アデリーナ様とフロンの過去
フロンと呼ばれる巫女の見習いは、二年前にやって来ました。
既に新人寮の管理人となっていたアデリーナ様は、人懐っこいそのフロンに少しの違和感を持っていました。
朝食の際にはアデリーナ様が好む料理を持ってきたり、起床のタイミングを知っていたりと、妙にアデリーナ様の癖、習慣を知っている様に感じたのです。
「刺客だと思われたのですよね?」
「えぇ、お粗末な人を当てて来たものだと呆れましたよ」
敢えてアデリーナ様は自室で二人になりました。裏を調べるためです。
フロンはそこで自分がふーみゃんであることを伝えました。
証拠は腹の傷。しかし、アデリーナ様の警戒は解けませんでした。
アデリーナ様は自白剤をこっそりお酒に混ぜて飲ませました。
「……アデリーナ様、普通に聞き流しそうでしたが、やっぱりおかしいですよね、その薬」
「身を守るには必要で御座いますよ。あなたは自白と言うか、正直な行動に出たようですが」
!?
全く覚えてないですっ!
「いつですかっ!?」
「口に含んだ酒を私にぶっかけた日ですよ」
「知りませんっ!」
「あれだけ騒いでですか。あの土下座は何だったのでしょうか」
あの日か!? グレッグさんが男どもに絡まれた日ですね! 記憶にないけど、アデリーナ様の部屋をたぶん汚したから土下座したんです。
「何のためにですか!?」
「私闘で何人も殺しているのに平気な顔で戻って来た危険人物を調べるのは当然でしょう。私は新人寮を管理しているのです。シェラやマリールにも何か仕出かすのではと思いますよね」
な、何たる正論っ!
続きです。
フロンは素直に口を割りました。やはり、自分はふーみゃんだと言うのです。
アデリーナ様は勿論信じません。その程度で他人の言葉を信じるアデリーナ様はアデリーナ様では御座いませんから。
しかし、敵意も無いと判断したアデリーナ様は泳がすことに決めました。
アデリーナ様はそれとなくフロンを観察します。続々と神殿には新人が入って来て、また、見習いのままで辞めて行く人も多く、そういった方々の相手をしつつも、不審な動きが無いかを見張っていたのです。神殿全体のためでもあり、自分の身の安全の為でもありました。
フロンは只の色欲の強い女というのがアデリーナ様の結論でした。
「それ、『只の』って付けて良いんですか? 神殿には女性しか居ませんよ。街に繰り出していたのですか?」
「メリナさんはご存じないのね。古今東西、男女を問わず、集団の中に入れば、そこで恋を患う者が一定数出ます。女人禁制の地でも、尼院でも。それが人間の性です。騎士団なんて、お互いの命を預けるのですから、同性であっても関係性が相当なものに昇華しますよ」
断言しました、アデリーナ様……。
あとグレッグさん、騎士になられたと聞きましたが、大丈夫ですか。シェラへの想いを拗らせて、そっち方向に行かれませんようにお祈り致します。
「ちなみに、メリナさんも最近モテている様ですね。……特定の巫女さんに」
マジか!!
申し訳ないですが、私にその気は無いのですのでお断りを、お断りをさせて頂きますよ。
いえ、今はフロンです。話を進めましょう。
「神殿に来た時点では、フロンは魔族では無かったのですか? エルバ部長なら、すぐに分かると思うんです」
「どうなんでしょうね。部長とは、そこまで親しい仲では有りませんでしたので」
確かに、少し余所余所しい関係だと最初に出会った時に感じました。
「アデリーナ様自身の感知魔法は?」
「私はそこまでの判別能力は持ち合わせていません。ただ、魔力の大きさとしては人間程度で御座いました」
「ふーみゃんはフロンが現れた時に居なくなったのですか?」
「王都に置いて来ていたのですが、いつの間にかいなくなったと聞いておりました。当時は死期を感じて、ひっそりと死ねる場所に向かったのだと思っておりました」
ある日、フロンは神殿から居なくなりました。突然だったため、事件に巻き込まれていないか調べる事になり、調査部が動きます。
最初のレポートではフロンが各地で目撃されていたのですが、移動時間的に無理があるものでした。そのために、その報告書は提出されたものの、エルバ部長により取り下げられたのでした。
「どうやって調査したんですか?」
「人相帳みたいなものを各村の村長に見せるのですよ。正誤を吟味せずに全て報告書に盛り込まれたのでしょう。と、あの頃は思っておりました」
「今は?」
「転移魔法でしょうね」
アデリーナ様はふーみゃんの頭を優しく撫でられました。アデリーナ様が強い興味を持っている転移魔法使いだからですか。
アデリーナ様はフロンが神殿を去っても特に気に止められませんでした。ラナイ村でフロンに遭遇した事も偶然だと仰います。
「アデリーナ様、ラナイ村でフロンを態と逃がしましたよね? 何故ですか?」
そう、矢で地面へ磔にしたのに、追撃されなかったのです。私はフロンから何か聞きたい事があるのだろうと思っていました。
「少しだけ、もしも、ふーみゃんだったらと迷ったので御座います」
「あの魔族の厭らしい言動からして、ふーみゃんであるはずがありません!」
ふーみゃんとフロンが同じだと私も感じていますが、逆の事をあえて強めに言うことで、アデリーナ様の真意を探ります。
「にゃー」
まぁ、ふーみゃん、とってもお利口ですねぇ。そうですか、そうですよね。ふーみゃんもそう思いますよね。
「あの時、私は『雌猫』と言いました。その後、『素晴らしくお強い方のお体は、やはり違いましたね』とフロンは返しました」
「意味が分かりません!」
符合でしょうね。
あの後、アデリーナ様は妙な表情をされたのを思い出しました。思わず、私は声を掛けたのです。
「くくく……。それね、ふーみゃんが私の命を助けてくれた日の前日、お母様が不義をされていたのをお父様に詰められて、喧嘩した時のやり取りなのですよ」
「……何故、それがふーみゃんである証拠になるのですか?」
「皇太子が夫婦喧嘩を見せられないでしょう。あの時も、この防音魔法具を使用したのですよ。お母様は自分の身を案じて、ふーみゃんを抱いていた私も一緒に入れられたのです。人質のつもりだったのかもしれません。結果として、私とふーみゃんしか、あのやり取りを知る者はいなくなったのです」
「それでならば、フロンがふーみゃんだと最初に告白した時に確認されれば良いではないですか?」
「……私ね、そんなの覚えていなかったのよ。ふーみゃんは私が『雌猫』と言うのを待っていたのでしょうかね」
ぐむむむ、ふーみゃんが魔族フロンであったことは確定なのでしょうか。
「ご安心下さい、メリナさん。私は猫のふーみゃんが好きなのであって、人間の姿のフロンには興味が御座いません」
「理由を聞いても宜しいですか?」
「えぇ。人間って浅知恵の者が多いでしょう。ふーみゃんがそんなゴミの姿になる必要はないなって思いますもの。あっ、メリナさん、あなたは大丈夫ですよ。浅知恵さえ感じませんから」
アデリーナ様……。ご乱心されているのかと思っていましたが、正常でした。
人としてはアレですが、アデリーナ様としては正常な気がします。
良かったです。




