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地獄の劫火

 では、やりましょうか。


「3つ目のお願いです」


『あら、無駄ですよ。私を実体化しようとしているのでしょう。私も以前にお願いしましたもの。それは叶えてくれません』


 まさか、そんな誰でも分かる様な事に思いを馳せない私だと思われましたか。一工夫するのですよ。

 黙って震えて待ちなさい。



 私の周りに魔力が集まる。

 それを確認してから、私は言う。


「やっぱりキャンセルです」


『えっ?』


 私に集まろうとした白い魔力は勢いを緩める。幾つかの粒子は私から離れていく方向へ戻りつつもある。

 逃がしません。


「あっ、これにしよう。3つ目のお願いです」


 また、白いのが私に集まる。最初に集まっていた魔力と新たに寄ってきた魔力とで、少しだけ靄が濃くなる。


「でも、キャンセル」


『何をしようとしているのですか?』


 くふふ、だから黙って見ていなさい。この天才的メリナのアイデアを!

 あっ、自称天才はダメです。あのポンコツ部長と被ってしまいます。他山の石としなくてはいけませんね。



 私は何回も繰り返す。


 もう白い魔力で何も見えなくなってきました。とても濃厚です。


『信じられない……。何が起きているの、いえ、何をしようとしているのですか?』


「貴様を殴るための前準備です。……そこで見ていなさい」


 魔力の澱みを意識しながら、私は願いとその取消しを続ける。



 余りに時間が経過したものでしょう。帰って来ない私たちを心配された師匠が小屋から迎えに来ました。

 白い魔力で視界は濃霧の中にいるみたいに塞がれていたのですが、彼の声が聞こえたのです。

 良かったです。来て頂けないのかと私も心配していましたよ。



 師匠もある程度は魔力を認識できるので、この光景に驚いていました。


「本当にお嬢ちゃんは怖いんだな。こんなに魔力を集めてどうしようと言うんだな」


『……あなた、黙って見ていましょう。メリナさんは奇跡を起こそうとしているのです』



 私は、何度も何度も繰り返す。白い魔力は多く集まり過ぎて、それが動いているのかさえ分からなくなってきました。

 なので、それを操作して、私はぎゅっと固める。空中に白い玉が出来ました。

 うん、私、凄いです! 毎日、聖竜様のお姿を作っていた甲斐があって、とても魔力の扱いが上手になっていますね。さすが聖竜様です!


 私は更に繰り返して、白い魔力を集め続ける。



 今、出来上がっているのは、玉ではなくて白く輝く魔力の巨塊。私の故郷、ノノン村で見た魔力の塊とよく似た輝きです。この光は魔力じゃなくて、本当の光ですね。

 だって、地面に私や師匠や岩などの影が出来ていますし、魔力を見ないように意識しても目に入りますから。



 塊は私の背丈よりも大きくなっています。たくさん集めましたが、多いに越したことは無いでしょう。

 でも、輝く塊をこれ以下に圧縮するのは、私の力では限界で、折角寄ってきた魔力の粒子を逃がしてしまっています。

 仕方ありません。一旦、休憩を兼ねてお食事タイムとしましょう。


 眩しいので、光の玉との間に壁を作りました。もちろん、お願いでなくて、黒い魔力を集めて作っております。



「説明が欲しいんだな、お嬢ちゃん」


 私が出した骨付き肉を頬張りながら、師匠が聞いてきました。

 良いでしょう。お答えしてあげましょう。


「お願い事を叶える時の魔力を集めています」


「何の為かが知りたいんだな」


 私の代わりに奥様が答えます。


『…………私は分かりました。その白いのは魔力の粒子、魔素。その粒子同士が近接した時に発生する斥力に打ち勝ち、縮退させて作り出したのがその光の玉です。高位の重力魔法で物質を極端に圧し潰した時に出る光と似ています。発熱が無いのは魔素だからでしょうか。しかし、私が知っている物と同じなら、これは万物を焼き尽くす最悪の魔法…………この世界を焼いた地獄の劫火。……メリナさん、あなたは私に孤独と言う罰を与えようとしているのですね』


