ふーみゃんの正体
猫のふーみゃんはアデリーナ様によく馴れていて、いつも抱かれています。歩いているふーみゃんをほとんど見ないくらいです。
アデリーナ様はその猫にご執心でして、私に絡む頻度も落ちております。そのため、実に助かっております。
昨晩もアデリーナ草の体がどうなっているか、茎を裂いたり、根っ子を千切ったりして、皆が使うテーブルを散らかしていたのですが、横目で見るだけで去って行かれました。
普段なら「皆のテーブルですよ。もう少し気を遣っては如何ですか」なんて小言を放たれるはずです。それを予想して、私は作業を止めて身構えたのですが、必要ありませんでした。
と言う訳で、ふーみゃんは私の救世主です。
なお、薬師処所属のケイトさんもアデリーナ草の解剖を手伝ってくれました。この人も怖いけど、優しいんですよね。私を苛めないし。
今朝は舌を取られて萎れたアデリーナ草を土に植え付ける実験をしました。ケイトさんの発案でして、私は手伝いを求められたのです。
で、畑候補の土地で捕まえた土鼠をふーみゃんに差し上げたのです。
見た瞬間にふーみゃんはアデリーナ様の胸元から跳び出ました。うんうん、やっぱり動物の方がお好みでしたのね。猫さんは肉食系ですもの。
鼠をくわえようとした瞬間に、私は全速で手を伸ばし、ふーみゃんの真っ黒でふわふわな頭をさわっとしたのです!
柔らかい! 思った以上に素晴らしい物です!!
遂に、ふーみゃんを触ることが出来ました!
昨日までは手で触れようとすると毛を逆立てて「キシャーーー!」とか鳴かれていたのに。
どうやら、私への警戒心も薄れて来たのでしょうか。嬉しいです!
「メリナさん! ふーみゃんがビックリするでしょ。一声掛けなさい。それから、ふーみゃん。鼠さんは放しましょうね。とてもばっちいですよ。お腹が痛い痛いになりますよ」
その猫はつい最近まで野性だったんですよ。これまで何を食べて来たのかという想像力が欠如しているのではないでしょうか、アデリーナ様。
「いいじゃないの、アデリーナさん。たくさん食べて、早く大きくなって欲しいな。絶対デリシャス」
……ルッカさんは常にふーみゃんを食べる前提なのです。家畜の感覚なんだと思うのですが、こんな可愛い子を口にしようなど、さすがの魔族です。
本当にそんな事をしようとしたら、私と全面戦争ですよ。あなたの優れた再生能力を上回る何かを考えてやります。
しかし、今の段階で警告はしておくべきですね。
ふーみゃんはささっと開けっぱなしの扉から走って去りました。ルッカさんに酷いことを言われたのを感じ取ったんですね。安全な所へお行きください。
その後をアデリーナ様が慌てて追います。
「ルッカさん、ふーみゃんに危害を加えるなら、私を倒してからにして下さい」
「あれ? 巫女さんはふーみゃんの味方だった?」
「当たり前です! 聖竜様とふーみゃんの巫女、メリナと呼んで貰っても良いくらいです」
もちろん、聖竜様の方が大切ですよ。そこは分かっていますが、私のふーみゃんへの熱意も理解して頂けるかと思います。
珍しく床の音を立てて、ふーみゃんを捕らえたアデリーナ様が戻って来ました。
残念でしたね、ふーみゃん。自由までもう少しでしたのに。
「まぁ、メリナさんもふーみゃんの魅力が分かるのですね。でも、気の毒で御座います。ふーみゃんはメリナさんが嫌いで御座いますよ、きっと」
失礼なっ!
私は色々とご飯を上げているのです!
胃袋を掴んだものが最終的に勝利するのですよ!
「確かファルさんだったから、ふーみゃんなのかな。んー、ちょっと遠いなぁ」
……ルッカさん?
…………さらっとトンでもない事を口にしませんでした?
ファルはフロンのラナイ村での偽名でした。
最近、ルッカさんがこの森でフロンを襲って、魔力回復が云々とか仰ってましたよね。
ふーみゃんがファル……? ファルはフロン。
フロン!?
魔族フロンなのかっ!?
あのラナイ村で淫蕩生活を送っていた、魔族フロン!?
聖竜様が『何があっても生かさないように』と仰った存在!
私が取り逃がしたあいつか!?
それが、小動物に化けた上ですぐ側にいるのですか?
私はふーみゃんを睨み付ける。
あらまぁ、可愛いですね。鼠さんは美味しく食べられましたか? って違う!
つぶらな瞳に騙されるところでした。
叩き潰さないといけません。
でも、聞き間違いの可能性を否定できません。そこをまず確認ですよね。
「……ルッカさん、ふーみゃんは魔族ですか?」
「んー、今は魔力が少ないから違うかな。もう少し魔力を取って立派な魔族になろうね、ふーみゃん」
……くっ。
しかし、まだです。フロンとは限りません。ファルと同名の別魔族であって欲しいのです!
「……アデリーナ様、ふーみゃんが魔族フロンかもしれないって、ルッカさんが仰ってますよ?」
「そうかもしれませんねぇ。それがどうしましたか?」
こいつ……。絶対知ってたな。最初から全部知った上で村に猫を入れたな!
殺処分しか有りません! 確定です!
しかし、うぅ、問題発生です。
……殴り殺せません……。物理的には可能ですが、倫理的に不可能です。こんなに可愛いですし、この愛らしい猫の状態で殺めるなんて、他人が見たら、私が鬼畜扱いですよ。
くそ、忌々しい魔族めっ!
固く握った拳を振り上げることさえ能わず、歯もギリギリと鳴ります。どうしたら良いか分からず、体が強張っています。
そんな私の肩にルッカさんが前から手を置きます。視界はしなやかなふーみゃんの体からルッカさんの豊満な胸に変わりました。
「巫女さん、落ち着いて。キープクールよ」
くそ! どうしたら良いのか!?
別の猫を飼えば良いのか!?
いえ、私はふーみゃんが好きなのです。
「いい? ふーみゃんは私の獲物なの。だから、あなたには食べさせてあげないわ」
違ーうっ!
私が食したいとでも勘違いしているのか!?
魔族め! 発想が異なりすぎて付いていけないわ。ルッカさんは物腰柔らかに見えて、ふーみゃんの魔力を吸い取る事にはかなりの拘りを見せています。
私がルッカさんを払い除けると、アデリーナ様がふーみゃんを連れて部屋を出ていくところでした。
わざわざ私の方を見て、アデリーナ様はニヤリと薄く笑った気がしました。
何を考えているのですか!? アデリーナ様!
「にゃー」
うわっ、ふーみゃんは良い子ですねぇ。よしよししてあげたいにゃー。此方に来て良いのですにゃー。
いや、奴はフロンだ! 騙されてはいけません! 私の足を切断した奴ですよ!
くぅ、私の心の葛藤が激しいです!!




