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王国の仇敵

 ルッカさんの魔法の効果により棒立ちになった兵隊さん達に囲まれた地点へ、私達は着地しました。この人達はヌボーと黙って立っているだけなのですが、周囲からは怒りと困惑の悲鳴みたいな物が響いています。膝の高さまで氷が張っていて動けないのですから、皆さん、動揺しますよね。


 そして、当然ながら、何人かは私たちが出現した事を目撃しているのでした。



「アインの部隊の所に敵だ! 上から降ってきた!」


「弓兵の内、動けるものは斉射用意っ!」


「弦を弛めたままです! 少し待って下さい!」


「魔法を扱えるものは各自最適な術を使用っ! 但し、敵への攻撃を優先!」


「信号魔法弾用意っ! 騎兵を呼び戻せ!」


「氷から魔力行使阻害の効果を確認しました。魔法発動しません!」



 各部隊の長らしき人達から命令が飛びます。彼らも焦りがあるのか、統一された意思はなさそうですね。


 私は少し離れた所にある黄金に輝く布の屋根を持った天幕を見ます。あそこに王様がいらっしゃるのですね。ドキドキします。この国で一番偉い方ですからね。

 この状況で思うのも変ですが、粗相のないようにしないといけません。



 あと、目付きが悪くて、立派で派手な鎧を身に付けた方々が天幕までにたくさんいらっしゃいます。白銀色で胸の所に王家の紋章が赤地で入っておられます。兜を付けておられないのは戦闘中ではないからでしょう。


 その方々の所を抜ければ王様の天幕ですね。



 幾人かから剣や槍を投げつけられました。さっと避けましたが、足を固定されているのにも関わらず、正確に私やルッカさんを狙ったのは流石です。

 武具は氷の地面には刺さらず、鋭い衝撃音を響かせながら跳ねました。幸運にも他の兵隊さんに流れ当たることはなくて良かったです。


 ガンドコッと音がするのは足下の氷を割ろうとしている方々ですね。今のところヒビが入っている感じではありません。素晴らしい仕事です、ガランガドーさん。


 魔法を唱え始めている人もいます。

 ……こちらは不味いです。何をされるか分かりません。さっき魔法発動しないとか聞こえましたが、油断は禁物です。


「ルッカさん!」


「はいはい、任せてね。オーライよ」


 ちょっとだけ動きを速めたルッカさんが術者に抱き付きました。で、首筋に噛み付く。短い悲鳴とガクガク震える体がとても退廃的な雰囲気を醸し出しています。


 そんなルッカさんの側頭部に翔んできた剣が刺さりました。噛み付かれている術者の女の人を誰かが守ろうとしたんでしょうね。

 しかし、それは無駄なのです。ルッカさんは平気です。脱力した女の人を優しく氷の上に座らせて、次の獲物に目を遣ります。もちろん、頭に剣を突き刺したまま。


 そんなルッカさんと目が合うだけで、魔法の詠唱を止めてしまう方もいらっしゃいました。


「アンデッドだ! 浄化魔法! ……一人くらい魔力阻害に打ち勝つ奴がいるだろ!」


 隊長さんではない、若い方が叫ばれます。化け物が身に迫っている危機の中、的確に情報を周囲にお伝えした事に非凡さを感じました。


 しかし、王様の周りはアシュリンさんくらい強い人が複数いるとアデリーナ様は仰っていました。そして、アシュリンさんなら他人に任せないことでしょう。彼女は私が予想し得ない方法で氷から抜け出ると思うのです。つまり、彼らの中には、そんな人がいると警戒しなくてはなりません。


 アシュリンさん並みの人を相手にするのは避けたいです。チラッとルッカさんの様子を確認します。

 ……ルッカさん、今は狼の頭を持った獣人さんに襲い掛かっていますね。絶対、王様に会う目的をお忘れですよね。血を飲みたいという煩悩に負けておられますよね。



 先に行かせて貰います。


「貴様ら、何者だっ!?」


 特に立派な鎧を装備されている精悍なベテラン兵士みたいな顔の男の人が私に声を投げてきました。


 ……名乗ると、後々宜しくないです。

 私、王都でパン作りするのですから、あんな気味の悪いルッカさんとお知り合いと思われると、お客さんが寄ってこなくなりますよ。


「え、えっと、コッテ――」


 いえ、ダメです。コッテン村のシェラは既に身バレしているはずです。


「マ、マリールです……」


 マリール、ごめん。また、あなたのご実家で何か買い物するから許して。



「なんだとっ!!」


 声を掛けてきたベテラン兵士さんではなく、その横にいた白髪で白い髭も顎に蓄えたお爺さんが大きな声を上げられました。予想外だったので、私、体がビクッとなりましたよ。


 その人の視線は私でなく、ルッカさんの方でした。

 ルッカさんはまだお食事中です。動かないから、矢で狙うには絶好の的ですよね。

 牢屋でなった様に、また彼女の体中にギッシリと矢を打ち込まれて、気持ち悪い針鼠みたいになっているのかな。



「どうした!? 魔術師長!」


「あれをご覧ください!」


 指差す方向にはルッカさん。さっきの女の人と同じ様に男の人を静かに氷の上に座らせていました。


 あれ? あの人、さっきは狼の頭をしていたと思うんだけど。鎧が似ているだけかな。


「……獣人の血を吸い、人とした……。ブラナン家の古伝にあったシャールのロヴルッカヤーナ、王国の仇敵!」


 その王国の仇敵って、ルッカさんが入っていた牢屋に刻まれていた文言ですね。有名なのかな。でも、コリーさんは全く知らない様子でしたね。

 それにしても、ルッカさん。過去に何をされたのですか……。


「あら、私をご存じの方なの? ちょっと照れるわ、ブラッシング」


 頭に剣だけでなく槍まで追加されたルッカさんがこっちを見ました。貫通しているのに、一滴の血も流れていないのが、余計に怖いです。


「そこのアンデッドに魔法を放て! 余力を考えるな! ここで食い止めろ!!」


 魔術師長と呼ばれたお爺さんは部下に叫びます。しかし、そもそも使える人は詠唱していました。このタイミングでまだ発動していない事を考えると、たぶん、皆が使えないはずです。


 でも、これはチャンスです!

 ルッカさんに皆の注目が行きました。

 この隙に私は天幕の中へ向かわせて頂きます!

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