異常な戦闘力
糸を引く狐の牙が目に入る。
これは敢えて、自らの強さを見せつける行為です。やはり獣ですね。おバカです。浅知恵です。
狐の足に魔力が集まっているのを確認しました。恐らくは上方の顔に意識を持って行かせ、その隙に飛び掛かるつもりだったんですよね。
ですが、明らかに見え見えです。
私は腕を前に、そして、手の甲を下にして、指をチョイチョイとする。「掛かって来い、この低能の畜生め!」という意味です。
『グアアァーーー!!』
あら、怒りました。メリナ、怖いです。
狐は姿勢を低くしたと思った途端に、飛び跳ねます。うんうん、分かっていましたよ。お前如きに私の足がすくむとでも考えていましたか。
そんな速度では私を捕らえることは出来ないのですよ。
黒い魔力を集めて、壁を構築。
激突の音と振動がビリビリと伝わってくる。
痛そうですね。
更に奴がいると思う壁の向こうに、これまた黒い魔力で地中から槍を出現させる。十本くらいで良いのかしら。
それから、黒い壁も何本もの槍に変質させ、狐に刺す。
私の視界には、縦にも横にも串刺しになった肉塊が出来ていました。
辛うじて、首はまだ繋がっていましたね。
『……ぐ、ぐぁ……。な、何者なんだよ……?』
ほほう、まだ意識が有りましたか。
「竜の巫女の見習い、メリナです」
『お、おかしいよ。人間如きが僕を圧倒するなんて……』
逆でしょう。狐の分際で、この私に歯向かうなど笑止千万ですよ。私がその気になれば、あなたは狐汁になって、私のお腹に入る運命なのです。
「もうすぐ、死にますよね?」
『く、くぅ。くそ。…………もう許して。……体が欲しいなんて、もう言わないから。自分の世界に帰るから。帰してお願い』
バカか。助けるメリットが私に何も無いじゃないですか。
お前は死ぬんですよ。
『なぁんてね』
血塗れの狐は突然消えた。転移魔法ですね。分かりますよ。だって、私の後ろにあった魔力の質が変わっていましたもの。
後ろにあるものが見えるって凄いです、私! 魔力を見る能力というものは、たぶん、実際の目とは違うんでしょうね。きっと心の目と言うヤツです! きゃっ、聖竜様の心の目で私を見詰めて頂きたいです。
猛烈な勢いで襲ってくる風圧を背中で感じながら、私は目の前の黒い槍を蹴って、高く宙返りをする。
頭が下になった時に狐の口が、さっきまで私が立っていた所に有るのを確認した。気配通り、そこに出現して私を噛み砕こうとしたな。
状況確認する私と、幾つかの狐の目と視線がぶつかる。本当に気持ちの悪いお顔ですこと。
『舐めるなっ!!』
狐の口調が粗暴になりました。でも、舐めているのはお前ですよ。
血塗れだったはずの狐ですが、転移後には元の茶色い狐となっておりました。再生能力が優れているのかな?
狐の尻尾の毛が逆立ち、針のようになる。で、それが何本も私を刺そうと射たれた。
それに対して、私は黒い箱を、土台にすべく、宙返り中の足元に出す。そして、落下速度を速めるためにそれを蹴って、素早く狐の背を目指します。針は横腹や頬を掠めていきました。私が魔力を操って狙いをずらしたからです。
狐は背中の毛も針ネズミのようにトゲトゲに変わっていたのですが、今の私には関係ありません。
黒い魔力で大きな薄い板を空中に作り、それを勢いよく水平移動させて薙ぎました。
斧の刃を横から当てるイメージでして、狐の針を根本からポキポキ折れて行きます。首が下がっていなければ、断頭できていたのに。
あっ、水平でなく垂直に叩きつければ良かったです。そうすれば、胴体を真っ二つにして戦闘終了でしたね。
とはいえ、私は殴りたかったのです。毛を剃られて白い地肌の見える狐の背中に私は頭から向かっている。拳を引いて狙いを定めます。
一撃で背骨を潰して差上げますからね。
狐の向きが瞬時に変わる。
隙だらけだったのに、迎撃体勢です。
背中だったはずの所が、大きく開いた口になりました。
狐はまたもや転移したのだと思う。魔力の動きがはっきり見えましたから。魔力を集めて体を構築すると同時に、古い体を消していました。
なるほど、転移とはそういう原理なのですね。
……私が回避するには少し余裕がないかもしれません。殺すつもりで加速していたからです。
殴れないか、とても残念です。
狐の長い顎が上下から私に迫ります。
『ぐふふふ、メリナちゃん、頂きまーす』
狐の妙に明るくて、でも、ねっとりした声が聞こえました。口を開けたままなのに、そんなのを言えるって本当に気持ち悪いですね。
「お腹、壊しますよ」
黒い魔力を使った丸い壁で自分の体を囲む。多少の衝撃が壁の向こうから伝わってきました。砕こうとしたんですね。無駄です。
この黒い魔力はギュウギュウに押し込める事が出来るのです。お前が出てくる前の白い塊なんかよりもギュウギュウにです。そんな物をお前が破壊できるとは思いません!
噛み付いたのかも分からない程、勢いそのままに狐の体内に入り、途中で私を守ってくれていた壁を爆散させる。
私は開いた狐の穴から飛び出て、地上に立つ。
うわっ、汚ないなぁ。髪の毛まで血塗れですよ。
狐に止めを刺したと思ったのですが、残念ながら転移して、ヤツは元の体へと戻りました。
私が汚れた分、損した気分です。
『な、なんだよ、君は何なんだよ……? こんなに魔力を使役できるなんて、人間じゃない?』
人間ですよ。聖竜様への信仰心に篤い素晴らしい人間だと思います。
だから、質問する前に死ねよ。
私は無言で手を前に出す。
『な、何だよ! まだ何か出来るの!?』
くふふ、だいぶ弱って来ましたね。お耳が垂れてますよ。もう少しお待ちください。殺して差上げますから。
ただ、周りにあった黒い魔力が減っておりますので、少し供給しましょうね。私は体内に蓄積した魔力を少し放出する。石を砕いた時に中からフワフワ出てきて、私に吸収されていたヤツです。
何となくそんな事も出来るかなと思ったのですが、結構上手く行きました。黒い霧みたいに立ち込めました。
これでは狐を見にくいので、魔力を私の背へ移動させ、全てを槍にします。
振り返らなくても感じで分かります。とても尖ったのが幾本も狐を狙って宙で構えています。
『ひっ! そんなの人間じゃない!! 人間じゃない! 許して、許して!』
失礼な獣です。
私は立派なレディーですよ。
槍を発射。狐は転移をしたものの、私には移動場所が分かりましたので追尾。グサグサと刺します。
槍の束は狐を完全に引き裂いたかな?
と思うのも、無数の針で全く毛や肉は見えませんから。荒れ地に血溜まりが出来つつあるので仕留めたと感じるのですが……。
ぬっ。転移だ。
私は再度、黒い槍の準備をする。もちろん、たくさん出しただけでなく、狐が転移するであろう先へ、既に発射しています。
出現した狐は白い毛のお腹を上にして、降参のポーズでした。
すみません、私、それに気付くのに遅れまして、無防備な腹、いえ、全身を密集した槍で突き潰してしまいました。




