服従
完全にお陀仏にしたはずなのに、狐は槍が刺さる前の姿で再出現して無事でした。しぶといです。
転移することで、体が元に戻るのですね。ずるいです。
『……許してください……。もう消えます。もう人間の世界に出たいなんて思いません……』
ぶつぶつ呟いていて、それも私を苛立てます。
『僕は君に従います。あぁ、竜の様に強き方。いえ、人の姿をされた竜だったのですね』
おほ?
すっごく良いことを、今、仰いましたね!
あぁ、よく見ると、狐さん、モフモフで可愛い感じがしましたよ。ふーみゃんほどでは無いですが、うん、愛らしいです。
うんうん、私のペットになりますか?
『ですから、あなたの精霊にならせて頂きます』
それは許さん!
聖竜様と私の繋がりが薄まるだろうがっ!!
滅べっ!!
私は槍を出して首に刺す。並の獣なら即死ですが、この狐は大丈夫です。転移による異常な再生能力を持っていますから。くそ、忌々しい。
『あぁ、そうです……か……。僕程度なら不要だと……。分かりました。もう戻ります。眠ります。また、会う日まで……』
「待て。私たちをこの空間から出しなさい」
『はい……、仰せのままに。でも、少し休憩を……』
その言葉を最後に、狐の体は消えました。文字通り、霧散という感じでして、狐の体を形成していた魔力が白く光りながら散らばり、そして、大きな体が消え去ったのです。
ふぅ、終わりましたね。
戦いの跡地を眺めます。狐が最後にいた所には丸っこくて白っぽい物が何個も落ちていました。
……目ですね。狐の顔にいっぱい付いていたヤツに違いありません。この赤い瞳とか見覚えありますもの。
見なかったことにしましょう。あの獣は去る時さえ気持ち悪いとは、とんでもない害獣ですよ。
マイアはまだ倒れたままです。ピクリともしないので、昇天されているかもしれませんね。
そのまま逝かれますように。
と祈っていたにも関わらず、マイアの指先がピクリと動く。
……こいつもしぶとい。まぁ、いいです。溶岩の川に投げ込んでやりますからね。お星さまになって下さい。
「ああーー! 大丈夫なのかなあ!?」
ちっ。師匠の声が後ろから聞こえました。
もう戻って来やがったのか。いや、普通に考えたら小屋からこっちの様子を伺うか。
師匠はマイアの傍へ駆け寄ります。
「こ、この人が僕の嫁さん……。う、うん、脈がまだあるんだな。良かったんだな」
ふむ。私はゆっくり近寄る。
「お嬢ちゃん、凄いんだな。僕達家族は感謝しかないんだな」
聖竜様にマイアを近付かさせないようにしないといけません。マイアを仕留めたいですが、それは師匠が邪魔するでしょうか。
……いっその事、二匹とも殺すか。私と聖竜様の輝かしい将来にとっては、それが最善な気がします。
いや、しかし、シャマル君が独りぼっちになってしまいますね。
仕方ありません。次善の策です。
「師匠、絶対に奥様を大事になさって下さい。他の者に靡かせてはなりませんよ」
「も、勿論なんだな。僕は絶対に他の人には靡かないし、嫁さんも僕しか見ないよ」
約束ですよ。絶対に、絶対の約束ですよ。
私たちは小屋で一服しています。狐が私たちを解放する時間を待っているのです。
あいつが約束を守らなければ、師匠が言っていた、空の星を目指す予定です。過去に何人かは彼処に到達して脱出したと、意識を戻したマイアも言っていますし、今の私なら何らかの魔法で簡単に届くだろうと思っています。
マイアが石製のカップにお茶を淹れて出してくれました。ゴトリと重い音がしました。
私が殺す気で殴ったのにマイアの顔は腫れも痣も出来ていません。それはフードのお陰だそうです。2000年前の偉大な魔法使いであった彼女は、当時の大国から魔力で身体的ダメージを緩和する特殊な装備としてそのフードを提供されていたのでした。
なので、次回に殴るときはフードの無い鼻っ柱ですね。良い情報を頂きました。あと、自分で偉大な魔法使いとか言うのは、エルバ部長に通じる物がありますね。
「メリナさん、私にお任せ下さい。クリスラと敵対しているからこそ、ここに来られたのでしょうから、私が説得致します」
マイアがそう言います。
「ですので、先ずは状況を教えてください」
提案に乗るべきでしょうか。しかし、私では王様の前で緊張してうまく話せないかもしれません。元の世界よりも時間の流れが早い、この空間で長年生きている年の功を利用させて貰いましょうか。
しかし、もう何日も前の事ですので、私も忘れていますよ。
戦争を止める為に、王様の天幕に突入していたんですよね。あっ、兵隊さんがいっぱいいたから、纏めて足まで氷漬けにしたんでした。
あと、ルッカさんがお食事中でしたね。
そもそもは、シャール伯爵様との謁見式の夜会で、何故か伯爵の祖母であるロクサーナさんが変な宣言をしたのが悪いのです。
その辺りを掻い詰まんでマイアに話しました。
「分かりました。あなたは、そのシャールという街を救うために王と会談する予定だったのですね」
正直、今、振り返ると、会談というより強襲に近かったかもと感じております。人間って時間が経たないと気付かない事がありますね。
「その豊かな街シャールの支配権を争っての内戦でしょうか。展開の早さからすると、だいぶ前から準備はしていたと思われますね。うん、大丈夫です」
マイアはニッコリされました。アデリーナ様とは違う、裏の無い笑顔です。
「私は長く、この空間で人々の営みを見ていましたから、どのパターンか、大体予想が付きます」
おぉ、マイアの命を奪らなくて良かったかもしれません。頼りになる人をゲットでしょうか。
マイアは師匠に顔を向けます。
「あなた、あっちの世界でも一緒に暮らしましょう。シャマルも一緒ですよ」
「君、勿論なんだな」
「母ちゃん、楽しみだよ」
家族愛を見せられた所ではありますが、師匠は厳しいかもしれませんね。何せゴブリンですから。
街に近付くだけで、グレッグさんみたいな早合点する人に襲われそうですし、最悪のケースとして、オロ部長と遭遇の場合だと気付いたらお腹の中みたいな悲劇が起きてしまいそうです。
「メリナさん、感謝致します。ようやく、私達にも死が訪れるのですね。長かったです」
マイアは椅子に座ったまま、頭を下げました。師匠はそのままですが、シャマル君も同じく私に感謝の礼をくれました。
「そろそろ移送されるでしょう。魔力を感じます。私達は解放されるのです」
マイアがテーブルに置いていた肩掛け鞄を手にすると、視界が暗転しました。
視野が回復すると、目の前にクリスラがいまして、また、王様も椅子に座っているのが見えました。足元からは冷気も感じ、元の世界に戻ったことを確信したのです。
長かったです。




