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奥様の思い出話

「それでは――」


「ちょっと待って欲しいんだな」



 私が行動に移そうとしたところで、師匠が止めました。


「お嬢ちゃんが一人で戻ればいいんじゃないかな。僕達、三人はここでずっと過ごすよ」


 ふむ。そうですか……。

 うーん、それでも良いのだけど、お外に出た方が健康的だと思うのです。



「いえ、この空間は私、メリナが貰い受けましょう。あなた方には別の住む場所をご用意致しますよ。それがお互いにウィンウィンだと思うのです」


「それ、僕らは別に勝ってないよね。そんな邪悪な笑みをしながら言ってはダメなんだな!」


 そんな…………天使の様な優しい微笑みをしたつもりだったと思うのですが。ゴブリンは知覚も人間と異なるのですね、憐れです。




『あなた…………メリナさんの考えをもう少しお聞きしたいわ』


 おぉ、奥様が興味を持ってくれました!


「シャマル君はどうかな?」


「お父ちゃんとお母ちゃんと一緒なら、どこでも良いよ」


 ううん、良い子ですね。ふわふわ金髪ですし、幼くてまぁるい顔がとても愛らしいです。

 でも、生まれた順だとお父ちゃんは弟なんですよ。知ってるのかな。



『あなた、メリナさんと二人で話させて貰って良いかしら』


「う、うん。君が良いなら僕に異存なんてあるはずないんだな」



 私は外に出る。

 奥様は直接私の頭の中だけへ語り掛けてくれますが、私の言葉は師匠やシャマル君に聞こえてしまいますから。



 私は小屋が見えない所まで歩いて、丁度良さげな岩に腰掛ける。

 しかし、本当に荒れ地しかない空間ですね。



『メリナさん、来ましたよ。あなたの考えの前にこの空間について話させて貰って良いかしら』


 うーん、見えないから視線をどこにすれば良いか迷いますね。とりあえず、遠くに見える火山を眺めましょうかね。



「はい。どうぞお願いします」


 私の返事を確認してから、奥様は落ち着いた声で伝えてくれます。



 その昔、奥様は魔法使いの人間でした。凄腕の冒険者でもあり、魔物たちに襲われる人々を助けたりもしていました。


 そんな彼女でも最期はあっけなく、とても強大な魔王と呼ばれる存在と相討ちになったのです。魔王を封印する際に、大変威力の強い魔法を使う事になり、ご自身の魂を引き換えになさったのだそうです。

 限界まで魔力を高める為に、自らの体を精霊に与えたと言います。


 ……精霊に体を与える?

 私が強力な魔法を使うために、ガランガドーさんに詠唱して貰うようなものでしょうか。



「すみません。精霊に体の下りが、よく分からないです」


『そのままですよ。魔法を司る精霊と一心になる事で、魔力やそれに伴う魔法の効果は高まるのです。ほら、あなたもこちらの空間に来て実感されませんでしたか?』


 ……しました。

 この空間が欲しい、いえ、この世界で聖竜様と一緒に二人きりで過ごしたいという気持ちが私に魔力の流れを読む能力を与えたのです。聖竜様と気持ちが一緒だからですよね。


 その気持ちが高まり過ぎまして、今では、空間に満ち溢れる魔力を操って、色んな物を作り出すことさえ出来るのだと愚考します。



『それの究極系が精霊に魂を食べて貰い、中に取り込んで貰う事なのです。その際に自分の体も与えるのですよ』


 ちょっと、それは嫌だなぁ。

 いえ、聖竜様に食べられるのは、うん、良いのかなぁ。いや、でも、生贄みたいですし、遠慮したいかなぁ。

 ガランガドーさんだと、論外です。絶対嫌です。



 ……うん? 違います! 素晴らしいアイデアですよ!

 精霊が人間の体を奪う事が可能と言うことは、その逆も有りなのではないでしょうか!

 そして、ガランガドーさんの体を頂いて、私が竜になった暁には、聖竜様と結ばれるって事じゃないですか!?


 来ましたよ、これ!

 凄いことです! 竜化どころか竜そのものに生まれ変わるのです!

 

 …………どうせならガランガドーさんみたいな黒竜でなく、聖竜様と同じ白い竜になりたいですね。

 希望が見えると欲深くなるのが人間の性です。こればかりは仕方有りません。


 うふふ。お待ちくださいね、聖竜様。


 白い竜を見付け次第、そいつの精神か魂を喰らってやりますから。今の私なら、絶対成功できると思うのです。何せ、魔法の詠唱さえ必要なくて、思考した通りに魔法が発動する状態なのですもの。

 



 あっと。私の滾る想いが暴走していましたが、奥様の話は続いていました。



 精霊に呑み込まれた奥様は、気付けば、何もない空間にいました。

 不思議に思っている奥様の頭の中に精霊の声が響きました。『あれからだいぶ時間が経ってるんだけど、偉い方に頼まれたんだ。体は返せないけど、魂は返すね』と。


 偉い方と言うのが、何を意味するのか分かりませんでしたが、奥様は自我を取り戻したのです。


 更に精霊は、『寂しい場所でゴメンね。代わりに楽しませて貰ったお礼をしたいと思うんだ。消滅する前に願いを3つまで叶えてあげる。でも、無理な願いはダメだよ』と言います。


 師匠が私に言ったのと同じですね。

 奥様が最初に願ったのは、「3つの願いだけでなく、無限に願いを叶えて頂戴」でした……。


 おぉ、私より強欲です!



