人任せ
だだっ広い場所にポツンと出した長方形のローテーブルに座ります。
ただ、クリスラだけは立ったままでマイアが勧めるまでは椅子にも触れませんでした。
あっ、狐を忘れていました。あいつが仰向けだとふぐりが丸見えで大変に見苦しい為に、伏せの姿勢としました。もちろん、私が命令しましたよ。
さて、今から話し合いです。
まずは自己紹介からですね。私から始めます。
「メリナです。聖竜様の神殿の巫女見習いをしています。宜しくお願いします」
しっかり挨拶しますよ。何せ、この場に居るのは、シャマル君を除いて「死ね」とか「くたばれー」とか言った人達ばかりでして、私の印象を改めて貰う必要がありますから。
「マイアです。実質としてたぶん数百万年、生きてます。クリスラとは五万年前からの知り合いです。メリナさんとは100日くらいでしょうか」
……そっか、それくらい居たのかな。現実には血が乾く程度なのですが、時間の流れが違うと、そんな感じになるのですね。
神殿に所属した日数よりも師匠達と過ごした時間が長いとはびっくりです。
「僕はマイアの夫なんだな。名前はないんだ。ゴブリンだからかな」
えっ! 師匠!! 何て悲しいんですか!?
マイアも自分の夫に名前くらい上げなさいよ!
衝撃的ですよ。
「シャマルです。8万年くらい生きてます。父ちゃんは5万年なので、僕の方が歳上です」
師匠!! 師匠の目が大きく開かれましたよ! 大丈夫です。シャマル君はきちんと父ちゃんと今も呼んでいました!
だから、お気になさらず!! あぁ、そんな涙目になってはいけません!
お茶、お茶です! 私の淹れたお茶を飲んで、落ち着いて下さい! 粗茶ですが、美味しいです!
私がハラハラさせられている中、クリスラの自己紹介が終わっていました。
完全なる聞き逃しをしてしまいましたが、まぁ、良いでしょう。せいぜい、名前と職業くらいで、大した事は喋ってないと思います。
ついでに、狐も自己紹介をし始めたので、そちらは止めさせました。時間の無駄ですから。
さぁ、マイア、出番ですよ。この私を満足させる結果を引き出しなさい。
「クリスラ、まずは私があなたが信仰するマイアであることを証明致しましょう」
マイアは肩掛け鞄に手を入れて、皮の表紙もボロボロの本を何冊かテーブルの上に出して来ました。その内の一冊を手にして言います。
……マジックバッグだ……。見た目以上にいっぱい入る、とっても高価な貴重な物ですね……。
「この本はあなたが贈ってくれた物ですよね」
クリスラは額の目を使って、本をペラペラと読む。
「はい。間違いないです。私がマイア様に献上した伝記の1つです。私自身の註記も確認しました」
クリスラはマイアに断ってから、他の本にも手を遣る。
「これは……。前聖女様の筆跡ですね。絵とその文字表記、これは発音の仕方?」
「長く生きていると言葉が変わってくるんだな。それを避ける為に使っていた本なんだ」
師匠が横から口を挟んできました。
「そうそう。1000年もすると独自の言語になってしまうのですよ。聖女さん達と話すのに不便だから、たまにそれを読んだりしていたのです」
スケールの大きな話ですこと。
「マイア様、私はリンシャル様が否定されない事からもあなたをマイア様と認めております。また、メリナさんにつきましても、同じくリンシャル様が敵意を見せていないことを証しに、信じようと考えています。まずは、非礼をお許し下さい、聖衣の巫女メリナさん」
おぉ、役に立つじゃないの、狐。
このまま素直に話が進みます様に。
マイアとクリスラが話をしていく中、私はティーカップに手を伸ばし、ゆっくりと茶を口に入れます。
王が何たらとか、シャールの一人勝ちで良いのかとか、よく分からない話をされていますが、私にはどうでも良いことで、師匠やシャマル君と、一番好きな魔力の色は何かで盛り上がっていました。
途中でマイアとクリスラは少し離れた場所へ移動されて立ち話に切り替えておられました。騒ぎ過ぎたのでしょうか。言ってくれれば、反省しますのに。
チラッとロクサーナの目的は、とか言っているのが聞こえました。
興味はないので、師匠との会話を続けます。
「お嬢ちゃんは本当に強いね。その漲る黒い魔力は何なんだろうな」
何でしょうね。今になって気付いたのですが、そこの狐と戦った際に空間にあった黒い魔力を体内に入れたりしていたせいか、以前よりも私自身の魔力が黒くなっている気がします。
これは不味いです。聖竜様に早くお会いして、もっと白いのを頂かないといけません。
忌々しい狐も白い魔力を持っていますが、微妙に黄色くて、あと、狐自身が気持ち悪いのでご遠慮致します。
『……その方は強いって表現では良くないよ……。魔力からの物質そうぞ――』
狐が呟きましたが、お前とは話していません。私が睨み付けると、言葉を止めました。
よし、そのまま伏せの状態で黙っていろ。
「うん、メリナは強いよね。でも、そんなに凄いのに自分の精霊は呼び出せないんだ?」
おぉ、シャマル君、痛い所を突いて来ましたね。確かに聖竜様を呼び出すことは未だ能わないのです。とっても悲しいです。
「シャマル、だめなんだな。また、お嬢ちゃんがあの竜を造り出そうとおかしな事をし出してしまうんだな」
「父ちゃん、竜ってどんなんだろうな。見てみたいな」
シャマル君、本では見たことがあると言っていたけど、実物はないのですか。
よし、お姉さんが一肌脱ぎましょう。
聖竜様を……、いえ、でもすぐに消えてしまうか。シャマル君には竜が羽ばたく所も見て欲しいですね。
ガランガドーさんで良いですかね。普通の竜よりは大きいので、シャマル君も驚きビックリしてくれるでしょう。
さてさて、ガランガドーさんは黒い感じの魔力を捏ねて作りますか。この空間には余りないので、床を拳で叩き割ります。師匠一家が居た空間だと石の中に黒い魔力がいっぱい有りましたから、同じ様に出そうとしたのです。
「び、びっくりするんだな。いきなり床を殴るなんて、何かストレスでも溜まっているのかな。そんな風には全く見えないんだな」
師匠め、疑問に思ったとしても、もっと優しく言いなさい。
それに、黒い魔力は涌き出て来ませんでしたので、完全に無駄なアクションでしたよ。狐を怯えさせる効果しか有りませんでした。
致し方御座いません。私の体内に取り込んだ魔力を使いましょう。
私が体から黒いのを放出していると、マイアとクリスラが話を終えて戻ってきました。私の体からはプシュプシュと魔力が出て来るままです。
「メリナさん……。何て言うか、極悪な魔王みたいですね。そんなに黒い魔力は珍しいです」
太古の魔王と本当に対峙したマイアには言われたくないです。
「でも、あれは魔素を吸収しての黒でしたね。メリナさんのは、それと違った感じがしますね」
エルバ部長にもそんな事を言われた気がします。
「だいたい打ち合わせは終わりました。メリナさん、その魔力をお戻しください。では、クリスラよろしく」
真面目な話になるのですか、了解です。シャマル君に竜を見せてあげるのは別の機会にします。
マイアに促されて、続きはクリスラが説明しました。私は黙って聞きます。
今回の戦争を止めるに当たって、クリスラが前面に出ることになりました。私がやってしまうと、王国の中で私を邪険に思う人たちが出て、危険だからだそうです。
マイアは徳と実績の違いと言うのです。何となく悔しいです。が、従います。何万年もの年の功が有りますし、クリスラも任せて欲しいと言うのですから。




