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腕輪と空間

 さぁ、話も付きましたし、帰りましょう。

 そんな雰囲気の中、クリスラが壊れた腕輪を見ていました。金色で線の細い、お上品な印象のヤツです。外側には繊細な彫刻がしてあって、聖竜様のご趣味が素晴らしい事が見てとれます。

 ですが、クリスラが踏み潰したことでペシャンコに棒みたいになっております。


 うん、これは私が回収致しますね。で、直して私の物と致します。


「弱りましたね……」


 ん? クリスラ、私の行動を先読みしましたか?

 困ることはないのですよ。貴方にはアデリーナ草の茎で作った腕輪を差し上げましょう。私のハンドメイドですよ、凄いですよ。コッテン村に帰ったらお作りしますから。


「……戻れませんね」


 ん? そちらでしたか。ちょっと胸を撫で下ろしました。


「クリスラ、大丈夫ですよ」


 私は腕輪を慎重に拾いながら、彼女に言います。慎重なのは、クリスラに咎められないかドキドキしているからです。

 それにしても、こいつの額の目がとても不気味ですね。おでこの半分くらいを占めるサイズな上に、獣の眼なんですから。


「聖衣の巫女、あなたなら、ここから出られると言うのですか?」


「あそこの狐に頼めば良いんですよ」


 私の言葉にクリスラは首を横に振りました。


「あなたを閉じ込めた二つの部屋はリンシャル様がお作りになった場所。ですので、リンシャル様のお力で脱出できるのですが、ここは違うと聞いております」


 そうなの?

 私は伏せたままの狐を見る。それから、「喋れ」と顎で命令する。



『……はい。ここは僕が譲り受けた場所なんです。その腕輪を身に付けた者だけが現世とここを往き来できるんです……。そのクリスラちゃんに付いている目がゲートになっています』


 ふむ、事情はよく分かりませんが、宜しい。私がやりましょう。見る限り、最初の部屋と同じ様ですから、掘れば行けるでしょう。


 ……ん? あの時はクリスラの目の中で、出て来た時はクリスラの目から血が出ていました。今、思えば、無理矢理に破壊するかの様に脱出したからでは無いでしょうか。


 いえ、それ自体は大した問題では無いのですが、ここの空間を出たとしてもクリスラの第三の目がある場所、つまり、ここに出てしまう?


 それに、この空間が破壊されるのだとしたら、出てくるこの空間もなくなって、いえ、でも、そうすると、私は一体どこに出現してしまうのでしょうか……。空間が破壊されているのだから、そのままなのか?


 それよりも、クリスラの額の目に空間のゲート、つまり入り口があると言うことはどういう事なんでしょう。この空間に入るための門が、この空間内にある? どんな状態なのでしょう。


 不可思議で大混乱です。


 ……お構いなく破壊するのを試してみますか。いえ、しかし、危険な香りもします。




「うん、分かってきましたよ」


 なっ、マイア! 何を理解したと言うのですか!? この私がこんなにも悩んでいるというのに!


「さすが、僕が愛する君なんだな」


「母ちゃん、凄いよ」


 ご家族の皆様から賞賛の嵐です。まだ、マイアは何も言っておりませんのに。仲良しこよしで御座いますね。


「マイア様、その頴悟(えいご)なること、流石で御座います」


 ぬぬぬ、クリスラまで……。



「な、何が分かったと仰るのですか?」


 頭脳でも私はあなたに負けたくないのです、マイアよ。


「私達が住んでいた空間、クリスラの言葉を借りれば浄火の間でしたか、それ以外に、斎戒の間と、ここ、楽欲の間があるのですね。何のためでしょう? メリナさんなら、お分かりだと思いますが、シャマル、どうですか?」


 おぉ、私が思い悩んだ事とは別でしたか。しかし、全く分からないです。当てられなくて良かったです……。


「えーと、多い方が嬉しいからかな?」


 そうですね、シャマル君! 家でも部屋数が多い方が断然楽しいですものね! コッテン村で、そう思いましたもの。


「違います。次はクリスラ、どうぞ」


 ばっさりでした。でも、シャマル君は表情変わりません。強い子ですね。



「斎戒の間は身を清める為、浄火の間は悪を清める為、楽欲の間はリンシャル様に聖女が教えを乞う場所です」


 あれ? 浄火の間でマイアと会話できるはずなのに、リンシャル、あの狐に教えを乞うのか?