 その願いは叶いました。いえ、叶ってしまいました。



 精霊にとって、無理な願いとは奥様が消滅すること、この空間から出すこと、時間を遡ること、約束を反故にすること等だったのです。その中に願う回数を増やすというのは入っていませんでした。



 結果として、永遠に消滅することはなくなり、奥様は永劫の時の中に囚われる事になりました。



『精霊に嵌められたのか、純粋な優しさだったのか、今でも分からないのです。ただ、死ねない辛さと言うものは実感しています。死が近くにあるからこそ、生きる悦びがあるのです』


 哲学的な話ですが、陳腐な感じもしますね。そして、お気の毒ですが、私には興味の無い事です。

 ただ、疑問はあるので質問します。


「願い事の数を有限に戻して欲しいと頼めば良いのではないですか?」


『それは出来なかったのです。同じ種類の願いは先の物が優先されるみたいですね』


 おぉ、そんな規則があるのですか。後出しルールは狡いです。



 奥様は何も無い空間で一人生きていました。話し相手を作って欲しいと願ったのですが、当時は叶いませんでした。


 一人で暮らす中、ある時に女性が現れました。奥様は驚くと共に喜びます。でも、女性は奥様以上に驚かれ、涙を流されます。


 奥様の声に両膝を付いて祈りを捧げる女性を見ていると、まるで、自身が神様になったようだったと言います。


 女性は言いました。「聖竜様より授かった腕輪を用いて参りました。あなた様に一目会いたいと思っておりました。見えませんが、そこにおられるのですね」と。


 さすが聖竜様です。万能ですね。私にも授けてくれると良いのですよ、その腕輪。むしろ、何故、今くれないのでしょうか。空間を飛べる能力をくれたら、今すぐにでもお会いに行きますのに。

 知らない人にさえ、ジェラシーさえも感じてしまいます。



 ひとしきり喋った後、女性は奥様を残して去りました。再び寂しくなった奥様ですが、女性は多くの貢ぎ物を持参して、再来したのです。


 一番助かったのは時間を測る水時計。空っぽの容器に水が一定の量で流れ込む設計になっており、満タンになったら一日経過という物です。


 奥様も独りの時にお願い事で出した事はあるのですが、示す時間が元の世界と合っているのか分からない上に、時間を測っても、ずっと孤独で意味がなく、むしろ苦痛だったとも仰いました。


 何にしろ、この空間の時間経過速度は元の世界から見ると、一万倍ほど速いと分かりました。再来した女性は会話の中で「昨日お会いした」と言っていたのですが、奥様にとっては一万日近く経過した日だったからです。

 水時計で一万回測ったのですか……。とてつもない根気と執念をお持ちなのですね。



 ある日、女性が困った顔をしていました。訊くと、強い魔物が人々を襲い、国が乱れていると言うのです。日頃、世話になっている奥様は、この空間に持って来るように提案します。

 少し渋る女性でしたが、本当に追い詰められていたのでしょう。

 また数万年が経過した後に、大きな狼が三匹ほど、傷付いた女性と一緒に出現しました。


 満身創痍の女性は奥様が手助けして、すぐに去らせましたが、狼はそのまま置き去りとなりました。そして、奥様が見守る中、狼は食料も何もない空間で衰えて朽ち果てました。


 それっきり、その女性は現れませんでした。奥様は残念ながら亡くなられたのだろうと仰います。



 また独りの時間を生きることになりました。ところが、お願い出来ることに変化が出たのです。他人が、話し相手が欲しいという奥様の願いが叶ったのです。


 奥様の推察では、死んだ狼の魂か魔力により、人間を作ることが出来たのだろうと言います。



 数十万年経過後に、別の女性が現れました。腕には最初の女性と同じものが填められていました。先々代より受け継いだと言います。


 奥様は何回も現れるその女性に、手に負えない悪人や魔物に困ったら、ここに連れてくるように言いました。


 そして、連れて来られたそれらが死ぬと、奥様は新しい仲間を作るのです。緑の森も作ったりされたそうです。


 おぉ、まさしくウィンウィンの関係ですね! 何か魂を利用した真っ黒な黒魔術の様な気もしないではないですが、気のせいでしょう。


 今や見る影も御座いませんが、過去には、この世界が人々や木々の生気に満ちた楽園となった時代があったのです。

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