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尻拭いは私が

 うひゃ。

 遂に私はふーみゃんを抱きました。餌に釣られて寄ってきた所を捕まえたのです。


 シャーシャー言っているのは、魔族フロンとしての記憶も有るからでしょうか。


「大丈夫ですよ、ふーみゃん。聖竜様に殺さなくて良いと言われましたから、私はあなたを可愛がるだけです」


 とはいえ、所詮は獣でしょうか。少しも大人しくなりませんね。

 でも、その牙も爪もかわいいですよ。


「まぁ、メリナさん、ふーみゃんが嫌がっているでは御座いませんか。すぐに放しなさい」


 む、音もなくアデリーナ様が部屋に入って来たか。折角ふーみゃんが一匹で居るのを見つけたのに、もう取り上げられるのですね。



 しかし、良い機会です。私はアデリーナ様にコッテン村を出ていく事をお伝えしました。


 それを受けて、アデリーナ様は黙って何かを考えておられます。そして、私が待ち飽きて外へ行こうとした時に口を開かれました。


「……まだ早いのよ。もっと引き付けて、守りが薄くなってからが良いと思うので御座います」


「いえ、聖竜様がお気になされていました。民のために一刻も早く終わらせようと決めたのです」


「メリナさん、戦争は終わりが難しいのよ。戦争に参加する人達も立場によって色んな思いをお持ちなの」


 アデリーナ様はふーみゃんを私の手から奪いました。前足の両脇を持たれて、体をだらーんと伸ばすふーみゃん、可愛いです。丸みを帯びたお腹が柔らかそうですね。


「シャールの裏切りに対する義憤、勝利の先にある報酬と打算、国や王に対する恐怖、破壊衝動などの狂気、単に命令に従うだけの惰性。本当に多種多様な思いが個々にあるのです。更に、時間と共に怨讐も沸き立つでしょう。戦争で勝つと言うのは、戦闘に勝利するだけでなく、それらも抑え込むことなので御座います」


 アデリーナ様は先を見据えているのですね。うん、とってもまどろっこしくて、鬱陶しいです。


「メリナさん、今、面倒だと思ったでしょう? それから、『もういいや。適当に王でも殴るか』って考えたのではなくて?」


 おぉ! 当たっています!


「まだ無理だと判断しています。王の周りは近衛兵で固められています。アシュリンクラスの使い手が何人もいるのですよ」


 おぉ、世は広いです。アシュリンさんみたいなおかしな人がまだいっぱいいるのですか!? 私は心底驚きました。


 しかしながら、言葉とは裏腹にアデリーナ様は口の端を上げられて、表情を変えられました。柔らかく微笑みを作られたのです。


「ただ、あなたならどうにか出来そうだとも思いました。私の常識では量れないあなたの実力に期待したい部分も御座います。まさしく、神のみぞ、いえ、聖竜様だけがお知りなのでしょう。……行きなさい。尻拭いは私が致しましょう」


 おぉ、アデリーナ様がとっても頼りになる人みたいに感じました! ただ単に行きなさいって言われただけなのに。

 でも、メリナ、注意ですよ。にっこりアデリーナは碌な事を考えていない印です。要心です。



「で、どうされるつもりで?」


「これは、村の外に留まっているカッヘルさんが私にくれた王都軍の配置予定図です。ここに王家のマークがあるので王様が来るのかと思ったのですが、ここ、山と森で遮られてシャールがよく見えないと思うんです」


 私は地図に置いた指をゆっくりと動かす。


「だから、あくまでこれは王様の主力か指揮委任された直属軍が位置すると思ったんです。なら、王様はどこに来るか? シャール攻略の状況はつぶさに確認したいのだと思うのですよ。だから、ここ」


 私は指をラナイと書かれた箇所で止める。


「王都からシャールまで、もっと近い街道は他にもいっぱいありますが、ラナイからだとシャールまで、山とか森みたいな高い障害物がありません。小麦畑と川だけです。ルッカさんみたいに空を飛べて遠くまで見える人がいれば、ここが一番見易いんです」


 アデリーナ様は「ほう」と偉そうに息を漏らしやがりました。それから私に言葉を返します。


「そうでしょうね。その王家のマークは『大獅子の団』の配置場所です。王都最強の軍団ですね。確かに王は遠くまで見たいでしょう。山ではなく平野を選ぶのもシャールの兵力を考えれば、問題では無いでしょう。むしろ、より速さを重視する点で正解だと思います。ただ、本当に王がこの地を選ぶでしょうか?」


 さっきの上から目線の感嘆は何だったのですか!


「王様の事は分かりません。でも、アデリーナ様が態々この地を選ばれたのです。意味が無いはずが有りませんと思いました」


 アデリーナ様は色んな情報網を持っておられる様子でした。私よりも絶対的に情勢や王の好みを知っているはずです。



「あは、私を信じてですか。それは盲点で御座いました」


 アデリーナ様は笑いを堪えきれず少し吹き出してから続けます。


「……当たりですよ。襲撃してくる敵を撃退し続けたかったので御座います。正規軍の部隊が集落一つも落とせないなど、とても王の耳に入れられる者では有りません。いずれ近衛兵が出て来て、何匹かは削れると踏んでいたのです」


「私に言わなかったのは、何故ですか?」


「そういうの、漏れるとダメでしょう。意図を隠すのは支配者の定めです」


 ……その言葉を真に受けると、更に本当の意図が他に有ることを示唆しているのではと深読みさせられます。



「うーん、メリナさんは本当に面白いですね。王の場所はルッカに探らせてます。連れていって貰いなさい!」


「はい!」


「死なないようにお気をつけ下さいね」


 私はお辞儀をしてから、アデリーナ様の元を去りました。

 なお、王を殴ることは止められませんでしたね。アデリーナ様、良いのですよね?

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