ルッカさんの飛行魔法
私はルッカさんに持ち上げられた状態で空を飛んでいます。
村の広場で、背に立ったルッカさんが私の脇に手をやって、そのままスーと真っ直ぐ上に二人で浮かんでいったのです。そう、王様の下へ飛び立つ為です。
私を支えるのはルッカさんの手だけでして、私の体は朝に見たふーみゃんの様にだーらんと体を垂らしている状態と同じで御座います。
最初は少しくすぐったくて笑いも出ました。また、ふーみゃんの気持ちを体験したくて、私も脱力して体を伸ばしたりして遊んでおりました。
今? 空高くに行き過ぎておりまして、大変な恐怖で笑いなんか止まっております。人間が豆粒のようです。さっきの広場でニラさんが手を振ってくれているのが微かに見えます。
ルッカさんが手を滑らしたら、無事では済みませんね……。落ちたら、どうしたら良いのでしょう。私の使える魔法で何とか出来るものは有るのでしょうか。
ルッカさんの浮遊魔法は留まる所を知らず、ぐんぐんと私達は上昇していき、雲さえも手に届きそうです。
自分の命を他人に完全に任せるのは恐怖ですね。それから、風がきつくて寒いです。
「巫女さん、流石ね。初めてなのに微動だにしないってグレートよ」
いえ、体が強張って固まっているだけで御座います。だから、早く下ろして欲しいです。
「これだったら、スピードも上げて良さそうだから早く着くわね」
言うと同時に横移動開始。体正面に物凄い暴風を受けています。顔も風の勢いで左右に引っ張られる感じがします。
何とか半目に開いた視界には張り付いた様に見える道や木々や畑が流れていくのが見えました。
「ルっ、ドゥババブ――」
口を開けた瞬間、吹き荒ぶ空気が流れ込みました。「ルッカさん、ストップ!!」と言いたかったのですが、私の声は風に掻き消されたというか、頬の内からも外からも強い風圧で震え、奇妙な音が出るのでした。
オロ部長に乗った時よりもスリリングです!! 正に死が背中合わせですよ……。ちょっとした手違いで私はあの世行きです。
私の意思をルッカさんに伝える術はなく、強制連行されていきました。
「もうそろそろよ。巫女さん、見える?」
いえ、風に当たり過ぎて、悲しくもないのに出て来た涙で視野は滲んでおります。声も出ません。
徐々に速度が緩まり、私たちは上空で静止しました。私の黒髪は寝癖以上に変な感じで乱れていると思います。ボッサボサですよ、きっと。
「アデリーナさんの求めに応じて、ここまで来たけどどうする? ゴーゴー?」
ゴーゴー? そのふざけた言い様に私は殺意を覚えました。が、私はレディーです。今は許してやります。
「……ルッカさん、休憩したいです……」
弱音を吐かせて下さい。とりあえず、水魔法を自分の口の中に発動させて、喉を潤しました。
「うーん、このままでいい?」
「……はい」
落ち着いたところで、私は眼下を見ます。
武装した兵隊さん達が数多く見えました。何百人という数では到底足りなさそうです。
日光が金属鎧や槍の穂先などに反射して、チカチカしていました。
「結構な数ね。クレイジーよ。巫女さんでも、厳しいんじゃない?」
うーん、確かに。
一人を殴っても背中や横から突き刺されそうですし、何より、多方向から同時に遠距離魔法を使われると対処出来ないかもしれませんね。
「まだ見付かってないから帰る? やっぱり、それがベストよ」
しかし、私は戦争を止めないといけません。その選択肢は無しです。
「ルッカさん、王様はどこにいらっしゃるのですか?」
ルッカさんは指で示す為に、私の脇から手を動かそうとしたのです。私、すぐに反応しました。
「死ぬ! 死ぬっ! 私、浮かべない!」
「あら、ごめんね」
「もし地上なら、私、あなたを殴り倒していましたよ、絶対に。二度と冗談は止めて下さいっ!」
「まぁ、スケアリー。思わず、手を離してしまいそう」
……こいつ。
「あの天幕。一番立派な金色の屋根のヤツ、オッケー?」
「……中にいらっしゃいますか?」
アデリーナ様が「ルッカは遠目も効いて、透視も出来る」と言っていた事を覚えています。
「うん、居るわよ。お食事中みたい」
なるほど。ルッカさんは便利です。
彼女だけで、たぶん、この戦争には勝てたんだと思います。
今の私みたいにアデリーナ様を空に置いて、上からあの光の矢を射続けるだけでも殺せたのでは無いでしょうか。
いや、でも、近衛兵さん達はアシュリンさんクラスの強さでしたか。そう簡単には行かないと判断されていたのかもしれませんね。
「スードワット様との約束、覚えてる? 殺してはいけないのよ。私、ちょっとアンイージー」
私が精神統一して魔法を準備し始めたのを感じ取られたのでしょう。
「大丈夫ですよ。即死は狙ってません」
「ちょっ! じゃあ、何をする気なのよ!?」
大丈夫だって言ってるのに心配性ですね、ルッカさんは。




