世界の支配
精神を研ぎ澄ました私の目の前に、白い霧が発生する。
よし、まずは繭状にして前後を長ーく引き伸ばす。心の中のイメージを霧に伝えるのです。雑念が出ないように慎重に。
願った通りに、ビュィーンって糸を引くように霧が動きました。それから、手足を生やして、羽も作る。
うふふ。もう少しです。
尻尾をぐねんさせて、首も上げて。あっ、もう少し太くしないといけないわね。醸し出る威厳をちゃんと再現しないといけませんから。
さぁ、仕上げに愛しの聖竜様のお顔を造形します。凛々しくて、でも、お優しい感じで。
大まかには形が揃ったので、次に細かい所を作っていきます。内臓とかは想像ですが、他の三下の竜と同じ感じでしょう。勿論、後ろ足付近の古傷も忘れませんよ。完全な聖竜様を再現するのです。
最後に目玉を作ります。
ギロリと動き、私の視線とぶつかります。
私がニッコリしたら、霧は消えました……。もう少しで実体化できそうだったのになぁ。
また失敗です。
私は黙って立ち上がる。ここは火山の頂上。ゴロゴロと大きな岩が転がっている場所でして、ここで自分の精霊さんを呼び出す練習をしているのです。
私の願いは「魔法を使えるようになること」。それに対して、ゴブリンのエロチック師匠は「魔力の流れを掴めるようになると良いんだな」と仰ったのです。
全くもって何を言っているのか意味が分からなかったです。息子さんがいない所で殴り殺そうかとさえ思いましたが、我慢してやりました。
しかし、暇潰しに登った火山の上で、私は気付いたのです。
この世界こそ、私に相応しい。
この空間で一番の高所に立った時に感じたのです。どこまでも広がる荒れ地に感動しました。
木々どころか草もなく、生物の気配が一切無い世界。果てしなく荒涼とした大地に流れる溶岩が煌々として、地を這う血管のようです。
全てが破壊し尽くされた世界。芸術のようです。
私は思いました。
この世界に、私と聖竜様だけが住んだとしたら、どんなに素晴らしい事でしょう。
誰にも邪魔されずに、二人で暮らすのです。
その強い気持ちが私を変えたのでしょう。
突然、魔力の流れと澱みを感じることが出来るようになり、そして、更には、それを心で操作可能となったのです。
師匠曰く、「魔力の強さは精霊との心の繋がりの深さ。お嬢ちゃんの気持ちが精霊の気持ちに近付いたのだろうね」と言われました。
……私の精霊はガランガドーさんです。自称が「死を運ぶ者」という、ある意味コミカルな精霊さんです。恥ずかしくないのかなとか、失礼ながら思っています。
ただ、私には別の精霊さんも付いているとエルバ部長が教えてくれました。
私、それが聖竜様だと確信しています。だって、あのとても凄い威力の火炎魔法は聖竜様に祈って出しているのですから。それ以外に考えられません。
となると、もしかしたら、いえ、必然的ですね。聖竜様と私の気持ちが重なったのです。
つまり、聖竜様も私と二人きりの世界に住みたいと考えられているのではなかろうかと言う事です。
きゃ、メリナ、嬉しいです。思わぬ所でシンクロしてしまいましたね。
と言うわけで、ご飯を頂く時以外は、私はずっと火山の火口近くで正座をして瞑想しているのです。
そして、精神が十分に統一された状態になれば、今みたいに白い魔力を集めて霧状にして、聖竜様をここに出現させる事が出来ないか試しているのです。
「……お嬢ちゃん、もう魔法を使えているんじゃないかな?」
「いえ、まだです。形を維持出来ないのです」
「……おかしいよね? どう見ても竜を召喚してたよね? それって魔法だよね?」
「すぐに消えてしまうのです。もっと頑張ります」
「召喚された竜が自分の意思で戻っている様に思うんだけど……」
私も少しそんな気もしていました。しかし、そうなると、やはり…………。
「師匠が邪魔なのでしょうか。世界を二人きりにしないといけないのか……」
チラリと師匠を見ます。
すぐにでも殺れますよね。
「怖い、怖いんだって。そんな目で見ないで。家族もいるんだから」
そうでした。師匠は兎も角、ご家族の方々を消滅させるのは私の意に反します。