 ……怖いですよ。こんなに綺麗な光なのに、暴言にも程がありますよ、マイア。


『あぁ、一瞬で蒸発させて、私の家族をただ消し去るつもりですね! 彼らの穏やかな死に顔を私に見せないために!! なんて残酷なんでしょう! でも、素晴らしく心が揺れ動きます。なんと甘美なご褒美なのでしょうか!』


「な、何を言ってるんだな……?」


「本当ですね」


 私は魔力を可能な限り集めて、お願い事を師匠にしてもらう予定なのです。願い事を叶える魔力の量が増えれば増えるほど効果があるのではと考えています。


 それを奥様は何を勘違いしたのか、地獄の劫火などと言いやがりました。



『メリナさん、約束通りに見届けますよ』


 はいはい。頭のおかしい人は黙っていて下さいね。私は作業を再開する。



 魔力の塊が二つ出来ました。この空間の白い魔力はあらかた集めきった様でして、もうお願い事をしても周りから寄ってくる気配は有りません。


 魔力の塊は激しく発光しておりまして、大変に眩しいです。太陽を見ているみたいで、目を反らないと視力を奪われそうです。



 しかし、やっと終わりましたか。


 さあ、師匠の出番ですよ! 私は三回目のお願いになってしまうのです、師匠!



「師匠、命令です! 奥様が体を持って目の前に現れる様に願って下さい」


「……僕はもう二回願っているんだな。死んじゃうから出来ないんだな」


「大丈夫です! 『願い事の回数を後二回に増やした上で、奥様の体を出して下さい』と唱えれば、行けるはずですっ!」


「いや、それなら、お嬢ちゃんが願えばいいんじゃないかな?」


 あ? 反抗するのですか、師匠のくせに!

 その願いの前半部分が無視されたら、無駄死にしてしまうではないですか! そんな危険な事は師匠で試すべきです!!



 私は振り向いて、師匠を睨み付ける。


「そんな顔をしてもダメだよ。僕たちは、今の状態で満足しているんだから。嫁さんの体なんて要らないんだな」


 クソが。お前のその醜悪な顔を先に殴って欲しいのか!?



『いいでしょう。私が願いましょう。叶わなかった時のメリナさんの絶望されるお顔が楽しみです』


「今日のき、君もおかしいんだな。とっても怖いよ」


『ご安心を、あなた。メリナさんの事は夢です。起きれば元に戻りますよ』


 ……師匠の記憶を消すつもりですね。

 私の死後に師匠の記憶を操作すれば良いのですから、簡単ですものね。いえ、やろうと思えば、私を殺さずとも可能か。


 私の記憶を操作する虞は? ……有り得ますが、私が絶望する姿を見たいはずだから、それはマイアの選択肢にないはず。


 よし。


「では、奥様。宜しくお願いします」


『まぁ、怖がりもせずですか。本当にメリナさんは生意気な娘さんね。……では、願いを唱えましょう』



 マイアの「願い」という言葉に反応して、二つの魔力の塊が一点を目指して動き出す。


 ふむ、進む先に実体の無いマイアがいるのか……。思わぬ収穫です。体が出現した瞬間に飛び掛かれる様に体勢を整えておきましょう。



『私のから――』


 ギリギリギリ。


 今度は擦れる音が聞こえました。視線をそちらに戻すと、二つの塊がぶつかっているのが分かりました。

 どちらも進路を譲り合う事なく、坦々とマイアに近付こうと自らの動きを続けています。

 しかし、互いに干渉して進めない。


『――だを復活させ――』


 マイアの願いが続く中、二つの塊もより力を入れて進もうとします。表面から魔力の一部が弾ける。


『――てほし――』


 そして、視野が真っ白になって、それが鋭い閃光だったと認識した後には、茶色くて巨大な獣がいました。


 魔物駆除殲滅部の小屋の屋根くらいの高さに頭があるそれは、狐でした。違うのは大き過ぎるサイズと、顔の肌の部分の方がほとんどないくらいの、乱雑に付けられた数多の目。その目の色も形も様々です。


 マイア、あなたは化け物でしたか……。

 絵本とかではとても清楚な女性として描かれていましたが、ここまでの魔獣でしたのね。むしろ、魔王側の方が似合っているお姿ですよ。


『何ですか、メリナさん!? この悍ましい召喚獣は!!』


 あれ?

 マイアじゃないの、これ?


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