が暗転します。転移ですね。聖竜様の腕輪がちゃんと機能して良かったです。
「クリスラっ! 貴様、またもや失敗したのか!!」
相も変わらず、王様はお元気でした。
氷に足を固定されているのも一緒でして、同じく氷の中に足がある状態でこちらに戻っていたクリスラを叱責します。
「デュランの統治権を返上して貰うしかないな! 伝説の魔女マイアも悲しんでいることだろう!」
そのマイアは私の横で天幕の中をキョロキョロしていました。
「うわぁ、私が生きてた頃と大して変わらないのですね。技術も魔法も進歩していないのですか?」
私に聞かないでください。2000年前の文化なんて学者しか分からないですよ。
私はマイアの妙な驚きに気を取られたのですが、クリスラはちゃんと王様に返答致しました。
「陛下、大変申し訳御座いません」
ゆっくりとクリスラは目を開きます。それに王様がたじろいだ様に見えました。
「我らデュランは今回の戦から退きます。また、私は聖衣の巫女が示した奇跡を讃え、私の影響力がある範囲で、各都市及び貴族の方々へシャール包囲網に参加しないように説きます」
そう言った後、クリスラは私に頭を下げました。なので、私も軽く頭を下げます。礼儀正しいです、私。
「何を言っているんだ、クリスラ!? 外にはロヴルッカヤーナがいるんだぞ! 貴様もその可能性を考慮して、ここに来たんだろうが!?」
「はい。しかし、我がデュランと神獣リンシャル様にとっては最早ロヴルッカヤーナは脅威で御座いません。ようやく私も飲み込めました。何故にリンシャル様が彼女を敵視していたのか。いえ、推測でしかないのですが」
推測? 脅威? ルッカさんに何かの事情が隠されていますね。そのミステリアスな雰囲気、気に入りません。大人の女性感はずるいです。
「……リンシャル様……か」
ポツンとクリスラが呟きました。常に静かに喋るクリスラですが、今の声は侘しさを帯びた感じでした。私もあの小さい狐達が消えてしまって悲しいです。
「な、何を言っているんだ、クリスラ……」
「私の推測が正しければ、王都タブラナルにとって、未だロヴルッカヤーナは敵でしょう。どう判断されるかはお任せします。しかし、陛下も一旦退かれ、始祖ブラナンの祭殿をご訪問されることをお薦め致します」
クリスラの淡々とした言葉に王様は遂に口を閉ざされました。
続いて、彼女は私に深く頭を下げて言います。
「聖衣の巫女よ、私は驕っておりました。世に教えは多く存在しても、我がデュランのマイア様だけが実在する神だと信じておりました。シャールの竜の神殿は、伯爵の集金マシーン、または貴族の娘達の遊び場、そんな思いさえ有りました」
し、集金マシーン? クリスラからそんな単語が出るとは思いませんでしたよ。
「あなた方が信仰するスードワット様も顕在されているのでしょう。蜥蜴と貶した事、深く深くお詫び致します」
おぉ、クリスラさん、とても良い人でした。私、感動です!
「こ、これ。リンシャル、様が最後にくれたものです。どうぞデュランがお納めください」
私は狐の眼球みたいな石が付いた鍵を渡しに行く。厄介払いのつもりは無いのですよ。
「ならば、私もこのスードワット様から頂いたと伝わる腕輪をお返しましょう」
クリスラは腕輪を外しまして、近付いた私の手に填めてくれました。私が渡した鍵はクリスラの両手に包まれました。
世の中、敬意ですよね。思い遣りの心が大事なのです。何でも暴力で解決の人は愚かだから滅ぶべきだと思いましたよ、うふふ。
私は腕輪を撫で回します。




