奥様対応
今のこの空間は潤いが一切ない荒れ地なのですよね。奥様が語る事が本当なら、何か大事件が有ったのだと思います。
私のそんな疑問に奥様は答えました。これは魔法による大戦争の結果だと。
『バカバカしいのですが、ここの住人も私を神として扱い出したのです。そして、誰が一番私に好かれているのかを競う内に、殺し合いとなりました』
見えないのに声だけが聞こえるのだから、住人の方々がそう思われても当然の様にも思えます。殺し合いと言うのは行き過ぎでしょうが。
「ならば、平和を願えば良いですし、そこまでしなくても奥様が言葉で止めれば良かったではないですか?」
『これまた、バカバカしい事なのですが、私も誰が一番最後に生き残るのか見てみたかったのですよ』
もしかして逆に煽ったりしたのでしょうか。奥様はいつも穏和な感じなのですが……。
少しの沈黙のあとに声が続きます。
『いえ、違うかもしれません。もう少し綺麗な土地にしたかったのでしょうかね、私は。人が増えると、やはり小賢しいのや、薄汚い者が現れてしまいます』
自らの願いで生み出した者たちへの言葉とは思えません。あと、今生きている師匠も小汚ないと思います。
何にしろ、私は少し警戒し始めました。こいつは危ない奴かもしれない。
奥様はその後も何回かの国造りに挑戦しましたが、失敗続きでした。懲りた奥様は、最終的には最後の戦争で唯一生き残ったシャマル君と、新たに作ったゴブリンの師匠の三人で生活する事にしたのです。
これは比較的長く平和に過ごせているそうです。子孫を残さない組合せなのが奏功したのだと奥様は言います。だから、お二人の命が簡単に尽きない様に『お願い』したのです。
「人間の親子で良いじゃないですか?」
『ダメよ。いつの間にか禁断の愛に目覚めてしまうのよ。おぞましいです』
…………そのパターンは過去に試した事があるという事か。そして、死に絶えた、いえ、見捨てたのですね。
「今は幸せですか?」
『死が近くに無いと生きている実感がないのです。でね、その死は自分の死でなくて、身近な人でも良いのですよ』
ん? 何の話だ?
…………あっ。これ、たぶんダメなヤツだ!
『うふふ。家族の二人をとても愛してるわ。こんなに長く愛しているのは久々なのです。だから、死ぬ時が楽しみです。主人が家族が欲しいと言う願いを言うものだから、最初は困りましたが、私も参加して良かったです』
師匠が聞いたら、どう思われるでしょうか……。
「私は? 私の死も楽しみですか?」
『勿論ですよ。仲良くなってから死の哀しみを堪能するのも、敵意を剥き出しに倒れていくのも、この空間から出れなくて絶望して衰弱していくのも、全部楽しみ!』
「言いたくはないですが、邪悪ですね」
『あなたから伝わってくる魔力ほどでは無いわ。なかなか居ないわよ、そんな禍々しいものを纏っている人は』
殺られたいのですか?
今の私は冷たい顔になっていると思います。
私は奥様の気配に手懸かりがないか、辺りを視線で探る。
ダメです。全く見当たりません。奥の手は有りますが、まだ早いか。
仕方有りません。
とりあえずは会話の主導権が欲しいです。
「この空間はクリスラという女性の目の中にあるとシャマル君は言いました。しかし、奥様の話では最初から有ったように聞こえます」
『まぁ、シャマルは賢いわね。あっ、先代と話していましたね。そうです。聖竜という者から授かった腕輪を身に付けると、その目にこの空間が繋がる様ですね。そういう意味では彼女達が作った空間と呼んでも良いでしょう。私を崇める者達の長、聖女。うふふ、確かに聖女ですね。私にも喜びをもたらしました』
……んー、不穏な雰囲気は去りませんね。
それにしても聖女ですか。
聖竜様の従者マイアさんを信仰しているのでしたっけ。
あぁ、そうだ。コリーさんは聖女様を尊敬しているとか言っていましたね。確か、あの牢屋に入れられた時です。
ん? …………あのクリスラを尊敬だと!?
コリーさん! そんな節穴だから、お下が蛾のままだし、スライムの粘液の有用性にも気付かないのですよ! 次に出会ったら、お話し合いが必要ですね。
しかし、当面は奥様対応が課題です。
次の話に移りましょう。
「師匠は何故、『願い事を3つ叶えて上げる』と言うのですか? まるで、奥様の精霊の様です」
『うふふ。私が言わしているのですよ。あの時にどんなお願いをしたら、私は救われたのかと知りたいのです。願い事を叶えるのは私でも主人でもなくて、あの精霊の様ですが』
…………今の話の裏には奥様も救われたいと言う事が隠されていると思いました。
先程の話には狂気を感じましたが、まだ理性も残っている? いえ、自身の善悪の狭間で心が揺れている感じかな。
確認しましょう。
「3つの願いが叶い終えたら、私はどうなるのですか?」
『体内の魔力が溢れだし、燃え死にます。あと一つですよね。ご安心下さい。そんなに痛くないはずですからね』
……うーん、奥様の言葉には殺意とかじゃなくて、もっと違う悍ましさを感じてしまいます。
「私が願い事の数を無限にして欲しいと言ったら、止めていましたか?」
『あなたは無いわね。一目見たときから禍々しい魔力でしたもの。一緒に生活するなんて有り得ないですよ。だから、願わせない』
ほう。私を愚弄した訳ですね。
私は拳を握り、すっと立つ。
……どの方向にいるのでしょう……。殴りたいけど殴れないか……。
『でもね、あなたが作ろうとしている白い竜。昔の友人に似ていて、懐かしく思いました。ワットちゃん、元気にしているのかな。古き想い出に免じて、あなたの最期まで見届けてあげますからね。……せいぜい悪足掻きをするのですよ』
ワットちゃん? 聖竜様、スードワット様の事か!?
何たる愛称! あの図々しいルッカさんでさえ、そんな呼び方しなかったのに!
悔しいです!! 体がワナワナします!
『さぁ、この空間を脱け出そうとする無駄な愚行を見せて下さいな』
一発殴らせて貰いますね。いえ、何なら、存在を消滅させて頂いた方が、私の気持ち的に良いかもしれません。
「奥様、最後です。……あなたのお名前は?」
『ご存じありませんでしたか? マイアです。
聖女達が崇めているマイア・レビ・アナンです』
そうですか。何となくそんな気がしていました。
「とりあえず、私の怒りの鉄拳を喰らわします。マイアっ!!」
『うふふふ、無駄ですよ。私に実体は無いのですから』
舐めないで下さい!
吠え面掻かせてやりますからね!! あっ、顔は無いんだ……。
んーと、ぎゃふんと言わせてやりますっ!




