水浴
私たちは神殿にある部署の部屋というか、小屋に戻っている。
アシュリンさんが地下水路の臭いを取るためにと、建屋の裏口を出たところにある、板壁で囲まれた水浴び場に案内してくれた。
冷たかったけど、気持ちいい!
このシャールの街に来てから、一度も体を拭けなかったし。
それに加えて、備え付けのタオルも上等だし、石鹸まであった。髪の毛用の油なんかも用意してある。
家じゃ特別な時しか出してもらえなかったわよ、こんなもの。
シェラに付けて貰った香水は落ちちゃうけど、これは仕方ないわね。
うふふ、そうそう。
こんな感じの都会生活にも憧れていたの。嬉しいわ。
服はどうしたらいいのかしら。
こっちにも地下水路の臭いが移っているから洗いたいな。
私はタオルを体に巻き付けて、アシュリンさんが待機している部屋に戻る。
「なっ! メリナ、服はどうしたっ!」
「着替え有りませんか? 洗濯したいのです」
「部屋に置いたままか。そうだな、これでも着ておけ」
アシュリンさんは棚から黒い布を投げて寄越した。
おぉ、これは、黒い巫女服。
早くもゲットだわ。
ごめんね、マリール。私、一足先に大人になるわ。
「服が乾くまでな。帰るまでには返せよ」
そうなの?
私はダボダボの黒い服を着て、椅子に座る。下着もないから布一の状態よ。
アシュリンさんの服だから、小柄な私にはブカブカだし。これ、上から見たら胸元が見えすぎるじゃない。街中には絶対行けない。
女性しかいない神殿で良かったわ。
服を外に干すときも、周りに迷子の拝観者達がいないかドキドキした。
足下も地面で汚れてしまうから、めくり上げないといけないし。
アシュリンさんも水浴びを終えた。
服装は変わっていないから、同じ替えがあるのね。私も明日から持ってこないと。
ん? 忘れ続けたら、私の巫女服が支給されるかもしれないかしら。
自分の頭をゴシゴシ拭きながらアシュリンさんが言う。
「子供みたいだな、メリナ!」
そうね、お父さんの服を着た時みたいよ。匂いはこっちの方が断然良いけどね。いえ、お父さんの臭いもたまには良かったかもしれないと、ここには居ない父に心の中でフォローしておこう。
でも、石鹸の匂いには勝てないよね。アシュリンさん、意外にきれい好きなのかな。
「暇になったら、貴様の服を頼もう」
おぉ。唐突に素敵な事を言いますね。
「この黒い服ですか?」
「当たり前だ。貴様の力はよく分かった。それに、ここを辞めないだろ?」
うんうん、辞めないよ。神殿は辞めないよ。
私はブンブン頭を縦に振る。
「ったく、そんな幼い顔をして、トンでもない攻撃力だ。まさか、部長を伸すとはなっ!」
でも、部長は本気じゃ無かったかな。
本気なら、もっと蛇であることを利用していたはず。
それに、私が気付く前に襲うべきだし、気付いても、即座にあの液で松明と私の出した照明を始末すべきだったし。
私を試したってのは本当だよね。
でも、そんな事よりも。
「服の装飾とかも選べるんですか?」
「はぁ!? 貴様、何を言っているんだ!?」
えっ、だって、おしゃれな方がかわいいじゃない。
「ワンポイントで絵柄とかあると、好みかなと思いまして」
絵本で見た、竜騎士の従者マイアの服なんか、とても良い感じだった。同じく黒い色だけど、裾の所に水玉模様がラインで入ったり。
「黒だけだっ! 昔から決まってるんだよ。それから、帽子は白だけな」
えー。
そんな慣習なんか燃やし尽くしてよ、聖竜様。
「どうして、うちは蛇部長なんですか?」
「部長に変なあだ名を付けるなっ!」
無茶を仰る。
「部長の名はカトリーヌ・アンディオロだ。オロ部長とお呼びしろ」
そっちで区切るの?
異国の人かしら。
「分かりました」
「それから、部長は蛇ではないっ!」
目と耳を疑うわよ、アシュリン。
立派過ぎる蛇だったでしょ。足無しトカゲとでも言う気?
強いて違うと言うなら、長い感じの魔物と呼びましょうか。
「人だ」
えっ?
大きなとぐろを巻ける蛇でしたよ。
「正しくは獣人だ」
人の要素が腕しかないわよ、正気?
驚きの連続よ。
「部長はお生まれの時から、あのお姿らしい。ご両親が立派に育て上げられたのだな」
それはそうかもしれないけど、どうやって育てたのよっ!
隣家の人とか、明らかに迷惑というか気味悪がるでしょ。
「ご苦労されたらしいが、今は神殿の部長を為さっている。ご両親もお喜びだろう」
「すみません、ご両親も獣人の方だったのですか?」
「いや、人間だと聞いているが」
本当に?
ご両親の精神力が凄いわ。いえ、尊敬して良い所だわ。
村でもたまに獣人が生まれていた。
でも、可哀想に森に還される事が多かった。
何故、獣人が生まれるのか理屈は知らないけど、皆、その日は消沈するのよね。重苦しい雰囲気を覚えているわ。
村で獣人を育てるのは御法度だった。
部長は大人にまでなれたんだ……。
とてつなく苦労されたんだろう。
……うん。
これからは私が守ってあげるし、仲良くしてあげるわ。
安心して、オロ部長。
まずは、ちゃんと牙を折ったことを謝罪しよう。