「クリスラ、浄火の間とあなたは呼んでいますが、あのような荒んだ風景ではなく、木々が生い茂る状態の時もあったはずです。むしろ、その時間の方が長いはず。ならば、その呼び名と矛盾していませんか?」


 確かに。マイアはあの空間に人々が多く住む生気に溢れた時があったと言っていました。今は争いの跡が残った姿でしたっけ。


「……浄火の間と豊穣の間は同時に来ない、と聞いております。その豊穣の間が、マイア様の仰る木々の生い茂る空間なのでしょう」


 クリスラは続けます。


「浄火の間が出現している場合、マイア様が世の乱れを憂えており、数は少ないですが魔族などの強大な魔力を持つ者を罰することを望んでいると聞いておりました。逆に、豊穣の間が開いている場合は斎戒の間に優先して魔族を――」


 まだ説明しようとするクリスラをマイアが手のひらを前に出して、ストップとジェスチャーしました。


「要は、各空間に閉じ込める者達の数、言い方は悪いですが、魔力を供給する量を調整していたと言うことですね」


「その様なつもりは御座いません。が、結果としては、その通りで御座いましょうか。マイア様が統治される理想郷、豊穣の間を乱す訳にはなりません。それに、私たちも無闇に行っていた訳ではありませんが、手に負えない悪人や害獣の内、特に強い者を封じる場合は浄火の間へ、と伝授されております」



 ……うーん、退屈になってきました。聖竜様の腕輪を修理しましょうね。まずは、クリスラに踏まれて平たくなっているのを広げますか。



「私にそれを伝えなかった理由は、そこの精霊がそう言うからでしょう?」


「……はい。神獣リンシャル様です」



 クリスラに軽く礼をしてから、マイアは伏せて動かない狐に近付く。


「ありがとう。私の精霊さん。お会いするのは今日が初めてですね」


 狐は伏せたまま声を出す。


『マイアちゃん……。なんで……』


「私の消滅を避けてくれたのでしょう? それに私が自暴自棄、いえ、長い時の中で狂気に囚われた時には、魔力の供給量をコントロールして落ち着くのを待っていたのでしょう」


『そうだとしても、僕は君を閉じ込めて満足していたんだ……ごめんよ……』


「忘却は全ての救い。あなたも私も、それに救われるのだと思いますよ。神がいるなら別ですが、誰も私どもを罰しません。自らで罰するしか無いのです」


 訊きませんが、マイアもあの空間で何か残酷な事をしていたのかもしれませんね。


『ぼ、僕は、マイアちゃんを見ていたかっただけなんだ。でも、いつの間にか、僕が外に出たく、いや、人間と一緒に遊びたくなって……。マイアちゃんを呼ぶ声に反応したら、女の子がいて……。どうしてなんだろう、目が欲しくて取引をしたり……』


「魔力の昂進による自我暴走ですよ。生物では稀に見られる現象ですが、魔素の塊である精霊でも起こり得ると、あなたの様子から理解しました。メリナさんとの戦闘で、魔力が削がれて良かったですね」



 狐は動かなかった。しばらくしてから、少しだけ震えた声で言う。


『……クリスラちゃん、目を返すね。あと、あげた目は返して貰うよ。僕は大きくなりすぎたんだ。一度リセットするよ』


「分かりました。私はマイア様とリンシャル様の導きを信じ、それが世界の裨益(ひえき)となると(おも)う者。どうぞご随意に」


 クリスラは静かに正面を向きます。背筋を凛とした姿勢は宗派が異なるにも関わらず、立派に感じてしまいました。

 ……私もあんな感じになれますかね。巫女長様もニコニコしながら全てを受け入れそうです。偉い方は心構えが違うのでしょうか。


 なお、目は魔力を捏ねて作っていました。狐が去った後の浄火の間にゴロゴロ落ちていた目とは別物らしいです。それを返したと言って良いのでしょうか。


 それに目は戻ったはずなのにクリスラは閉じたままでした。額のど真ん中にあった大きな狐の目もなくなっておりますので、どうやって見ているのでしょうか。




「ところで、お嬢ちゃん。どうやってここから出るんだな?」


 うん? 師匠、私を頼りにするのですね。

 宜しい。お答えしましょう。


「腕輪、直りましたよ。ガッと開いたら、元の輪っかみたいになりました」


「「えっ」」


 とっても単純な解決方法でした。

 マイアさんがマジマジと私の持つ腕輪を見ます。

 

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