三度目の正直
ふーみゃんは魔族フロンだった。
とても複雑な思いです。あんなに愛くるしい猫さんが、暴力的な魔族と一緒だなんて。魔族となると性格が変わってしまうのでしょうか。でも、ルッカさんは基本的には理性的な感じがします。全ての魔族がおかしい訳ではないのでしょうか。
夜、粗末なベッドの中で考えている内に、ふと思い付きます。
私もアデリーナ様も魔族フロンの魅了魔法に掛かっているのではと。
…………それは、とても不愉快です。このふーみゃんへ溢れる想いが一気に憎悪となりますよ。
明日の聖竜様とのお話で、その辺りも訊かないといけませんね。
変な考えが浮かんだせいで、眠気が飛んでしまいました。
夜風に当たって気分を落ち着かせましょう。
私だけの小屋を出ると、虫や蛙の鳴き音と木々のざわめきだけが耳に入って来ます。空には星がたくさん散りばめられ、また、月明かりで雲がうっすらと照らされていました。
村を囲む柵を跳び越えて、森へ向かいます。ケイトさんと植えたアデリーナ草の畑を踏み荒らさないように気を付けないといけませんね。
森の中、私は古い巨木の前で息を大きく吸い込みます。
幹の一点を見据えて、全力で拳を打ち込む。
鈍く重い音が辺りに響きました。この辺りの木は魔力が高いのでしょう。丈夫でして、一発では倒れず、手から血が滲んでいるだろうと思います。
が、構わず、左右で繰り返す。
拳の痛みが心の重みを緩和してくれる。私はそんな心地良さを感じていました。
とどめは、私の全力を込めた回し蹴り。ミシミシミシと繊維が切れる音をさせながら、大木は傾き倒れます。
魔法は使わず、大小の傷を放置。痛覚で心を研ぎ澄ますのです。
ふぅぅ。
ゆっくりと息を吐きます。
少し気持ちが収まりました。
「貴様、何をしているんだっ!」
森の音を掻き消したのはアシュリンさんの声でした。
「眠れなくなったので、体を動かしていました」
「あぁ? それでその巨木を蹴り倒すとは、力が有り余っているようだなっ!」
私は隣の木に引っ掛かって、斜めに凭れる感じで倒れている木を見ます。そんな大した物ではないでしょう。
「アシュリンさんは何故ここに?」
「私は夜警だ。村だけでなく王都の奴等を守ってやらんとならんからなっ!」
ご苦労様です。
「……メリナ、ぐちゃぐちゃ考えても何も生まんぞ」
アシュリンさんの言葉はいつもより優しく聞こえました。
「気に入れば、それで良し! そうでなければ、殴れば良いのだっ!」
私へのアドバイスですか? ふん、アシュリンさんのくせに生意気です。私は逆に軽く怒りを覚えました。
「そう言えば、アシュリンさんに巫女服を破られた恨みを返せていませんでしたね。殴って良いですか?」
「クハハ、ヤるのか? いいだろう、来いっ!」
私に構ってくれるのですか。やはり優しい。感謝致します、アシュリンさん。
これで三度目の戦いですね。
「お胸を借ります、先輩」
「おう!」
全力で行きますっ!
アシュリンが構える前に、私は魔法を唱える。
『私は願う。氷、氷、氷の槍。ヤツを突き刺すように下から出て』
コリーさんに避けられた経験もありまして、そんなものがアシュリンさんに刺さるはずはないと知っています。
アシュリンは後ろに下り、立っていた場所に鋭い氷が数本地から湧きます。
前回と同じく木が多い土地です。木の枝を使った変則的な動きに惑わされないように気を付けないといけませんね。
夜闇もあって意表を突かれやすい状況です。でも、私が突き易いとも言えます。
私は跳ぶように足を進める。そして、火球魔法。
狙いは真っ直ぐ!
氷の槍に向かった火の玉は、その隙間をすり抜けてアシュリンの方向へ。併せて、私も突進。
炎で多少は柔らかくなった氷を殴って粉砕し、アシュリンを目指す。
着弾して火柱となった火球の中に人影が見えた。炎に包まれているのにじっと動かなかったそれは、「カァァッ!」と気合一閃で絡み付いた火を吹き飛ばした。
私は止まらない。力を入れるためには息を吸い込まないといけません。それは殆どの動物がそういうシステムだから。アシュリンが気合いと共に息を吐き切った今がチャンス。
叩きのめす。
大きく踏み込んで、右腕を下から振るう。狙いは腹。
膝を上げる動作からガードの意思を確認。私は構わない。腕の動きを止めない。木を叩いた際に負った傷口が少しだけ、ほんの少しだけ痛みました。
過去二回は殴ったり、裂いたりと相手を傷付ける感じで初撃を放ちました。アシュリンさんはそれを覚えているでしょう。
なので、今回は違う意図を持っての攻撃です。掌を広げて、アシュリンさんの膝を下から上へ持ち上げるように押す。
「ぬんっ!」
そして、体を上に浮かすのです。へルマンさんの時のような完全に体を浮かせなくていい。足の踏ん張りが多少効かなくなるくらいの気持ちです。
そこから、左右の連打。近接しているので蹴りは難しいですが、膝も織り混ぜる。
アシュリンは流石で、無理な体勢からでもガードはしてくる。しかし、いつまでそれを保てるでしょうか。
私の呼吸を測っているのが視線と表情からほんのり伝わって来ますよ。私の重い一発、アシュリンを地に沈める一撃を放つ寸前、息を吸うタイミングを待っているのでしょう。そこでのカウンターまで読めます。
しかし、残念でしたね。私は止まらない。
連打を続けます。合間に氷の壁をアシュリンの後ろに出す。気付かれないように、少し離れた所にです。槍を突き出しても良いけども、アシュリンは固いので刺さらないかもしれない。もしそうなったら、折角追い込んだのに逃してしまいます。
アシュリンは私の殴打を全て肘や腕でガードします。たまに、私を掴もうと腕を伸ばしますが、そんなもの叩き落としてやります。
息が若干荒くなって来ましたね。対して、私は変わらない。殴り続けます。
思い出します。神殿での走り込み、一回も勝てませんでした。地の体力では勝てなかったですね。
でも、今の私は魔法を使っているんです。肺の空気を転送で入れ替えしています。それに、造血魔法で血も新鮮なものに変えていますよ。傷の入った拳からの出血、不自然に多いと思いません? 多めに造血しているから、余ったのがそこから出ているんです。
今の私は疲労知らず。
徐々に下がって氷の壁に背を付けさせるほどにまで、アシュリンを追いやりました。
クリーンヒットはまだ無いけど、時間の問題です!
数刻経ったかもしれません。最後、アシュリンが繰り出した悪足掻きの頭突きを躱して、その下がった頬に右アッパーを入れてやりました!
やった! 遂にアシュリンをやってやりました!
沈んだ彼女から離れて、私は礼をする。
「ありがとうございました、アシュリンさん。気分が晴れました」
「……つぅ。メリナ、貴様、ここまでとは思わなかったぞ。次回は先手を貰うからな」
私の渾身の一撃を喰らったのに意識を失っていないアシュリンさんは、真っ赤に腫れた頬を擦りながら呟きました。いえ、それ、私の血ですね。赤過ぎます。吸血鬼のルッカさんなら、泣いて喜びそうです。




