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三度目

「おい! クリスラっ! どうなっているんだ!? 貴様、実はシャールと内通しているのではあるまいな!」


 天幕の中、王様の怒鳴り声がまた響きます。


 少し高い所にお椅子があるので、王様の足首くらいまでしか氷が張っていない為にお元気なのでしょうか。

 いえ、それでも冷たくて痛みが出てくるのが普通です。魔法の靴でも履いておられるのだと思いましょう。

 何にしろ良かったです。王様を傷付けたなんて事になったら、私、言い訳無用で死刑にされますよ。いえ、今でもギリギリアウトっぽいです。



 王様の言葉に対して、クリスラは静かに首を横に振ります。

 それから口を開いて、私に語り掛けました。片目からの血の流れは乾いていて、こちらの時間も少しばかり進んでいた事が分かります。


「……あなたは何者でしょう? マイア様の忠実なる(しもべ)の長、歴代の聖女に伝わりし浄化の術が破られた事は極めて少ない――」


 その途中で王様が遮ります。


「おい! そいつの仲間が増えて、ゴブリンまで出てきているぞ! 早く殺せ!」



 王様の指示通りに言葉を止めたクリスラは黙っています。でも、表情は変わらず、穏やかなままです。

 私の後ろにいるマイアも沈黙し続けていまして、場が静かになります。


 マイアは王様を説得してくれると言ってくれていたのに、何故動かないのでしょうか。私、騙されましたか?


 先に喋ったのはクリスラでした。



「……聖衣の巫女よ。その邪悪な魔力を隠す事もしなくなったのですね。あなたは、この地で何をしようとしているのですか」


 ……何を言ってるのですか。私は変わっていません。

 邪悪なのはあなたです。有無を言わさず、私を別空間に放置したのですから。私でなければ、死んでいました。

 マイアから聞いた話の通り、害なす獣や悪人を閉じ込めることは許しましょう。でも、この善良なる私には必要ないでしょう!


「ここまでの存在とは……。フローレンスさんは何をされていたのでしょうか。仕方ありません」


 クリスラの額に横向きの割れ目が出来る。その黒い筋が開き、現れたのはもう1つの目。


 でも、それは人の目ではない。茶色くて、何より瞳孔が縦長。獣のそれ。


「我は遥拝する。深淵に至る炯眼と、其を涵養(かんよう)する枯色の吼噦(こんかい)へ。西院の――」


 さぁ、早くマイアさん。クリスラは魔法まで詠唱し始めてますよ、マイアさん、説得を。時間が無いですよ。


「……マイアさん?」


「すみません、メリナさん。どうも癖が抜けず、『お願い』でクリスラさんの詠唱を止めようとしてしまいました。こっちでは、そんなの意味なかったですね」


 ちょっと!

 マイアを信頼して、彼女がどうにかするのを待ったのが失敗でした。今から飛び込んでも魔法の詠唱を中断させれるでしょうか!?


 私は改めてクリスラを確認します。


 あぁ! クリスラの第三の目に集まる魔力の質には覚えが有ります! あの狐の物です! あいつは性懲りもなく、またもや私を邪魔すると言うのか!?


 あの害獣め、次は逃がさんからなっ!



 もう間に合わないと判断した私は、クリスラの手が合わさるのを冷静に見ていました。

 あと、聖竜様が昔の聖女に与えたという腕輪に目が行きます。あれ、欲しいです。

 だって、私、聖竜様から物質的なプレゼントを貰った事がありませんもの。

 クリスラがくれないなら、破壊してやります。ぐちゃぐちゃにして、この世から消し去ってやります。



 術は発動して、私は例のごとく、違う空間に立っていました。床以外に何もない場所。クリスラに転送させられた最初の場所と似た感じです。


 違うのは、師匠達もいる事とその空間の魔力の濃度が濃い事。いえ、最初の空間にいた時は魔力を見ることが出来なかったので、一緒なのかもしれません。でも、間違いなく、マイアや師匠が居た場所よりは濃いのです。



「ここは楽欲(ぎょうよく)の間。神獣リンシャル様の御座す場所」


 そう言うと、クリスラは右腕に嵌めていた腕輪を外して、それを踏み付けた。細いそれが倒れる前に正確に潰した動きから、武の心得がある様に感じました。見掛けに因らず、強敵かもしれません。


 しかし、私はそれどころでは無いのです。

 

 あぁ、それは聖竜様からのプレゼントですよ! 何て事でしょう!? あんなにひしゃげて可哀想です。そんなマネをするなら、私に下さいよっ! 私が破壊するのは良いとして、あなたに破壊されるとは思っていませんでした!



「転移の宝具は壊れました。また、ここは極めて優れた転移魔法使いでも、その能力が無効化されると伝わっております。つまり、脱出不可能です」


 クリスラは額にある大きな目で私を睨む。


「その上で、神獣リンシャル様の御力をお借りし、あなたを滅ぼします!」


 クリスラの横に巨大で茶色いあの狐が現れました。でも、顔にぎっしり付いていた目は、もう有りません。普通の狐の顔です。


「覚悟なさい。あなたがどの様な方法で斎戒の間、浄火の間を出たのか分かりませんが、神獣様の前では無力と知りなさい」



 クリスラがつらつら喋る中、その神獣と呼ばれた狐と目が合います。もう二度と会う事は無さそうな会話をしたのに、即日ですからね。

 あっちは気まずい事でしょう。


「また会いましたね」


 私は狐に微笑みながら言う。勿論、殺意も乗せております。

 それに対して、狐はゆっくりと腹を上にして寝そべります。負けを認めた犬みたいです。


 あん? 遅い!

 戦っていた時のように、転移でその完全降伏の体勢になれよ。



「……リンシャル様? 如何なさいましたか?」


 くふふ、クリスラの動揺が愉快です。


『ク、クリスラちゃん。この方はダメだよ、ダメ。逆らってはいけないよ』


 狐は顔を空に向けたまま言いました。

 ふむ、ちゃんと躾出来ていましたね。


「リンシャル様?」


『ほ、ほら、横にいる黒いフードの人なんて、君が信仰しているマイアちゃんだよ。良かったね、うん。戦っちゃダメだよ。嘘は言わないから』


「ま、まさか……。歴々の聖女様の記録では、あの方は声しか聞こえないとなっていますのに……。いえ、しかし、確かにあの魔力の感じは……。それに、あのリンシャル様が仰るからには」


 クリスラは静かに膝を折り、手を組んでマイアに祈る形となりました。


「あぁ、クリスラ。そんなに畏まられなくても良いですよ。メリナさんも含めて話し合いましょう」


 やっとですね、マイア。

 戦いに来たわけではないのですよ。覚えてくれて良かったです。



 私は空間に充満する魔力を使用して、テーブルを出します。イメージはアデリーナ様の部屋にある装飾が豪華なヤツ。椅子やお茶、菓子も人数分出します。

 さぁ、平和的に行きましょう。

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