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化け物みたいな

 私は師匠に奥様の秘密を伝えます。


「師匠の奥さんはこの世の者では御座いません」


「えっ、それって幽霊って意味かな。それなら、僕も分かるんだな」


 違うのですよ。そんな当たり前の事なら伝える訳無いでしょうに、全く師匠は頭が悪いんだから。


 その小さな頭蓋骨の中はゴブリン相応の脳みそしか入っていないのですか。

 呆れた顔を続ける師匠に私は答えを言います。


「全く魔力を感じ得ないのです。つまり、声のみ。実体が全く無いのです。いえ、声さえも怪しいですよ」


「声もそれは気付かなかったんだな。……どういうことなんだな?」


「近頃の私は声の魔力さえも視る事が出来ます。今だって、師匠の薄汚い声が波紋のように私に向かって来るのが分かります」


 自分で言っておきながら、まるで化け物みたいな能力です。エルバ部長辺りが同じ事を言っているのを聞いたら、「さすが自称天才ですね。余り近寄りたくないです」とか思ってしまいそうです。



「僕の声は薄汚くないし、師匠と呼ぶ人間に吐いていいセリフなのかな? 絶対に僕を下に見ているよね」


 どうでも良い所に引っ掛かりましたね。

 細かい唾もしっかり水色の飛沫として視認して、避けているのですよ。その見えない努力を評価すべきです。

 だから、無視です。


「奥さんの声は聞こえても、波紋のようにはならないのです。直接脳内に語りかけているものと予想しています」


「つまり?」


 まだ分からぬのですが、このボンクラ師匠め!


「あの方はこの空間に居ません。どこからか干渉しているだけの存在」


「だとしてもいいじゃない。僕ら三人は仲の良い家族なんだし。彼女は高位の精神体って自己紹介していたよね。おかしくないんだな」


 ふむ、それほど師匠の心に負担にならなかった模様ですね。良かったです。



 でも、これからが本番ですよ。


「私の料理を見てください」


 お母さんが作ってくれたこってりシチューをイメージすると、目の前に出てきました。本当に最近の私は凄いですね。元の世界に戻れば、大金持ち間違いなしですよ。



 お皿が無いので、シチューは地べたにベチャとぶち撒かれます。

 ……しまった。勿体無いです。


「食べます?」


「食べないよっ! 信じられない。色々と信じられないんだな。炎に焼かれるべき人をドンドン手に負えない何かに成長させている気がするんだな」


 あら、まだ私を焼こうと思っていたのですね。意外です。いつも仲良くお話ししているのに、未だに心を開いていなかったのですか、師匠。


「ほら、私が魔法で作ったシチューは灰色の魔力なんです。見えますか?」


 師匠は小さな顔には不釣り合いな大きい目を更に見開きます。


「うーん、灰色って言うか、ほぼ黒ではないかな。それにしても、魔法を使えることを隠さなくなったね。喜ばしいのか、恐怖なのか、僕は悩ましいよ」


 いえ、黒に見えたとしても聖竜様の白が勝っていると私は思っています。だから、黒だと感じても白ですっ! いえ、さすがに言い過ぎました。灰色ですっ!



「それで、お嬢ちゃんは何を言いたいんだな?」


「奥さんの料理の魔力も緑色で、少し白が混ざっています。師匠、シャマル君の魔力の質も一緒です。これの意味は分かりますか? 分かっていますよね?」


「んー、難しいんだな。やっぱり、親子だからかな」


「違いますよ。師匠もシャマル君も奥さんに作られたのです。もしかしたら、食材だったのかもしれませんね」


「えっ!? ……お嬢ちゃん、本当に怖いよね。サラッと、僕達家族を絶望させる様な言葉を吐かなかった?」


 あっ、師匠の顔が少し赤くなりました。お言葉以上にお怒りですね。

 でも、すぐに元の緑の顔色に戻りました。



「奥さんとは、いつ知り合いましたか?」


「僕達の馴初めに興味があるのかな? でも、だいぶ昔の話だから、忘れちゃったなぁ」


 思い出す気が無いのですか。

 それとも、…………そういう縛りかな。


「ここで二つ目の私の願いです。全ての記憶を戻して、喋りなさい」


「お嬢ちゃん、だいぶ前にね、僕を殺そうとした時にも言おうと思ったんだけど、一つの願い事に当然な感じで二つ入れて来てない? 今回なら思い出せ、喋れって。良いんだけど、なんて言うか性格が出てるんだな」


 お黙りなさい。

 さっさっと私の願いを叶えるのです。


 周囲の魔力が動く。

 師匠が『願い事を言ってよ』とかほざく度に、魔力がざわめく気配を感じていました。今回は、よりはっきり、魔力が揺れ動き、そして、師匠に入って行くのが見えます。



「……おぉ、あっ。……思い出したんだな」


 やはり魔法で記憶を封じられていましたか。


 師匠の膝がガクガク震える。それから、崩れる様に四つん這いとなりました。顔はこちらに向けません。


「ぼ、僕はここの守り人として生み出された……。主人は嫁さんだ……」


 ご自分の認識が破壊されて、ショックに打ちひしがれているのですね。しかし、知らないよりはマシだと思います。


「シャマルの方が先にいたから、父親でなく弟だったなんて…………これから、どういう態度で話せばいいんだな」


 そっちか。

 やはり師匠は長年生きているだけあって、精神的にタフで良かったです。



「では、小屋に帰りますよ」


「まっ、待ってよ。僕はまだ動揺激しいんだな」


「大丈夫です。師匠達は家族ですよ」


「そ、そうだったね。安心していいのかな」



 師匠が恐る恐る扉を開けて、小屋に入ります。狭い部屋に置かれた食卓にはいつもの通り、シャマル君が座っていました。


「ただいま。き、今日もお嬢ちゃんは死にも帰りもしなかったんだな」


 師匠がこれまたいつもの通りに、家族へ報告します。ただ、声が震えているのでした。

 それでも、シャマル君はにっこり笑って応えました。



「さて、皆さん、椅子に座ってください。このメリナから大事なお話しですよ」


 四角い食卓のそれぞれの辺に置かれた椅子に、私たちは陣取ります。一つだけ空いていますが、奥さんも来られたでしょうか。


『私も座っていますよ。何の話でしょうか』


 あっ、来てましたね。良かったです。



 私は少し溜めを作ります。もちろん、攻撃の目的ではありませんよ。私が覚悟を決める為です。

 聖竜様、すみません。愛の巣はまた次回で。今回は、このご家族を救います。申し訳ありません。



 皆の注目、と言っても奥様がどうしているかは見えませんが、を集めた所で切り出します。


「それでは、皆でこの空間から出たいと思います。異論のある方はいらっしゃいますか?」


 沈黙が場を支配しました。

 肯定と取りますね。

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