今日もダメでした。
師匠を先頭に山を下り、住居である粗末な小屋へ戻りました。
石を積み上げて出来た小屋はこじんまりとしていますが、居心地の良い空間でも有ります。
最初はレンガ造りとばかり思っていたのですが、一つ一つの石を師匠が磨いて、形を整えた物でした。屋根も一枚の大岩を薄く切って作ってあるのです。
お皿などの食器も石製です。師匠が時間を掛けて作っているのです。
どれだけ暇だったのでしょうか。
……いえ、師匠ご一家は悠久の時の中にお住いらしいのです。歳も食わず、衰えずとは羨ましい限りです。
「メリナ、まだ居るの? 早く戻れると良いね」
師匠の息子であるシャマル君が食卓に座ったまま、私に話してきました。私も椅子を引きながら答えます。
「はい。まだ私の精霊さんを呼び出すことは出来ていません。もう少しだと思うのですが、なかなかに難しいですね」
なお、シャマル君はゴブリンではありません。柔らかそうな金髪の人間のお子様です。幼いから丸顔なのですが、アデリーナ様を思わせるような顔立ちでもあります。ホッペとかプニプニでつんつんするのも楽しいです。
「あなた、ちゃんと教えているの?」
師匠の奥さんの声が台所からしました。
「……何か凄い魔法を使ってるの。早く出ていって欲しいくらいの」
「師匠。まだ私は会得していません」
「でもね、早く帰らないと戦争止められないよ」
「大丈夫です。ここの時間は私の世界よりもぐんと進みが遅いとシャマル君が教えてくれました」
そう。だから、私もゆっくり修行しているのです。
「シャマル! ダメだよ。それ機密事項なんだから。他人に言ってはダメなんだよ」
「ここが、あの聖女とか言うクソ女の魔法で作られた亜空間ともシャマル君から教わりました。師匠以上に師匠してくれています。ありがとう、シャマル君」
私の言葉に幼い彼はエヘエヘと笑顔です。うん、可愛いです。
「ちょ、ちょっと。本当にダメだって! シャマル、本当に不味いよ!」
突然、食卓にパンとソーセージが乗った大皿が現れました。
最初はびっくりしましたが、今となっては日常です。
「いつもありがとうございます、奥様」
私は宙に向かってご挨拶しました。座ったままですが、軽くお辞儀もします。
「早く魔法が使えると良いですね。主人が悪さしていませんか、メリナさん?」
あっ、お辞儀の方向を間違えていました。奥様は姿も気配もないので、難しいです。魔物とかそういうのでなく、高位の精神体。そんな自己紹介を受けています。でも、それ魔物ですよね。
「し、してないよ。本当に何もしてないから」
「黙りなさい! このエロチック! あなたには聞いていません!」
奥様は師匠に厳しいのです。
「未遂でしたよね」
なので、それに便乗しました。常に師匠より上の立場でありたいと願っていますから。
「ちょ、と、取引思い出して! お願い」
「キィーーー! 若い娘が良いのね!? キィーーー!!」
奥さんの声にゴブリンの師匠はその醜いお顔を歪ませます。
「い、痛いよ! 頭の中がぐわんぐわんしてるっ!」
さすが奥さんです。精神攻撃でなく体の内側からの物理攻撃、凄いです!
私はニコニコしているシャマル君の髪の毛を撫でてあげました。うん、少々騒がしいですが、仲睦まじいご家庭ですよ。奥さんも師匠を愛しているからこそのお言葉でしょうからね。
「いつまで、その娘を私たちの世界に居させるのですか!? 早く何とかしてくださいっ」
「だって、まだ三つの願いを叶えさせてないの! 約束だから守られないといけないし。ほら、お、お嬢ちゃんも帰れなくて困っているんだからね?」
師匠は義理堅いのです。私との約束を守ろうとしてくれます。なので、私も正直に言います。
「微妙ですね。この世界を頂戴してもいいかなとも思っています」
「は、早く帰って! お願い! 帰り方のヒントを上げるからね!」
まぁ、それは嬉しいです。師匠はいつも弟子の事を第一に考えてくれているのですね。
「ありがとうございます。その時が来たらお願いします」
私は深々とお礼を言いました。それから、ソーセージを手掴みで口に運ぶのでした。




