天幕の中
天幕の布も地面に近い所は氷に固定されています。なので、颯爽と中へ忍び込むことは出来ませんでした。
だから、両腕で掴んで、力任せに引き裂きます。分厚い革ですが、鉄環を千切れる私には紙みたいなものです!
ふんぬっ!
堅っ!
強大な魔物から作ったのか、人為的に魔力が込められたものなのか分かりませんが、流石、王様が使用される物です。
もう一度、気合いを入れ直して、何とか破る事が出来ました。
さぁ、入りましょう!
中は暗くはありませんでした。私が使う照明魔法と同じ様な光球が仮設の陣地としては無駄に高い天井の近くで輝いていました。
ざっと敵が潜んでいないか確認します。
うん、大丈夫そうです。
天幕の中には二人の人がいました。一人は太り気味の人で、明らかな上座に座っておられますので、……王様ですね。明るい茶色でモシャモシャの髪の毛の上に豪華だけど小さめの冠を付けておられます。
良かったです。ちゃんと前から入れました。王様の背後に立つなんて無礼、出来ませんよね。
もう一人は妙齢の女性です。王様から天幕の入り口まで通路となっておりまして、その両側に簡易の低い椅子が並んでいるのですが、右列の王様に一番近い所に座られています。
白基調で所々、金銀や青や赤の模様がお上品に入った服が綺麗です。巫女服みたいに頭からスッポリ被るタイプですね。
王妃様でしょうか。私から見ると横顔なのですが、真っ直ぐで長い金髪が横からでも分かりました。お顔も整ってられます。
お二人とも足はやはり氷の中です。王様は椅子が高いのでそうでもないのですが、女の人の方は膝のところまで氷が張っているので、ほとんど氷の上に直接、お尻を置かれているみたいです。
「おいっ! 敵だぞ!? クリスラ、早く殺せ!」
うーん、王様とも思えない程、普通の方ですね。アデリーナ様なら、不敵な笑みで私をビビらせると思うのです。だから、思わずひれ伏すなんて事は有りませんでした。
むしろ、クリスラと呼ばれた女性の方が堂々とされていました。全く私を見ずに彼女が声を出します。
「それは分かっています。しかし、お話をお訊きしてからで宜しいでしょう」
柔らかい響きで、とても静かに仰いました。
「お嬢さん、シャールから来られたのね。フローレンスさんはお元気でしたか?」
巫女長? お知り合いなのですか。
王家ともご交流がある巫女長様はやっぱり凄いですね。
「はい。お歳を感じさせないほどです」
つい最近も一人でシャールの城の地下を探索されたと言っておられましたし。
「それは良かったわ。あっ、そうです。さきほど、お外から『ロヴルッカヤーナ』という単語が聞こえました。お友達かな?」
ルッカさんの事ですか……。友達……ではないのかな。うーん、難しいです。
「と――」
「頭が高いっ! 跪け!」
喋ろうとしたタイミングで王様が叫びました。先に言ってくださいよ。
私は片膝をつきます。氷が冷たいです。堅いです。
改めてクリスラと呼ばれた女性に答えます。
「友達ではないかもしれません。後輩です」
「まぁ、あなたは吸血鬼の関係者なのね。分かりました。では、聖衣の巫女さん、ご用件を」
バ、バレてる。名乗ってないのに!
私の顔、完全に王都側に掌握されていたのですか!?
「せ、戦争を止めて頂きたいと願いに来ました」
「そうですか。喧嘩を売られたのはこちらなのに、驚きますよ。それに、あなたが聖衣の巫女、本人でしたか。直接来られるとはまさかですよ」
あっ、鎌をかけられたのですね!
動揺して表情に出たのか!? いや、否定しなかったからか!
「クリスラ! 早く殺れ!」
王様は叫ばれましたが、クリスラさんはそれを無視されます。ずっと視線は正面でして、私も王様も見ておりません。
あっ、目を閉じているんだ。でも、どうしてでしょう。
「腕に自信があるのですね、巫女さんは」
その言葉も静かに吐かれたのですが、私を警戒させるには十分でした。
今のセリフは敵意を持った人が言う事が多いですので。
「シャールの手駒で警戒すべきは、フローレンスさんと、お外のロヴルッカヤーナ。あと、強いて言えば、アデリーナさん。私が怖いと思う人達ね」
アシュリンさんが抜けてますね。それから、オロ部長もお強いですよ。魔物駆除殲滅部の方々は数に入っていないのでしょうか。
アデリーナ様は分かります。確かに怖いです。
「この氷魔法、冷えて足が痛むのよ。あなたを倒したら解除されれば良いのだけど」
おぉ、解除の事は考えていませんでした!
でも、ガランガドーさんに頼めば何とかなると思うのですよ。
「このままでは幾人もの兵士が足を壊死させられますね。許せることではありません。それに正義はこちらにあります」
静かに喋り続けておられるのですが、私にも分かります。不穏な空気です。
……こいつは殴って黙らせた方が良い気がします。戦争が止まりそうにありません。
と言うか、私が言いくるめられそうですよ。アデリーナ様と同じ臭いがします。
「私の名前はクリスラ。古の魔王を封印した大魔導士マイアを崇めし、また、その力の一辺を借り受ける者」
マイアは聖竜様の伝説に出てくる魔法使いですね。確か、自分自身の命を代償に、魔王を封じたのです。
「当代のデュランの聖女です」
なるほど、だから、凛としてお綺麗なのですね。聖女ってよく知りませんが、そんな雰囲気の方です。一切、私の方を見ないのが気になりますが。
「戦争の原因を作られたあなたに、お仕置きです」
クリスラさんが手をパチンと合わせると、私は薄暗い空間に立っていました。そして、距離を空けてクリスラさんもそこにいるのを確認しました。
……無詠唱で何らかの魔法か。
幻覚でなければ、転移系?
ここには床以外に何も有りません。
エルバ部長の精霊を出現させる魔法のようです。あの時は水晶球に入った様な感覚でした。
何はさておき、このクリスラ、強敵です!
無詠唱魔法の使い手は何をしてくるのか読めないので危険ですよ!




